とある一つの未来

菜の花 薫

「お母さん、もうふかし芋は飽きたよ」

 食卓の上には、もうもうと湯気の上がったサツマイモの山。それを僕はうんざりと、何もつけずに皮ごと食べる。

「何、贅沢言ってるのよ。この前、お腹が膨れるものが食べたいっていうから、お米から変えてあげたばかりじゃない」

 そう言いながら母は、台所にて、せっせとおかず作りに勤しんでいる。

「だって、ご飯だとお茶碗一杯しか食べられないじゃない」

 食べ盛りの僕としては、それじゃ到底お腹の虫が止んでくれないのだ。

「とはいったって、それ以上食べられると、食費が追い付かないのよぉ。さ、野菜炒めの完成ー、これなら、いくらでも、好きなだけ食べなさい」

「げえー、百%野菜炒めだぁ……」

 菜箸で中身を掻き分ける。キャベツ、人参、ピーマン、どれも僕の苦手なものばかりだ。

「ん?」

 諦めて器に盛りかけたところで、キャベツの片隅に、茶色い残骸がわずかにその姿を見せかけている。

「お母さん、これって――」

「ふふっ、そうよ。今日は十日に一度の、お肉支給の日。中に少しだけ、こま切れを入れたから、思う存分堪能しなさい」

「やったー!」

 壁際のカレンダーに目を向けると、丁度今日の日に、赤ペンで豚の画が描かれていた。僕は大喜びで、少量の肉の入ったそれを掻き込むと、再びふかし芋へと手を伸ばしかけた。


 自転車にまたがると、お目当てのスーパーへと繰り出す。豪華な昼食を代償に、母から買い物を頼まれたのだ。

 道中、田舎道を見渡すと、雑草の生い茂った畑地や田んぼの跡。かつてはそれを生業とする人が数多いたが、今は後継者不足や暮らしの採算に見合わず、その多くが廃業してしまい、土地も荒れ果てたまま手つかずとなっている。

「おー、祐一! どっかにお出かけかい!?」

 と声の先に目を向けると奥のビニールハウスから、一人の初老の男性が笑みを振り撒いている。

「勝彦おじさん! いえ、駅前のスーパーに買い出しですー!」

 呼応するように、笑顔で声を上げると、「そりゃ、丁度いい」と暫く踵を返し、

「これ、持って行ってくれ! 予想外に、大量の五月豆が収穫できて。良ければ、少しおすそ分けだ!」

「ええー、いいんですか!? ぜひ、今行きます!」

 畔道に自転車を止めると、僕は声を震わせて、彼の畑へと駆ける。ほんのり身体が汗ばむこの時期、醬油とごま油で味付けした五月豆の炒めものは、僕の何よりの好物なのだ。


 子供好きの勝彦おじさんは、僕を含む近所の子供たちを、よく自身が営む畑の手伝いに借り出している。作業が終わると、大抵僕たちはへとへとになるのだが、それでも断らずに続けているのは、帰りにお駄賃や新鮮な野菜・果実を提供してくれるからだ。

「ほらよ、今年はこんなに豊作だ」

 五月豆を受け取るべく、ビニールハウスの隣の畑地に向かうと、大量のそれが実をつけていた。ほかにも、ナス、ゴーヤ、モロヘイヤ、この時期ならではの作物がまさに収穫の時を迎えていた。

「すごい! これだけの量を市場に持っていけば、皆さんたくさん購入してくれますね」

 興奮交じりでそう返すと、途端におじさんは、表情に陰りをみせ、

「いや、それがなぁ……今は野菜の卸値が、以前よりさらに安くなって……」

 ぼつりと零す一言に、以前「また仲の良い農家が、畑を引き上げていったよ」と悲しい表情で夕闇を眺める彼の言葉を思い出し、僕は自身の失言を深く悔やんだ。

「まぁ……そうはいっても、俺なんかはましだ。農家一本で、食っていけているんだからな……さぁ、待たせたな! これだけあれば、お前んちでも十分だろ!!」

 そう言いながらいつの間にか、彼の右手には、ビニール袋一杯の五月豆が収穫されていた。僕はそれを大事そうに受け取り、

「ありがとうございます! 僕は正直お店で買う野菜は苦手ですけど、おじさんの作る野菜は別格です。また悠斗や孝太たちとお手伝いに行きますので、いつでもお声がけください!」

 思わず感謝の言葉を告げると、彼は再び満面の笑みを浮かべ、

「おうよ、祐一、その言葉を聞くだけで、やる気が出るさ! さ、ビニールハウスの風通しをしなきゃだな……お母ちゃんにも、よろしく伝えておいてくれよ」

 そう言うや、おじさんはそのまま農具小屋へと駆けて行った。それを見送ると、僕も元来た道へと走り出した。

 実は僕も悠斗も決めているんだ。将来は農家になって、この荒れ果てた大地を再び稲穂や野菜で一面にしてみせるって。


 スーパーに着くと、母から手渡されたメモ用紙を取り出す。

 リンゴ、麦、サバ。まずは、リンゴがある青果コーナーからだ。

「さぁ、いらっしゃい、いらっしゃい! 今日は沖縄産のバナナが入ったよ! あのねちっとした濃厚な甘みが一本千円、たまには、久しぶりに贅沢してみては!」 

 リンゴやミカンしかない小さな青果コーナーには、珍しく桐の箱に玉座されたバナナが数本売られていた。

 バナナか、年に一度、食べるか食べないかの高級食材。皮を剥くや、辺りに立ち込める南国の香り、ニチャニチャと噛みしめるだけ、口いっぱいに甘熟が広がる。駄目だ、これ以上の想像は惨めになるだけだ。

 僕は、その隣に山積みされたリンゴを一つ手にすると、いそいそと館内で大きな広場を占める鮮魚コーナーへと向かった。


 鮮魚は、現在日本人が手軽に取れる貴重なたんぱく源だ。しかし、その供給にも限界があるため、品数はある程度、限られている。

「えっと、サバ、サバ……」

 売り場の中から、サバのパックを見回す。しかし、いつもはあるはずのサバが、今日はなぜか見当たらない。

「もしかして、サバを探しているのかい? 残念だ、今日は品出ししていないんだ」

 たまたま、今日の鮮魚を並べるあんちゃんの一言に、思わず絶句してしまう。彼は苦笑いでパックを並べ終え、

「海が荒れてて、しばらく水揚げはされないんだって。代わりに鯵なんか、どうだい? 天ぷらにすると絶品だよ!」

 鯵か、でも母はサバを買ってきてとしか言われていない。もし、鯵を買ってきたら、激高し、当分肉がお預けになるかもしれない。

「ごめんなさい、鯵は……またの機会にします!」

 僕は一礼し、鮮魚コーナーを後にする。 あると思っていた魚がないなんて、今日のおかずはどうなるのだろう。今晩の食事の見通しが立たず、僕はひっそりため息を吐いた。

 

 残りは麦だけか、畜産コーナーをさっと通りすぎたかったが、ついつい歩を止めてしまう。しかしその一部分の価格を見て、僕は先程より、一層大きいため息をついた。

 鶏肉百グラム 千円

 豚ロース百グラム 千四百円

 牛肩百グラム 千七百円

 どうしてこうも高いのか、隣の卵売り場でも、一パックセールでも千五百円である。

「はぁ、毎日お肉がたらふく食べられたら、どんなに幸せなことか」

 ぼやきながらも、最後の麦を買い物かごに入れ、レジへと歩を進める。帰り際、母にサバを買えなかったことで叱られるかもと憂鬱であったが、次第に、友人とこの後何をして遊ぶかに、思いは傾いていった。

 

 

 日本が海外からの食糧輸入をストップした場合、国産百%なifのお話。

 





 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

とある一つの未来 菜の花 薫 @nanohana_kaoru

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る