幕間 先輩がいない私たち
「なんなの! なんなの! あの馬鹿な人は!」
四個目のクリームパンを口に入れる。美味しいはずのパンはイラつきのあまり全く味わえない。ただ怒りを紛らわすため、胃が限界と言うまで食べ続けている。
「
「は? あんたはあの超馬鹿シスコンに言われたこと忘れたの? 思い出しただけでムカつく!」
「覚えてるしムカつくけど、お前みたいに子供じゃないから冷静になってんの」
「これでも抑えてるほう!」
「日に日に怒りが増してるわ! 一生
三週間前、私たちは打ち上げ兼祝一千万再生記念としてラーメン屋に行った。超馬鹿シスコンこと
計画も大成功して目的を達成したのだからバンドは解散することは分かっていた。解散は寂しいけど、でもこれからも四人で一緒にいるから良いと思ってた。だって私たちは友達だから。出逢った時は友達になるなんて思ってなかったけど、楽しい時も辛い時も乗り越えて一緒の時を過ごした。そして自然と友達だって思って、私だけじゃなく三人ともそう思っているだろうと思っていた。
なのに、あの超馬鹿シスコンはーー。
「友達じゃないじゃん」
当たり前のように言いやがった。
友達でもない人に寝ないで体調を壊しながら曲を作るわけないのに。全てをかけて協力するわけないのに。
「はー! ムカつく! ムカつく!」
「ヒートアップした……」
「約束破ったのは悪かったけど! 最高の曲にするには聴くしかなかったの! なのにあの超馬鹿シスコンは!!」
「分かったから! 落ち着け!」
「落ち着けって……じゃあ、
「そう。いや、あれもあれで……」
「友達じゃ、ない……友達じゃ、ない……」
「
「友達じゃ、ない……友達……」
「ずっとあれね。もう三週間経ったんだし落ち着くと思ったんだけど」
「そっくりそのままブーメランだからな」
「友達じゃ、ない……友達じゃなかったんだ……」
「友達じゃ、ない……」
「あたしは友達と思ってるからな。
「でも
更に
「前から思ってたけど、あんた言葉選び下手よね」
「失礼だな……」
先輩は言葉にするのが苦手な人。
「
「どうして」
「このままじゃダメだから……」
珍しく
今のままじゃダメ。そんなこと私だって痛いほど分かる。
「そんなの知ってる」
「じゃあ!」
「でもね」
先輩、私もあなたと同じ馬鹿で不器用だ。
「寂しいが言えない奴に用は無いわ」
気づけば私も大粒の涙を流していた。
♦
部屋で一人、初めて練習をした日に撮った写真を見つめる。
写真の中にいる先輩の笑顔はへたくそで、でもそれが彼女らしくて最初は良いと思っていた。でも今見れば、
「先輩……」
何をするのが一番正しいのか。どうすればいいのか馬鹿な私には分からない。
でも、あの日言われた言葉を毎日思い出しては、怒って涙を流すことが間違っているのは分かっている。
「はぁ……」
今の私には怒る気力も泣く気力も湧かなくて溜息を吐くことしかできなかった。
気を紛らわそうとスマホを開けば
何十件もメッセージが送られいて、少し恐怖を感じながらもトーク画面を開くと内容は斜め上のものだった。
「私の家に今すぐ来て……?」
誤字をしながら何十件も同じ内容ものが送られている。
メッセージか電話で伝えればいいのに家に来てほしい理由がある。何か見せたい物でもあるのか。それとも何かトラブルが起きているのか。
何があるのかは分からないが友達の頼みなら行くしかない。
髪もボサボサで部屋着のまま私は
「
「……あんたもいんのかい」
紅葉の部屋には私と同じ髪がボサボサな鈴芽が座っていた。酒池肉林と書かれているTシャツを着ていることから部屋着ということも分かる。いや、事件だと思い犯人を威嚇するために着てきた可能性の方が高いだろう。
「で、
彼女は不安そうな顔を浮かべている。何か怪我をしているようには見えないのでトラブルが起きたわけではなさそうだ。
「あのね、私、やっぱり今のままじゃダメだと思って、でも何が正解か分からないからベースをもう少し上手くなろうと思ったの」
「……解散したのに?」
「……うん。もしかしたら
その理由は彼女の望みが強い気もする。しかし
「それで
紅葉はパソコンの画面を見せてきた。
そこに映っていた人物はーー。
「
「うん。一人で見るのは怖くて、でも見た方が良いって直感がいってる気がして」
「
「先輩の厨二病うつった?」
「厨二病じゃないよ! いいから見よ!」
紅葉は顔を赤くさせながら再生ボタンを押した。押す指はどこか震えていた。
「
どこかおどおどとしながら喋り始める
「私の知ってる
「なんというか、妹好きなお姉ちゃん?」
「……天才でも人は人だからね」
彼女は最後の曲について説明する。
やはりあれは先輩に向けたラブソングだった。でも先輩が嫌うのは分かっていながらも完成させたとは思っていなかった。そして、そんな彼女が後に真実を知っても傷つかないようビデオに残すなんて姉妹揃って超が付くほどのシスコンだ。
いや、これを愛と言うのだろう。
その後も妹を思って話す彼女の姿は私には寂しく映りながらも優しさを感じた。
彼女は天才でありながらも不器用で、でも物凄くかっこいい人だと私は思った。
「……ちゃんと自分の想いは伝わるから。時間は掛かっても、ちゃんと届くよ」
「そっか……」
「哉子?」
不器用な人間は言葉と行動、どちらでも示さないといけない。それで伝わるかと聞かれたら絶対と言えない。
でも、きっと届くと信じて進むしかない。
「
「え……」
「私たちは馬鹿で不器用な人の集まり。だから言葉と行動で示さないとダメなの」
いつもなら馬鹿と聞いたら怒る
「それが歌ってこと?」
「うん。先輩に伝えよ。私たちの気持ち」
「……とびっきりのラブソング作るか!」
「うん!」
涙を拭きながら二人は頷いた。
私たちのラブソングを、先輩に届ける。少し時間はかかってしまう。先輩にちゃんと届くかは分からない。それでも絶対伝えるって気持ちを持って。待っていてほしい。
私たちのラブソングが聴けるまで。
ラブソングが聴けるまで ひーろい @hiro0513
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます