隣の部屋に住んでいる後輩の『彼女』面がガチすぎて、オレの知ってるラブコメとはかなり違う気がする
夕姫
1. どうやらこの後輩はガチらしい。でもこの展開はオレの知るラブコメじゃない
1. どうやらこの後輩はガチらしい。でもこの展開はオレの知るラブコメじゃない
春の陽気が気持ちよく、窓から差し込む夕方の光は、部屋の隅々にまで柔らかく届いている。少しだけ開けた窓からは、遠くの街の喧騒が微かに聞こえてくるものの、この部屋だけは別世界のように静かで、ずいぶん暖かくなってきた空気と相まって、なんとも言えない心地よさに満ちている。一日が終わって、こうして自分の部屋に戻ってこれた安堵感にふぅと息をついた。
オレの名前は『神原秋人』。都内の私立高校に通う、ごく普通の高校2年生だ。親元を離れて、叔父が経営するアパートで一人暮らしをしている。狭い部屋だけど、自分の空間があるのは気が楽だ。
部活をするわけでもなく、特別な趣味があるわけでもない。ましてやバイトで汗を流すようなタイプでもない。本当にただ平凡に生きていたい。それだけがオレの願いだった。叔父のアパートだから家賃の心配はないし、生活費だって親からの仕送りで十分すぎるほどだ。贅沢なんて望まない。平穏無事な日常があれば、それで満足だったんだ。
そう、思っていたのに……。
何もない、波風の立たない日々を当たり前だと思っていたオレの平穏は、この春、呆気なく、そして唐突に崩れ去った。まるで、春一番が吹き荒れるように、オレの日常に飛び込んできた存在によって。
今も、この部屋の空気を独占するかのように、オレの目の前で喋り続けているそいつが、その原因だ。
「ねぇ。見て見て先輩。もうこんなに読み終わったんですよ?すごいですよね?」
手に持った文庫本、たぶん巷で流行ってるラノベだろう、それを自慢げにひらひらさせながら上目遣いで語りかけてくる。読んでる最中にもかかわらず、やたらとオレに話しかけてくる。
「そんなこと自慢するなよ……黙って読めよ。オレは宿題をやっている。気が散る」
そう返すと唇を尖らせる。その仕草がなんだか妙に様になっているのがまた腹立たしい。茶色がかった髪は肩まで伸びていて、夕日のオレンジ色にほんのりと透けて見える。身長は155cmくらいだろうか、小柄なのに、制服越しでも分かるくらい出るとこ出てて、引っ込むところは引っ込んでいる。世間一般で言うところの、理想的な女子の体型なんだろう。容姿だけを見れば、目を引くものがある。
なのに、だ。肝心の中身が、残念というか、理解不能というか……
コイツの名前は『白石夏帆』。オレの通う高校の1年生の後輩だ。そして今年の春から、よりにもよってオレの部屋の隣に引っ越してきた住人でもある。こいつも一人暮らしらしいんだけど、なんでこんなに馴れ馴れしいのか、全く理解できない。
引っ越してきてからというもの、なぜか毎日、学校が終わるとオレの部屋に押しかけてきて、夜まで居座って、そして当たり前のように帰っていくようになった。まるでここが自分の部屋であるかのように振る舞う。正直、迷惑だ。
「ねぇ先輩?理想の推しと付き合えるとなったら……やっぱり嬉しいですよね?しかも毎日一緒なら尚更ですよね?」
ラノベから顔を上げ、キラキラした目でこちらを見てくる。推し……ねぇ。最近の若い奴はすぐそういう言葉を使う。
「まぁ……そうなんじゃね?」
「じゃあ先輩は幸せ者ですね!」
満面の笑みでまるでオレの幸せを心から願っているかのように言う。……いや、何が?どういう理屈でそうなるんだ?
「は?お前は何言ってんだ?」
「何って……私は先輩の理想の推しですもん!」
「は?」
今度こそ、完全に思考が停止した。推し?理想?オレの?なんでお前が?頭の中が疑問符でいっぱいになる。なんだこいつ……
オレの平穏を乱す厄介な存在だということは理解しているつもりだったが、オレとこいつの間には致命的な認識のズレがあるらしい。少なくともオレにとって、こいつはただの、毎日部屋に押しかけてくる迷惑な後輩でしかない。それ以上でもそれ以下でもない。
なのにこいつは何やら盛大に勘違いをしているようだ。それも、たちが悪い種類の。
「……おい、白石。どういうことだ。ちゃんと説明してみろ」
「え?だって先輩、少し前に髪はこのくらいで、身長は150以上160未満、胸はDカップくらいの女性がいいって言ってましたよ!?」
……確かに言った。オレのどストライクな外見のタイプを言った覚えがある。あの時もこいつはうざかった。
「それは理想の女性の話だろ!しかもお前何を勘違いしてるか知らんけどさ、オレらは別に付き合ってるとかそういう特別な関係じゃないだろ?」
まさか、あれがお前のことだと思ったのか?いくらなんでも飛躍しすぎだろ!それに付き合ってる?どこにそんな事実があるんだ?
「えっ!?そ、そうなんですか!?」
オレの言葉を聞いた瞬間、白石は目を見開き、心底驚いたという表情を浮かべた。あまりにも演技がかっていない純粋な驚きだった。
……なんだ、その反応は。まるでオレたちはとっくの昔に付き合っているものだと微塵も疑っていませんでしたみたいなリアクションじゃないか。
「いやいやいや。一体どこで、お前の思考はそうなったんだよ?」
「だって先輩が私と毎日一緒にいてくれるから、私はてっきり……」
一緒にいる?それはそうだろう、お前が勝手に毎日来るからな。
「いや……お前が急にオレの部屋に来だしたんだろ……断ったところで聞くようなタマじゃないし、無視するのも面倒だし、そもそも……」
口に出しかけて止めた。引っ越してきたばかりの高校1年生が頼れる相手もいない東京で一人暮らし。少しは心細さも感じるだろうと思ったんだ。だから邪険にするのも可哀想かなと、ほんの少しだけ、本当にごく僅かな善意で部屋に居ることを許していた。ちょっとくらい話相手になってやってもいいかくらいの、単純な考えだったんだ。
……まあ、わざわざこんなことを白石に言う必要はない。言ったところで、また変な方向に解釈されて面倒になるだけだろう。
なるほど。オレが邪険にせず、部屋に来るのを許していたからこいつの中では、オレ達はすでに恋人同士になっていたというわけか。どこのラブコメだよ。
……全く理解できない。その思考回路がまるで繋がらない。オレの中の常識とかけ離れすぎている。それになぜ、よりによってオレと恋人になろうとするのか?
そしてムカつくことに、こいつは黙ってさえいれば、それなりに可愛い部類に入るはずだ。いや、見た目だけで言えば、さっきこいつが言っていた通りオレの理想のタイプにかなり近い。顔立ちだって悪くないし、体型だってそうだ。だからこそ余計に厄介なのだ。見た目は好みなのに中身がこれだ。性格とか趣味嗜好とかたぶん一つも合わないだろう。こいつと付き合うなんて絶対に無理だ。
「……あのなぁ白石。落ち着いてよく聞け。オレ達は、たまたま同じ学校の先輩と後輩で、アパートの部屋が隣同士っていう、ただそれだけの関係だろ?なんで、そこでいきなり恋愛関係に発展するんだよ?オレとお前にはそういう特別な関係になるような『何か』は何もないだろ?」
冷静に、理論的に説明しようと試みる。現状を正しく認識させるために。すると、白石は突然、目を細めて、探るような視線をオレに向けてきた。
「じゃあ先輩は、彼女いるんですか?」
「いるわけないだろ。毎日毎日、放課後から夜までお前がオレの部屋に居座ってるのに、彼女ができても一緒にいられる時間なんてねぇだろうが」
「うぅ~ん……じゃあ先輩。私のこと嫌いですか?」
「はぁ?急に何言い出すんだよ。話飛躍しすぎだろ」
「いいから答えてくださいよ。私、今、結構真剣なんですよ?」
真剣?どこが?ただオレを困らせてるだけだろうが。でも、ここで適当にあしらうと、さらに面倒なことになりそうな予感がする。正直な気持ちを言うしかないか。
「知らねぇけど……まあ別に嫌ってはいないが」
好きか嫌いかで言えば、どっちでもない。強いて言うなら、迷惑な奴だ。でも嫌いと断言するほど憎んでいるわけでもない。毎日見ていれば、多少は情が移らないこともない……かもしれない。ほんの少しだけな。
「ふむふむ。じゃあ、好きってことですね!『彼女もいない』『私のこと嫌いじゃない』。はい、条件クリアです!じゃあ彼氏決定でいいですよね?」
論理が飛躍しすぎだ!なんでそこで『好き』になるんだよ!『嫌いじゃない』と『好き』の間には、太平洋よりも広くて深い溝があるんだよ!それに彼氏決定?誰が?オレがか?
「なんでだよ!?」
なんなんだよこいつは!どこまで自己中心的なんだ!くそっ、本当にめんどくさい奴だ!このままだと、本当にこいつのペースに巻き込まれてしまう。
「先輩が何もないとかそんなこと言ってるなら、じゃあ……エッチしますか?そうすれば、もう何も言えなくなりますよね?一応、初めてなので優しくしてくださいね?私としてはきちんと順を追って、まずは手をつないで、それからキスして、それから……」
「うぜぇっ!お前もう帰れっ!」
「先輩。素直に、私をもっと推していいんですよ?遠慮しなくて大丈夫です!」
「なんでオレがお前を推すんだよ!いい加減にしろ!」
「え?だって私と先輩って付き合ってますよね?」
「付き合ってねぇって言ってんだろ!話聞けよ!」
はぁ……。どうして、こうなったんだろう。ただ平穏に過ごしたかっただけなのに。これがオレと白石夏帆の、あまりにも突然で、あまりにも混乱した日常の始まりである。
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