第30話 中間テスト

「はっ、えっ……ど、どういうこと……? 真幌が、俺を……? 勘違いじゃ……でも、なんで…………」


 クラウがいる前で突然俺に告白し、キスまでして去っていった真幌。

 あまりに突然のことで驚き、顔が赤くなるのを感じた。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、どうしていいかわからない。


「すすすっ、素直っ! なんでキスされたのよっ!」

「お、俺に怒るなっ。俺からは何もしてないじゃん!」

「そうだけど……隙を見せたあなたも悪い!」

「さすがにそれは理不尽すぎだろ」


 同時にクラウも目をぐるぐるさせながら、なぜか俺に怒りを向けてくる。


 でも、思い返せば、あの病室で二人きりになりたいと真幌が言ってきたのは、やはり不自然だった。

 きっとあのとき、二人は何かを話していたに違いない。

 それが今回の出来事に関係しているとしたら……あの会話をきっかけに、真幌の中で何かが変わって――俺に告白する決意をしたのかもしれない。


 この一ヶ月の間で、俺は二人の女性とキスをすることになってしまった。

 真幌は頬へのキスだったけど、それでもキスには違いない。

 ……マジで、どういうことなんだよ……。

 ずっと幼馴染で、変わらない関係だと思ってたのに。


「とにかく! 素直は……あの子ともちゃんと向き合って! それで……それで……私のことも、ちゃんと見て……っ」


 クラウの言ってることが、さっきとは違っていて支離滅裂だ。

 真幌はちゃんと好意を伝えてくれた。でもクラウは、キスはしたけど、好きだとは言ってくれていない。

 ……これって、一体どういうことなんだ。


 恋愛なんてしたことのない俺には、さっぱりわからない。

 どうすれば良いんだ。


◇ ◇ ◇


 学校では、俺の隣にいるはずのクラウの席はずっと空いたままだった。

 あと一ヶ月、この空白の時間をどうやって埋めればいいのか、俺にはわからない。


「――んで、俺を呼んだってことは、なにかあんだろ? 十中八九、クラウディアちゃんのことだと思うけど」


 お昼休み、俺は同じクラスのサッカー部でイケメンの神宮利樹を呼び出していた。

 神宮はグラウンド近くのベンチで売店のパンを頬張りながら、俺が話す前にズバッと切り込んできた。


「まあ、そうなんだけど……それだけじゃないというか……」

「なんだよ。はっきりしねーな。ちゃっちゃと言っちまえ。ちなみに俺は軽そうに見えると思うが、好き勝手人に話すようなヤツじゃねーから安心しろ」

「そうなんだ……」


 そもそも神宮のことをあまり知らない俺にとって、“安心しろ”と言われても、すぐには安心できなかった。

 でも、相談できる相手は他にいないし、もう覚悟を決めて話すしかなかった。


「冷静に聞いてほしいんだけど」

「言い方は癪だが……ああ、言ってみろ」

「多分……多分だけど。俺、クラウから、好意を向けられてて……」

「ああ、そうだろうな。それに、人工呼吸もしたんだろ?」

「そ、そんな事も知ってるのか……っ」

「心臓が止まって応急処置で助けたって話だけは聞いてたからな」


 そこから想像を膨らませたのか。

 神宮、意外と頭が良いのかもしれない。いや、俺よりは確実に良さそうだ。


「そっか……それで、ここからが本題なんだけど。俺には幼馴染がいるんだけど……その子が告白してきて……しかも、クラウがいる前で」

「…………え?」


 神宮が目を大きく見開き、食べていたパンのかけらをポロッと落とした。

 だが次の瞬間、


「あーはっはっは! マジかよ! お前モテモテじゃねーか! 羨ましいこった!」


 イケメンのお前には言われたくない。

 てか、今は笑う場面じゃないだろ。


「ああ、悪い悪い。でも、まさかそんなことがあったなんてな。んで、それが前提として、相談したいことがあるんだろ」

「うん……クラウのことは、最初から気になってて……でも告白されたわけじゃないし、付き合うとかも全然わからない。そこに幼馴染から告白されて、今までただの幼馴染としか思ってなかったから、動揺してて……答えはまだ先でいいからとも言われて……俺、どうすれば良いかわからないんだ」


 答えを出すどころか、俺はまだこの現実を受け入れきれていない。

 だからこそ、冷静な判断なんてできない。

 クラウのことも、真幌のことも。


「なんだ。そんなことか」

「え……そんなことって、どうすればいいかわかるの?」


 神宮は一切迷いがなかった。優柔不断な俺とは真逆だ。

 最初から正反対だとは思っていたけれど、ここまで違うとは。


「そんなもん、わかんねーもんはわかんねー。今すぐに結論を出せないってのは自分でわかってんだろ? だったら、それが出るまで、二人の行動に付き合ってやればいいだけだ。ただし、お前から二人同時に手を出すようなことはすんなよ」

「じゃあ俺はこのままでいればいいってこと?」

「ああ。迷うことも答えの一つだろ。それに、好意を意識し始めたばかりだ。この先、越智に幻滅する出来事だってあるかもしれない。見捨てられないようにすることだな」


 これが、神宮なりの答えなのだろうか。

 でも、なんだか救われた気がした。

 俺は二人から迫られて、どうすればいいかわからなかったけど、迷っていてもいいんだ。

 大事なのは、その気持ちとちゃんと向き合うこと。


 クラウだって、あのキスはきっと、本気だった。

 人工呼吸のあと、二度目のキス。

 好意がなければ、そんなことするわけがない。


「神宮、ありがとう。チャラいのに、真面目なところは真面目なんだな」

「はんっ。こっちはこっちで色々経験してんだ。本命には振られ続けてるけどな」

「そ、そう……神宮もうまく行くといいね」


 神宮は幼馴染の庵野さんに振られ続けているらしい。

 それでも庵野さんは、一緒に映画に行ったり遊んだりしている。

 完全には嫌われていないということなんだろう。


◇ ◇ ◇


 そうして三週間の入院が終わり、やってきたクラウの退院。

 同時に迎えた中間テスト。


 俺は教室で。クラウは保健室で、他の生徒とは別にテストを受けていた。

 学校にいる間は会うことができなかったけど、外では会える。


 俺は初めてクラウの家にお邪魔することになった。

 テスト期間が終わったあと、テスト用紙が返ってきてからのことだった。


 手に持たされた封筒にはクラウのテスト用紙が入っている。

 俺が持っていて大丈夫かと不安だったが、京本先生が「良い」と言ったので良いのだ。

 もちろん中身を見るなんてことはしていない。そう、絶対にしていない。


 クラウの住んでいるマンションはタワマンというほどではないが、それなりに高層で綺麗だった。


「――素直。待ってたよ。いらっしゃい」

「お邪魔します」


 私服姿で迎えてくれたクラウは、大分血色も良くなっていた。

 病院食で痩せてしまった体はまだ戻っていないが、その表情は元気そのものだった。


「あら、素直くんいらっしゃい。あとでお菓子持って行くから、クラウちゃんのお部屋で待っててね」

「ありがとうございます」

「じゃあ、行こっか」


 リビングから顔を出したのは、クラウの母・橙子さん。

 挨拶もそこそこに、俺はクラウの部屋へ初めて足を踏み入れた。


 クラウほどの美少女だ。どんな部屋なのかと期待していた。そして――その期待は、良い意味で裏切られた。


「わっ……凄い本」

「あ、あんまりジロジロ見ちゃだめだよっ」

「うん……」


 クラウの部屋は、可愛らしい空間だった。

 服装は大人っぽい印象があったから、部屋も同じかと思っていたけど、ピンクのインテリアが多く、女の子らしさに溢れていた。


 それに、俺の家と同じように本棚があり、そこには大量のラノベらしき本が並んでいた。

 さらに別の棚には、『限界領域の魔法銃使い』の特設コーナーまで作られていて、グッズや賞状まで飾ってある。


「えっと……ベッドに座る?」

「いや、なんで!?」

「そ、そうよねっ。とりあえず、机の前に座っててっ」


 とんでもないことを言い出すクラウに驚きつつ、俺は言われた通り、机の前の椅子に腰を下ろした。


「これ、テストね。見てみて」

「ありがと。早速見てみるね。あれだけ素直と委員長が勉強教えてくれたんだもん。きっと良い点がとれてるはずっ」

「ああ……そうだと、いいね……」


 俺は封筒をクラウに渡した。

 クラウはそれを開いて、教科ごとに点数を確認していく。


「……へ? …………あっ……うっ…………ぐぬぬぬぬ…………」


 一枚一枚確認していくクラウの顔が、どんどん曇っていくのが見て取れた。


「ど、どうだった……?」

「そ、その前に! 素直は、どうだったの?」


 俺の点数を聞いてくるクラウ。まさかの逆質問。


「ま、まあまあだった、かな……」

「なにそれ! ちゃんと教えて」

「い、いやあ…………大体五十点くらいだったかと……」

「…………赤点は?」

「あっ、赤点は――――三教科赤点だった」


 言うのがつらかった。情けないったらない。


「そ、そう……素直が赤点取っていたなら、まあ、この点数はしょうがないわよねっ。うん、そうよ!」


 そう言いながらクラウはテスト用紙をテーブルの上に広げた。


「あ…………」


 俺の平均は五十点ほどだった。そして、クラウの平均も、たぶん同じくらい。

 ただし、赤点の数は――四つ。


「ま、入院していたし、しょうがないよね! 直接先生から授業聞いていたわけじゃないし……」

「ああああああっ……赤点が四つも……」


 励ましたけれど、クラウは頭を抱えた。赤点四つは確かに痛い。

 良い大学を目指すなら、今からしっかり点を取らないといけないんだろうけど……。


「お、お母さんが、お母さんが……っ」

「え……」

「小説っ! 赤点なら、小説書かせてくれないのっ!」


 小説家にとって大事件じゃないか。

 クラウの叫びは、あまりにも切実だった。




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