03 おいしい紅茶



 からん、とベルが鳴る。


「あ……!」


 現れたのはウィンストンさん。

 昨日不意に笑顔を見せてくれたのに、私の反応が最悪だったせいで彼の気分を害してしまった。だから足早に帰ったのだろう。

 驚く私の顔を見て、ウィンストンさんは不思議そうな顔で固まった。ので、慌てて弁解する。せっかく来てくれたのだから、ゆっくりしていってもらいたい。


「すみません……もう来ていただけないかも、と思っていたので嬉しくて」

「……別に、来ますよ」


 彼は昨日のことを思い出したのか、眉間に皺を寄せそっぽを向いた。つっけんどんな言い方だけれど、黒い髪から覗く耳がほのかに赤い。それを見てほっとした私は、じわじわと笑みが込み上げる。


「いまお茶とお食事をご用意しますね」

「……」


 ぺこりと頭を下げたウィンストンさんは、やっぱり今日もいつもと同じ席に座った。キッチンからその姿を見ると、胸に温かいものが広がる。


(来てくれた。本当によかった)


 実は閉店後も気になって、あんなに読み進めたかった読書が手につかなかった。寝る前も反芻してしまい、どうしてあんなことを……と布団のなかでもんどり打ったくらいだ。

 もっとこうしてたら、ああだったら、と考えてもきりが無いことは分かっているけれど、後悔せずにはいられない。

 ああ、思い出したらまた悔しくなって……


「ここは、王都で一番落ち着く場所です」


 慎重に言葉を選んでいるような声色。なめらかな中低音。穏やかで心地のいい声。

 顔を上げると、ウィンストンさんは開いた本に視線を向けたまま話している。しっかり私に届く音量で。


「あなたの淹れる紅茶も、食事も、1日の活力になります」


 ぽこぽことお湯の沸く音、遠くでかすかに聞こえる雑踏、建物の木の匂い、すこしずつ寒さが緩んできた空気、柔らかく降り注ぐ太陽の光。

 大好きな朝の空気のなか、彼の声だけが新鮮で、でもそれが不思議と馴染んでいるのは、きっと彼の声にあたたかさを感じるから。


「……ありがとうございます」


 言葉数こそ少ないけれど、優しいひとなんだろう。いままでだってその片鱗はあった。ふとした仕草や視線にこもっていた。彼が優しいことは、すでに知っていた。

 不器用なそれらに慰められる心地がした。彼にその気は無いかもしれないけれど。


(とびきりおいしい紅茶を淹れよう)


 今日も、明日も、ずっと。

 そう気を引き締めて、ティーポットにお湯を注いだ。

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