9 寂しいと言いたかった
Q.E.D.の作詞作曲全てを行い、完璧なベース演奏をしながら歌う
「すみませんでした! 大事には」
「は? 私の妹が怪我してるんだけど。もういい。園長だして」
「えぇと」
「いいから出せって言ってんの」
「は、はい!」
そう。世間では。
「あ、
「……
「買ったものにケチつける難癖クレーマーと一緒にしないで。これは妹の」
「私が悪かったです。すみません」
実際はただの重度モンペシスコンだ。
家が近くの私と
繋結は容姿端麗の才色兼備。おまけに誰にでも優しい。私たちのバンドのドラムである手鳴も、中学校の校舎裏で読書していたのを彼女が声を掛けて仲良くなった。
私たちは毎日を共にし、たくさん笑いあってきた。でも、どこか
そんな彼女に妹が産まれた。そして、
私たちとは違う、心の底から笑っているのはすぐ分かった。人に迷惑をかけたことが無かった
昔はこんな風じゃなかったのに、今はめんどくさい人間になったのだ。妹である
一番の親友を変えたのは何年もいる私じゃなく、まだ話せもしない赤ちゃん。それに寂しいという感情はあるものの、私は嬉しかった。本当の
これが結果的に上手くいったのは嬉しい誤算だったと思う。
「はぁ〜! お姉ちゃんかっこいい!」
「ソウダネー」
バンドのインタビューや雑誌の記事に引っ張りだこになっている
「かっこいいお姉ちゃんの妹が
「スゴイネー」
「
頰を膨らませながら肩を叩かれる。私より十個以上も年が離れてる子供のくせに、じんじんと痛むのはなぜか。
それは五分おきにお姉ちゃんが凄いと言っては、私を叩くから。流石に同じ話題を永遠にされたら適当な反応になる。姉のせいでワガママプリンセスとなっている糸透の機嫌が悪くなるのは当然だろう。
「
「えー……」
「だって!
「聞いてるよー。機嫌直してよー」
「
その笑うは多分下に見ている笑いだと思う。
私たちのバンドの曲として表現するなら、
というか、あの曲は
とにかく、私は私なりに君に感謝をして、君を愛してるんだ。
「分かった!
当たっているけど、それは私ではない。
「いや、私は
「じゃあ、お姉ちゃんに興味ないんだ!」
「めんどくせー」
「めんどくさいって言った!」
口を滑らせてしまった私はワガママプリンセスの心に火を点けてしまい、さっきよりも強く肩を叩かれる。
「……私はQ.E.D.が売れて、バンド続けられたらそれでいいよ」
「もう売れてんじゃん!」
「もっとだよ」
「ヨクバリナ女だ!」
「どこで覚えてきたんだその言葉」
ドヤ顔を見せてくる
でも、こいつはめんどさくて変な奴だから褒めたら機嫌を損ねるだろう。
「私はお姉ちゃんの歌がずっと聴ければいい!」
「そうだね」
「歌わないお姉ちゃんはお姉ちゃんじゃないもん!」
子供じみたことを言う
「歌い続けるためには有名になることが大事なんだぞー」
「そんなことないよ! 好きな人はずっと好きだもん!」
「……そうだね」
素直にそんなことを言える
「
「お、たまには可愛いこと言うじゃん」
「そこは、かっこいいでしょ!
