11 QED
ついに本番当日。
あの時からずっと私の全てだった計画が果たされる。やっと、やっと叶うんだ。
「ついにですね」
「うん。緊張してる?」
「コンクールの時よりも緊張してるかもしれませんね」
彼女の冗談はいつも通り分かりづらい。
「どうしよう……
「あんま期待しないほうがいいよ」
「いやいや! 私本当にQ.E.D.の大ファンなんですよ!? そんなこと言われても、うわー! どうしようー!」
緊張で固まっている人に比べたらましだ。そう思っておこう。
「
「……なんだ」
「そのTシャツ、勝負服なの?」
酒池肉林と堂々と描かれているTシャツを見るのは
ここから導き出される答えは勝負をする時に着ているということだ。
今の
「目立つ方がいいだろ。見つけてもらいやすい」
「……そうだね」
彼女なりの気遣いはとても感謝するが、本当にそれでいいのかと思ってしまう。
すると、私たちの前に一つの軽自動車が止まる。少しばかり傷ついた車体の窓は開かれ、運転手の顔が見えた。
「久しぶり」
前髪まで目が隠れた女性は私たちに挨拶をしてくる。顔の向きてきに私に目を合わせている気がするが全く身に覚えがない。
「わー! 今日はお世話になります!
「よろしくね」
「私! Q.E.D.の大ファンなので今日お会いできて物凄く嬉しいです!」
「ありがとう。じゃあ早速乗って」
「はい!」
ポカンとしている三人とは違い、一人で話を進める
流れにそい私たちは自動車に乗り込む。まだ確信できていない私は後部座席に座り、運転手の隣は
「おい
本人に聞かれないよう静かなこうで鈴芽ちゃんは聞いてくる。私も同じことを思っていから言い切れない。
「私も同じこと思ってた」
「MVの人と全く違いますよ。なんていうか、もっとキラキラしてました」
「うん。あと髪もっと短いしね。この人は長すぎる」
「もしかして私たち、騙されて誘拐犯の車に」
「全部聞こえてるよ」
突然運転席から声がしたと思えばバレていたらしい。私たちは顔を見合わせ黙りこんでしまう。
「あれから髪切ってないんだ。ずっと引きこもってたから」
「そ、そうなんですね。すみません」
代表して謝る
「あれから音楽とは離れたから、こうして
「は、はい……」
ぽつりぽつりと呟く彼女が少し怖くて、ただ頷くことしかできなかった。
それから私たちは黙り、
バンドでの思い出や裏話。曲への想いなど。私の聞いたことのない話も多々あった。
まあ当然だ。友達と妹の態度が同じ人なんていないだろう。
ただ、この話を聞いてると少し寂しくなる。
なんで、お姉ちゃんは、この世界にいないんだろうと。
「じゃあ、セットはこれで大丈夫だから」
「ありがとうございます! 貸してもらえるだけでもありがたいのに、セッティングまで手伝ってもらっちゃって」
「ううん。いいの。みんな楽しんでね」
好意にとことん甘えた私は駅前までの楽器運びもセッティングも全て手伝ってもらえた。同じバンドメンバーの妹とはいえ、そこまで話した記憶もない。なにより、最後に会ったのなんて葬式以来だ。お母さんから連絡先を教えてもらっていただけで、ほぼ他人というレベルだ。
「ありがとうございます。こんなに」
「ううん。
「あ、ありがとう、ございます……」
「それじゃあね。また後で」
小さく手を振り彼女は人混みへと消えてった。
みんなは気づいてないし、私も一瞬だったので見間違えかもしれない。
笑みを浮かべる彼女の目は笑っていなかったことを。
「先輩、もう準備完了ですよ。カメラもバッチリです」
「……ちょっと待ってね」
近くに配信者の姿は確認できない。タイミングが合わなかったか。
しかし、先ほど車で確認したら配信は開始されており、駅前にいることは確認できた。まだこの近くにはいる。
一か八かだが、私の声が聞こえさえすればこっちの勝ちだ。
「みんな、ここまで私の計画に付き合ってくれてありがとう。みんなには本当に感謝してる」
いつもより早口の私は緊張しているみたいだ。いや、興奮してるんだ。心の底から。
「最高の演奏にしようね」
頷く三人を確認し、私はマイクを握る。
一呼吸した後、私はマイクをオンにする。ついに、この時がやってきたんだ。
「初めまして。
数人はこちらに視線を向けるが、真剣に見る気なんてないだろう。こんなの予想通りだ。
でも、私はこいつらを振り向かせる言葉を持っている。
「Q.E.D.、
周囲が一斉に私に目をやる。その視線はメンバーからも向けられた。
Q.E.D.が解散して八年。世間には数え切れないほどのバンドが生まれた。数えきれないほどの曲もできた。その中でも流行りはすぎ、忘れられたものも存在する。
でも、お姉ちゃんは天才なんだ。お姉ちゃんの歌には凄い力があるんだ。
今でも、知っている人、聴いている人、愛している人はたくさんいる。数えきれないくらいにいる。
今も愛されている最愛の人が作った最悪の曲を超えるのは甘くない。だから、こんくらいの武器くらい使わせてくれ。
「今日は実の妹である私がボーカルとして、蜘蛛の羽。そして、お姉ち、
想像してた十倍の騒めきが響き渡る。スマホを向ける人もおり、場は整った。
「じゃあ、まず蜘蛛の羽!」
鈴芽ちゃんの合図と共に演奏が始まる。数か月前まではへたくそな演奏だった私たちはもういない。
今はQ.E.D.の次に上手い蜘蛛の羽ができている。
「ありがとうございました。続いてお待ちかね、未完成の曲を発表します」
一曲歌っただけで体中から汗が流れる。すごいな、演奏って。こんなものをお姉ちゃんは数えきれないほどやってきたんだ。
「曲名は、フォーユーです」
ついに、この時がやってくる。汗で視界がぼやけて、観客のざわめきも全然聞き取れない。
私、これの時のためにずっと生きてきたんだ。
「この歌のために私は生きてきました。それでは聴いてください」
鈴芽ちゃんの合図とともに演奏が始まる。
みんな上手くなったな。練習の時よりも、今日が一番上手く聴こえる。
みんなそれぞれ、この曲に向き合ってきたんだ。私も、色々な想いでこの曲に向き合ってきた。だから、全部詰め込むんだ。
スタンドからマイクを外し自分の手に持つ。
「君が残した方程式 今もまだ解き明かし中だよ」
お姉ちゃんが残してくれた。この曲を世界中に伝えるんだ。こんな私でも、ここまできたんだ。
ずっと私が間違ってないって一人で叫び続けて。どんなに辛くても挫けずやってきた。
それは、お姉ちゃんの歌があったから。ずっと傍にいてくれたから。
この歌で私の想いを全部ぶつけるんだ。そして、計画を成功させるんだ。
「さあ 僕と君の公式を世界中に示そうか!」
お姉ちゃんの残した欠片を、私が受け取って、世界中に届けるんだ!
「いつか正しくなるその日まで」
歌うってこういうことなんだね。お姉ちゃん。届いてるかな。聴こえてるかな。
聴いて、笑ってくれたらいいな。
「あぁ まだ諦めるわけにはいかないだろ!」
いつの間にか演奏は終わっていた。私たちを多くの人が囲い、配信者は良い大人なのに子供のように涙を流している。
お姉ちゃんに届いたかは分からない。でも、曲を聴いてくれた人は涙を流したり、笑顔を浮かべていたりしていて確実に届いた。
その日の夜、あの歌はハイスピードで拡散され、いいねが止まない。聴いた人の感想は称賛の声で溢れいる。私たちのことはネット記事にもなっていた。
ガッツポーズを空に掲げた後、私は確信した。
私は使命をまっとうできたんだと。長年の計画は成功したんだと。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます