9 寂しいと言いたかった

 Q.E.D.の作詞作曲全てを行い、完璧なベース演奏をしながら歌う内樹繋結うちきつゆは今では世間の憧れの女性だ。

「すみませんでした! 大事には」

「は? 私の妹が怪我してるんだけど。もういい。園長だして」

「えぇと」

「いいから出せって言ってんの」

「は、はい!」

 そう。世間では。

「あ、架美かみ。長くなりそうだから帰っていいよ」

「……繋結つゆ糸透いとが幼稚園入って何回目のクレーム?」

「買ったものにケチつける難癖クレーマーと一緒にしないで。これは妹の」

「私が悪かったです。すみません」

 実際はただの重度モンペシスコンだ。

 

 家が近くの私と繋結つゆは当然のように幼い頃から仲が良かった。

 繋結は容姿端麗の才色兼備。おまけに誰にでも優しい。私たちのバンドのドラムである手鳴も、中学校の校舎裏で読書していたのを彼女が声を掛けて仲良くなった。

 私たちは毎日を共にし、たくさん笑いあってきた。でも、どこか繋結つゆは猫を被っているような気がした。何をしても怒らず、いつも笑顔を振りまいている姿は出逢った時から変わらない。

 そんな彼女に妹が産まれた。そして、内樹繋結うちきつゆが生まれた。

 私たちとは違う、心の底から笑っているのはすぐ分かった。人に迷惑をかけたことが無かった繋結つゆが、高頻度で怒りクレームを入れる人間になった。その行動が正しいかどうかは今は置いておこう。

 昔はこんな風じゃなかったのに、今はめんどくさい人間になったのだ。妹である内樹繋結うちきつゆのおかげである。

 一番の親友を変えたのは何年もいる私じゃなく、まだ話せもしない赤ちゃん。それに寂しいという感情はあるものの、私は嬉しかった。本当の繋結つゆとやっと話せるようになったことが。

 繋結つゆの中心は妹となり、幼く会話もまだまともに出来ないのに顔を見たいからと早く帰るようになった。休日もずっと妹の側にいる。そんな彼女と一緒にいたいという想いを抱いた手鳴てなるがバンドをやろうと言い出した。元々趣味で私と手鳴てなるは楽器に触れていたが、繋結つゆは興味が無かった。しかし、手鳴てなるはかなり強引に妹という存在を利用し、押し切って繋結つゆをバンドで縛った。

 これが結果的に上手くいったのは嬉しい誤算だったと思う。 

 

「はぁ〜! お姉ちゃんかっこいい!」

「ソウダネー」

 繋結つゆが妹との時間が減ると文句を言うと思っていたが、喜んでいる顔が見れると積極的に曲を作りまくっている。

 バンドのインタビューや雑誌の記事に引っ張りだこになっている繋結つゆの代わりに私が妹の留守番を見る機会がかなり増えている。手鳴てなるはあまり妹のことを気に入っていないからという理由で断られた。

「かっこいいお姉ちゃんの妹が糸透いとです!」

「スゴイネー」

架美かみちゃんお姉ちゃんのこと好きじゃないの!?糸透いとのお姉ちゃんは凄いの!なのに、なんでそんな興味無さそうなの!」

 頰を膨らませながら肩を叩かれる。私より十個以上も年が離れてる子供のくせに、じんじんと痛むのはなぜか。

 それは五分おきにお姉ちゃんが凄いと言っては、私を叩くから。流石に同じ話題を永遠にされたら適当な反応になる。姉のせいでワガママプリンセスとなっている糸透の機嫌が悪くなるのは当然だろう。

糸透いと架美かみちゃんのこと好きじゃない!」

「えー……」

「だって! 糸透いとのお姉ちゃん自慢聞かないんだもん!」

「聞いてるよー。機嫌直してよー」

糸透いとのこと嫌いなんでしょ! 手鳴てなるちゃんは笑ってたのに!」

 その笑うは多分下に見ている笑いだと思う。

 手鳴てなるは多分君のことを恨んでいるが、私はとても感謝をしている。

 私たちのバンドの曲として表現するなら、繋結つゆに羽を与えてくれてありがとう。

 というか、あの曲は繋結つゆは何も言ってこなかったけどワガママプリンセスに向けている歌詞だろう。

 とにかく、私は私なりに君に感謝をして、君を愛してるんだ。

「分かった! 糸透いとがお姉ちゃんのこと独り占めしてるから嫌いなんだ!」

 当たっているけど、それは私ではない。

「いや、私は糸透いとのこと大好きだよ」

「じゃあ、お姉ちゃんに興味ないんだ!」

「めんどくせー」

「めんどくさいって言った!」

 口を滑らせてしまった私はワガママプリンセスの心に火を点けてしまい、さっきよりも強く肩を叩かれる。

「……私はQ.E.D.が売れて、バンド続けられたらそれでいいよ」

「もう売れてんじゃん!」

「もっとだよ」

「ヨクバリナ女だ!」

「どこで覚えてきたんだその言葉」

 ドヤ顔を見せてくる糸透いとは可愛いかった。

 でも、こいつはめんどさくて変な奴だから褒めたら機嫌を損ねるだろう。

「私はお姉ちゃんの歌がずっと聴ければいい!」

「そうだね」

「歌わないお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないもん!」

 子供じみたことを言う糸透いとが微笑ましい。繋結つゆの一番のファンなんだ。

「歌い続けるためには有名になることが大事なんだぞー」

「そんなことないよ! 好きな人はずっと好きだもん!」

「……そうだね」

 素直にそんなことを言える糸透いとは眩しく思った。

糸透いと! 将来お姉ちゃんみたいになりたい!」

「お、たまには可愛いこと言うじゃん」

「そこは、かっこいいでしょ! 糸透いともお姉ちゃんみたいにみんなが笑顔になる歌を歌う!」

「頑張れー」

「その時は練習付き合ってね!」

「私のこと嫌いなのに?」

「嫌いだけど、お姉ちゃんにはサプライズで見せたいから!協力者!」

 自分勝手だが人を惹きつけてしまう糸透いと繋結つゆにどことなく似ていた。

 きっと、この子は将来ボーカルになるんだろう。今は友達が一人もいないらしいが、その性格なら熱狂的に信じてしまう仲間と出逢えるはずだ。

 この前行ったカラオケで聴くに耐えない音痴だったことは目を瞑ろう。

 

 そして月日は少し経ち、糸透いとが小学三年生になっていた。

 私たちは順調に売れていき、安定して歌い続けることができている。幸せな毎日だと、手鳴てなるは思っているだろう。

 でも私はどこから湧き出ているか分からない嫌な予感がずっとしていた。

「で、話ってなによ」

 前日は新曲を披露したライブ。もちろん大成功に終わり、いつもなら次の日は妹といると言うのに私たちと過ごすなんて言うのは珍しい。

 家賃が少し高い一人暮らしのマンションに私は案内する。

 なぜか手鳴てなるは誘わず私と二人きりで話したいという所に怪しさしか感じられない。

架美かみにお願いをしに来たの」

繋結つゆがお願いだなんて。まさか宗教勧誘?」

「私には糸透いとがいるんたがら、神なんて存在いらない」

「じゃあ何よ」

 普段よりも少し高い声で話す繋結つゆはワクワクしていると読み取っていいのだろうか。でも、私は吐きそうなくらいの嫌な予感がさっきから止まらないんだ。

「ここで死なせて」

「……は?」

 最近はテレビにも出ている私たち。きっとドッキリが行われているのだと感じ、部屋を見渡すも隠しカメラは見当たらない。

「私ね。肺がんなの」

「……つ、繋結つゆが?」

「そう。もう手遅れなんだってー」

 今思っていることは笑いながら話す繋結つゆは少し怖いなってことだけ。目で見て分かる浅い情報考えられない。

「……嘘でしょ」

「嘘じゃないよ。本当に肺がんで」

「そこじゃない。治療したら助かりはするんでしょ」

「……流石だね架美かみは。助かりはするよ」

 急に真顔に変わる繋結は、ポケットから写真を一枚出して撫で始める。それが答えみたいなものだろう。

「……治療したら歌えなくなる」

「正解!説明の手間が減って助かるよ」 

 もし今も笑っていたら、私はこの女を殴っていた。でも、写真一点を見つめながら愛しい妹を見る君は美しくて、気持ち悪い。

 だって、糸透いとが散々「歌えないお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃない」と言ってきたんだ。本当は生きる選択肢もあるのに、そんなのを捨てて記憶の中で永遠にお姉ちゃんでいる気だこいつは。

「迷惑をかける代わりにお金も払う。変に疑われないようちゃんと遺書も書いたよ」

「バンドは?」

「解散。流石に私が死んだあと解散したら色々言われるでしょ?だから先に解散させて、ただの一般人なかった後に私は死ぬ」

 淡々と話す君は口角は上げているものの笑っていない。

 筋は通っているものの、隙がありすぎるその計画に同意できるわけない。解散してしばらくなんて記者たちの良い餌だ。その時に死ぬなんて世間は勝手にドラマを作り上げる。

 私からしたら迷惑極まりない。

「……それは糸透いとのため?」

 精一杯の意地悪の質問に、呆れたように君は笑う。

「意地悪だね。うん。ほぼそう」

「ほぼ?」

「だってさ。もし声を失ったまま生きたら、この口で愛してるってあの子に言えない地獄を日々過ごすんだよ」 

 それでも一緒にいたほうが幸せだと私は思う。死ぬってことは物凄く周りに影響を与えるんだ。彼女の妹だって心に深い傷を追うだろう。

 でも彼女はきっと、弱くて言葉も発せず歌えないお姉ちゃんとして生きたくないんだ。

「……繋結つゆらしいね」

「お願い。お金ならいくらでも払う。家で死んで、もし妹が私の死体を発見したらトラウマになっちゃう」

「で、助かりもしないあんたを通報する私は」

「……曲の半分の権利あげるよ」

「また金かい」

「物凄い迷惑をかけるのは分かってるから」

「そういう問題じゃないんだけど……」 

 言い争いに発展する前に自分の口を閉じた。

 冷静に考えれば、繋結つゆはどう説得しても治療する気がない。そして私の家以外で自殺する気はないのだろう。家では妹が、外だと第三者に見つかり大騒ぎになる。そうなると治療せず生きる繋結はただ辛いだけだ。

 じゃあ、もう私には元々選択肢は一つしか許されてないじゃん……

糸透いとは、あんな小さな子が、お姉ちゃんが自殺したなんて知ったら傷つくよ」

「遺書に書いた。糸透には脳出血って伝えてって」

 頭が良いはずの繋結つゆが今は誰よりも馬鹿に見える。

 あの子の隠された凄さは底なしなんだ。蜘蛛だった君が飛べるようになるくらい。きっと本当の死因なんていつか自分で分かってしまうだろう。

「あんたは全く分かってない。いつか絶対バレる。あの子の力は凄い」

「うん。だから、ちょっとした仕掛けをした」

「……仕掛け?」

「あの子が辛い時にそばに居てくれる人を作るシステム・・・・を残した」

「なんだそれ」

「まぁ、これは楽しみにとっといてよ。答え合わせはまた会える日まで」

 今の私に楽しみだと思えるわけがないのを目の前の人間は分かっているのだろうか。多分分かってない。

 全部妹にしか眼中がない。

「……はぁ。もう完敗」

 私がそんな君に負けてしまうのも、出逢った時から運命として決まっていたんだろう。

 繋結つゆにたくさん笑わせてもらった。楽しい思い出を作れた。

 そんな繋結が私しか頼れないというなら従うしかない。

「三日以内にバンドは解散。あんたが死ぬのは三週間後。家の鍵は渡しとく。私はその時に無理矢理にでも仕事の予定か何か入れとくから。私が犯人にならないようお願いね」

架美かみ! 本当にありがとう!」

 瞳を輝かせて感謝を伝える繋結を見て私は自分の出した答えに満足するしかなかった。

「お金はいいよ。変に貰ってたら怪しまれるし」

「でも、迷惑かけちゃうし」

「楽しい思い出作らせてもらったしいいよ。それに、もう働かなくても良いくらい私たちの曲聴かれてるし」

 呆れているし、納得はしていない。

 でも私は彼女のお願いという名のとんでもないワガママに乗ってしまった。

「なんとなく分かってた。だって、繋結つゆが急にラブソングを書くんだもん」

「……糸透いとには、あんなのお姉ちゃんの歌じゃないって泣かれちゃったけどね」

「今までと全く違うから仕方ないよ。あの子は繋結のこと大好きだから」

 写真の中にいる糸透いとの頰を撫でてながら彼女は微笑んだ。幸せを噛み締めるように笑う君を見て、私は涙を堪える。

手鳴てなるにはこの事言ってんの?」

「いや。あの子に言ったら止められる一択だから」

「あんたの共犯者は私だけですか」

「そう。信用できるし!」

「それはどうも」

「でも手鳴てなるには別のお願いをした」

「別のお願い?」

 私の棚を勝手に漁り、一つのCDを手に取り見せてくる。そのCDはシングルであり、蜘蛛の羽とパッケージに大きく書かれているものだ。

 繋結つゆは一番この曲を気に入ってるが、残念なことにこのCDの売り上げは今までで三番目に低かった。なんとも言えない数字で、この曲の次に発表したほうが世間では大バズりしたから言わば埋もれた曲だ。

「これを手鳴てなるが良いと思ったタイミングで糸透に渡したって言った」

「ずいぶん簡単な仕事ね。しかも、私たちのCDなら持ってるでしょあの子」

 この前だって、自分のお年玉で買った最新のCDにお姉ちゃんがサインしてくれたことを自慢された。ちなみに私がサインしてあげようかと聞いたら子猫の威嚇みたいに怒られた。

「まぁ、仕掛けは家にもしたんだけど、気づく可能性が低そうだから」

「人が理解してないのに話を進めるのやめてくれない?」

「これもお楽しみってことだよ!」

 決め顔でウインクをされ、私は更に呆れてしまう。三週間後にはこの世を自らの手で去るくせに、こんなにもお気楽なのか分からない。

「じゃあ私はこれで」

「妹の寝顔を見に帰るんですか」

「その通り!」

 ピースを私に向けながら鞄を肩にかける。オシャレな鞄には妹から貰った手作りのキーホルダーが付けられている。全く似合っていないが、彼女にとってはどんな物よりも輝いてみえるのだろう。

「あ、そうだ」

「まだお願いでもあんの?」

「うん。私がいなくなった後も、糸透いとをよろしくね」

「私が?」

「うん。糸透いとは絶対に架美かみに頼ることがある。架美かみにはずっと糸透の味方であげてほしい」

 繋結つゆがいなくなった世界でも私はお願いを実行し続けなければいけないらしい。お願いされなくても、私はずっとあの子の味方でいる気だったから問題はないが。

「分かった。じゃあこれ」

 この部屋のスペアキーを投げる。わざと少し強く投げた鍵も見事に彼女はキャッチした。

「ありがとう。本当に」

「……繋結つゆ

 ちゃんと話せるのは今が最後になってしまいそうだから、私の本心を君に送った。

繋結つゆに出逢えて良かった」

「……私も!」

 にっこりと笑う顔は糸透いとがいなければ見れなかっただろう。

 本当はもう一つ言いたいことがあったが、私には言うことができなかった。きっと、この言葉を言わなかったことはずっと後悔するだろう。

 そして、糸透いとならきっと言えるのだろうと思った。

「……寂しいよ」

 繋結つゆが出て行った後、一人残った玄関に呟いた。



 それから、ほぼ無理矢理と言った形で解散。       

 手鳴てなるは子供みたいに泣きじゃくったが、繋結つゆのお願いに逆らえるわけがなかった。

 惜しみゆく声はアイラブユーの考察に向けられたが、一週間もすれば熱烈なファンの声しか残っていない。

   

 そして、八月のとある暑い夏の日。内樹繋結うちきつゆは死んだ。

 

 

「お久しぶりです」

「ごめんね架美かみちゃん。本当にごめんなさい」 

 繋結つゆが死んでから何度目の謝罪だろう。

 日に日に痩せて、今にも倒れてしまいそうな繋結つゆのお母さんは見ていられなかった。

「いえ大丈夫です。糸透いとちゃんに今日は会いに来たので」

糸透いとなら、リビングの……仏壇の前にいるわ」

「ありがとうございます」

 繋結つゆが死んでから数週間。

 私は一回も泣いていない。ただ虚無が続いていて、まともに考えごとができない。

 せめて何かしようと、誰かが側にいてあげなきゃいけない糸透に会いに来た。

「……失礼しま」

 仏壇の前には、糸透いとが静かに涙を流しながら立っている。まばたきもせず、繋結の写真を見ている姿には一種の恐怖を覚えてしまう。

 「お姉ちゃん、お姉ちゃん」

 ぽつりぽつりと繋結を呼ぶ声は掠れている。

「い、糸透いと

「…………針ヶ谷はりがや

「え……」

 前みたいに頰を膨らましながら私の名前を呼ぶ糸透いとはそこにはいなかった。これは、想定が甘すぎた。

 繋結つゆの全てが糸透いとであったように、糸透いとの全ても繋結つゆだった。その繋結つゆはもういないんだ。

「……お姉ちゃんの最後の曲、なんであれなの」

「え」

「もう、お姉ちゃんはいないのに、最後の曲があんな最悪な曲なのはなんで」

「な、何言って」

「それが許せなくてお姉ちゃんは解散したんでしょ。でも、そのお姉ちゃんはもういないんだよ。もう歌えないの」

 そこに可愛らしい小学生なんて存在しない。

 最愛の人を無くし、恨みという感情を私に向けた人間が立っている。

「い、糸透」

「ねぇ、お姉ちゃん、脳出血じゃないでしょ」

「……え?」

 なぜ、それを知っているんだ。私の部屋で死んで、ご両親とも話し合いをし糸透には死因を絶対に伝えないと決めていたはずなのに。

 八月の下旬。もう夏は終わりを迎えようとするが、まだまだ暑さは止まない。この部屋にはクーラーは無く、夏の暑さがこの部屋にも届いているはずなのに冷や汗が止まる気配は全くしなかった。

「あんたが、お姉ちゃんの歌がお姉ちゃんの歌じゃなくなるようにした。それにお姉ちゃんは許せなかった。だから死んだ」

「違う。全然違う。あの歌は!」

「針ヶ谷。あんたが、私のお姉ちゃんを殺したんでしょ」

 その発言に私は膝から崩れ落ちる。急に力が入らないんだ。

 殺したのは、あっている。間接的で、私が繋結に何かしたわけではない。でも、協力したのは事実だ。

 君から繋結つゆを奪ったのは事実だ。

「……ごめんなさい」

「……あってるんだ。人殺し」

 何も言えない。でも、急いで訂正しなきゃ。   

 あの歌は、君への、世界中の誰よりも愛してる一人に向けたラブソングだということを。

 でも、口が上手く開かない。出なかったはずの涙が止まらない。

「ごめん。ごめん」

「私、お姉ちゃんがいなくなって物凄く寂しい。ずっと、今独りなの」

「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」

「……お姉ちゃんの目の前だから、本当はもっと言いたいけど」

糸透いと……」

「私、あんたのこと大嫌い。ずっと、あんたを恨んで生きていく」

 糸透いとは部屋から足音を立てず出て行った。泣いてよく見えなかったが、四角く黒いものを持っていたのを覚えてる。

 その後の私は繋結つゆの写真の前で涙を流していた。

 それ以外はもう覚えていない。

 私のことを糸透いとが嫌うのは仕方ない。殺されても、文句は言えない。むしろ正しいと思う。

 それでも、私はずっと君の味方だ。何があっても、繋結つゆの分まで君を、羽にはなれないけど風ぐらいにはなれるから。

 弱い力でも君を支え続けさせてほしい。

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