「頑張れー」
「その時は練習付き合ってね!」
「私のこと嫌いなのに?」
「嫌いだけど、お姉ちゃんにはサプライズで見せたいから!協力者!」
自分勝手だが人を惹きつけてしまう
きっと、この子は将来ボーカルになるんだろう。今は友達が一人もいないらしいが、その性格なら熱狂的に信じてしまう仲間と出逢えるはずだ。
この前行ったカラオケで聴くに耐えない音痴だったことは目を瞑ろう。
そして月日は少し経ち、
私たちは順調に売れていき、安定して歌い続けることができている。幸せな毎日だと、
でも私はどこから湧き出ているか分からない嫌な予感がずっとしていた。
「で、話ってなによ」
前日は新曲を披露したライブ。もちろん大成功に終わり、いつもなら次の日は妹といると言うのに私たちと過ごすなんて言うのは珍しい。
家賃が少し高い一人暮らしのマンションに私は案内する。
なぜか
「
「
「私には
「じゃあ何よ」
普段よりも少し高い声で話す
「ここで死なせて」
「……は?」
最近はテレビにも出ている私たち。きっとドッキリが行われているのだと感じ、部屋を見渡すも隠しカメラは見当たらない。
「私ね。肺がんなの」
「……つ、
「そう。もう手遅れなんだってー」
今思っていることは笑いながら話す
「……嘘でしょ」
「嘘じゃないよ。本当に肺がんで」
「そこじゃない。治療したら助かりはするんでしょ」
「……流石だね
急に真顔に変わる繋結は、ポケットから写真を一枚出して撫で始める。それが答えみたいなものだろう。
「……治療したら歌えなくなる」
「正解!説明の手間が減って助かるよ」
もし今も笑っていたら、私はこの女を殴っていた。でも、写真一点を見つめながら愛しい妹を見る君は美しくて、気持ち悪い。
だって、
「迷惑をかける代わりにお金も払う。変に疑われないようちゃんと遺書も書いたよ」
「バンドは?」
「解散。流石に私が死んだあと解散したら色々言われるでしょ?だから先に解散させて、ただの一般人なかった後に私は死ぬ」
淡々と話す君は口角は上げているものの笑っていない。
筋は通っているものの、隙がありすぎるその計画に同意できるわけない。解散してしばらくなんて記者たちの良い餌だ。その時に死ぬなんて世間は勝手にドラマを作り上げる。
私からしたら迷惑極まりない。
「……それは
精一杯の意地悪の質問に、呆れたように君は笑う。
「意地悪だね。うん。ほぼそう」
「ほぼ?」
「だってさ。もし声を失ったまま生きたら、この口で愛してるってあの子に言えない地獄を日々過ごすんだよ」
それでも一緒にいたほうが幸せだと私は思う。死ぬってことは物凄く周りに影響を与えるんだ。彼女の妹だって心に深い傷を追うだろう。
でも彼女はきっと、弱くて言葉も発せず歌えないお姉ちゃんとして生きたくないんだ。
「……
「お願い。お金ならいくらでも払う。家で死んで、もし妹が私の死体を発見したらトラウマになっちゃう」
「で、助かりもしないあんたを通報する私は」
「……曲の半分の権利あげるよ」
「また金かい」
「物凄い迷惑をかけるのは分かってるから」
「そういう問題じゃないんだけど……」
言い争いに発展する前に自分の口を閉じた。
冷静に考えれば、
じゃあ、もう私には元々選択肢は一つしか許されてないじゃん……
「
「遺書に書いた。糸透には脳出血って伝えてって」
頭が良いはずの
あの子の隠された凄さは底なしなんだ。蜘蛛だった君が飛べるようになるくらい。きっと本当の死因なんていつか自分で分かってしまうだろう。
「あんたは全く分かってない。いつか絶対バレる。あの子の力は凄い」
「うん。だから、ちょっとした仕掛けをした」
「……仕掛け?」
「あの子が辛い時にそばに居てくれる人を作る
「なんだそれ」
「まぁ、これは楽しみにとっといてよ。答え合わせはまた会える日まで」
今の私に楽しみだと思えるわけがないのを目の前の人間は分かっているのだろうか。多分分かってない。
全部妹にしか眼中がない。
「……はぁ。もう完敗」
私がそんな君に負けてしまうのも、出逢った時から運命として決まっていたんだろう。
そんな繋結が私しか頼れないというなら従うしかない。
「三日以内にバンドは解散。あんたが死ぬのは三週間後。家の鍵は渡しとく。私はその時に無理矢理にでも仕事の予定か何か入れとくから。私が犯人にならないようお願いね」
「
瞳を輝かせて感謝を伝える繋結を見て私は自分の出した答えに満足するしかなかった。
「お金はいいよ。変に貰ってたら怪しまれるし」
「でも、迷惑かけちゃうし」
「楽しい思い出作らせてもらったしいいよ。それに、もう働かなくても良いくらい私たちの曲聴かれてるし」
呆れているし、納得はしていない。
でも私は彼女のお願いという名のとんでもないワガママに乗ってしまった。
「なんとなく分かってた。だって、
「……
「今までと全く違うから仕方ないよ。あの子は繋結のこと大好きだから」
写真の中にいる
「
「いや。あの子に言ったら止められる一択だから」
「あんたの共犯者は私だけですか」
「そう。信用できるし!」
「それはどうも」
「でも
「別のお願い?」
私の棚を勝手に漁り、一つのCDを手に取り見せてくる。そのCDはシングルであり、蜘蛛の羽とパッケージに大きく書かれているものだ。
「これを
「ずいぶん簡単な仕事ね。しかも、私たちのCDなら持ってるでしょあの子」
この前だって、自分のお年玉で買った最新のCDにお姉ちゃんがサインしてくれたことを自慢された。ちなみに私がサインしてあげようかと聞いたら子猫の威嚇みたいに怒られた。
「まぁ、仕掛けは家にもしたんだけど、気づく可能性が低そうだから」
「人が理解してないのに話を進めるのやめてくれない?」
「これもお楽しみってことだよ!」
決め顔でウインクをされ、私は更に呆れてしまう。三週間後にはこの世を自らの手で去るくせに、こんなにもお気楽なのか分からない。
「じゃあ私はこれで」
「妹の寝顔を見に帰るんですか」
「その通り!」
ピースを私に向けながら鞄を肩にかける。オシャレな鞄には妹から貰った手作りのキーホルダーが付けられている。全く似合っていないが、彼女にとってはどんな物よりも輝いてみえるのだろう。
「あ、そうだ」
「まだお願いでもあんの?」
「うん。私がいなくなった後も、
「私が?」
「うん。
「分かった。じゃあこれ」
この部屋のスペアキーを投げる。わざと少し強く投げた鍵も見事に彼女はキャッチした。
「ありがとう。本当に」
「……
ちゃんと話せるのは今が最後になってしまいそうだから、私の本心を君に送った。
「
「……私も!」
にっこりと笑う顔は
本当はもう一つ言いたいことがあったが、私には言うことができなかった。きっと、この言葉を言わなかったことはずっと後悔するだろう。
そして、
「……寂しいよ」
それから、ほぼ無理矢理と言った形で解散。
惜しみゆく声はアイラブユーの考察に向けられたが、一週間もすれば熱烈なファンの声しか残っていない。
そして、八月のとある暑い夏の日。
「お久しぶりです」
「ごめんね
日に日に痩せて、今にも倒れてしまいそうな
「いえ大丈夫です。
「
「ありがとうございます」
私は一回も泣いていない。ただ虚無が続いていて、まともに考えごとができない。
せめて何かしようと、誰かが側にいてあげなきゃいけない糸透に会いに来た。
「……失礼しま」
仏壇の前には、
「お姉ちゃん、お姉ちゃん」
ぽつりぽつりと繋結を呼ぶ声は掠れている。
「い、
「…………
「え……」
前みたいに頰を膨らましながら私の名前を呼ぶ
「……お姉ちゃんの最後の曲、なんであれなの」
「え」
「もう、お姉ちゃんはいないのに、最後の曲があんな最悪な曲なのはなんで」
「な、何言って」
「それが許せなくてお姉ちゃんは解散したんでしょ。でも、そのお姉ちゃんはもういないんだよ。もう歌えないの」
そこに可愛らしい小学生なんて存在しない。
最愛の人を無くし、恨みという感情を私に向けた人間が立っている。
「い、糸透」
「ねぇ、お姉ちゃん、脳出血じゃないでしょ」
「……え?」
なぜ、それを知っているんだ。私の部屋で死んで、ご両親とも話し合いをし糸透には死因を絶対に伝えないと決めていたはずなのに。
八月の下旬。もう夏は終わりを迎えようとするが、まだまだ暑さは止まない。この部屋にはクーラーは無く、夏の暑さがこの部屋にも届いているはずなのに冷や汗が止まる気配は全くしなかった。
「あんたが、お姉ちゃんの歌がお姉ちゃんの歌じゃなくなるようにした。それにお姉ちゃんは許せなかった。だから死んだ」
「違う。全然違う。あの歌は!」
「針ヶ谷。あんたが、私のお姉ちゃんを殺したんでしょ」
その発言に私は膝から崩れ落ちる。急に力が入らないんだ。
殺したのは、あっている。間接的で、私が繋結に何かしたわけではない。でも、協力したのは事実だ。
君から
「……ごめんなさい」
「……あってるんだ。人殺し」
何も言えない。でも、急いで訂正しなきゃ。
あの歌は、君への、世界中の誰よりも愛してる一人に向けたラブソングだということを。
でも、口が上手く開かない。出なかったはずの涙が止まらない。
「ごめん。ごめん」
「私、お姉ちゃんがいなくなって物凄く寂しい。ずっと、今独りなの」
「ごめんなさい。本当に、ごめんなさい」
「……お姉ちゃんの目の前だから、本当はもっと言いたいけど」
「
「私、あんたのこと大嫌い。ずっと、あんたを恨んで生きていく」
その後の私は
それ以外はもう覚えていない。
私のことを
それでも、私はずっと君の味方だ。何があっても、
弱い力でも君を支え続けさせてほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます