第13話 創作は肉体労働
「やーまあり、たーにあり、どんどんすすめー♪」
車内の後部座席で謎の歌を歌っているのは、
少し前まではイヤイヤ言っていたのに、車に乗った途端こうして歌を歌っている。
文芸部は実体験を増やす目的で週末の土曜日、山梨の山に向かっていた。
俺たちが住む東京からは二時間弱。高速道路を使って移動している。
「もー、なんで私が運転しなきゃならないんだよー」
「まよせーん。毎年のことでしょー?」
「だからこの恒例行事、そろそろやめようって話をしてんの」
借りたワゴンタイプのレンタカーを運転するのは、俺のクラスの担任でもある京本麻世理先生だ。助手席には椎木先輩が座っている。
登山に着いてくる面倒見の良い先生だと思っていたのだが、全く違っていた。かなり嫌がっている。
しかも聞く話によれば、毎年のように登山をしているらしい。
「先生。休日にありがとうございます」
「そうだよー、休日返上で付き合ってるってのに、給料はあがんないし、こんなのサービスだよ」
「ですよね。それはそれはありがたいことをしてもらっていると思います」
既に一般的な部活の遠征レベルでお世話になっている。
一応お礼は言っておいた。
「そういや、越智と香澄。お前ら同じ文芸部だったんだなー」
「そうですね」
「…………」
話題を変えた京本先生は、俺たちのクラスの話をする。
俺の隣に座っている香澄さんはそれほど喋っていないが、登山のために準備してきた服装をしている。
登山用の服なんて持っていない。でも、それほど高くない山らしいので、椎木先輩によれば、動きやすい服装なら何でも良いということで、俺もそのような服装をしてきている。
「まあ、何の部活に入ろうが良いんだけどさー。文芸部に入って後悔するなよー」
「な、なんですかその意味深な……」
「いきなり登山に連れてくようなヤバい部活だぞ? それだけで終わるわけないだろう」
「う……そう言われると……」
確かに京本先生の言う通りだ。
いきなり登山をするような部活だ、肉体的に疲弊するイベントはできれば差し控えたい。
でもこれが、本当に創作の役に立つという実感が湧くのであれば、少しは賛成するかもしれないけど、今は半信半疑だ。
「ちょっとまよせーん。可愛い後輩ちゃんを脅さないでくださいよー」
「事実だろう? お前だって、去年は嫌がっていたくせに」
「いや、それは……」
あの自信満々で俺たちを引っ張ってくれている椎木先輩も入部したての頃は俺たちと同じ反応をしていたらしい。
「ほらー、次は素直っちだよー。早くしてー」
「ああ、ごめんごめん。ほら……はい、次香澄さん」
「えっと……はい。これ……」
「おー、じゃあ次は私なー」
二時間弱で到着するとはいえ、ずっと車内にいては手持ち無沙汰。
そこで、るいるいが持ってきたトランプで俺たちはババ抜きをしていた。
「あ゛っ」
ちまりのわかりやすい反応だった。
おそらく香澄さんからジョーカーを引いたのだろう。
「にゃはは……どーれーにーしよーこれっ…………」
ジョーカーらしい。
るいるいも結構顔に出るタイプのようだった。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで、サービスエリアに寄りながら、俺たちは山梨のとある山に到着した。
「――ってことで、お前ら頑張れよー。適当な時間に迎えにくるわー」
「ええっ!? 先生は登らないんですか!?」
「当たり前だろ! 私は山梨のほうとうと温泉を一足先に楽しんでくんの! じゃないとここまで運転した意味ないだろー!」
「せんせーずるーい!」
「安茂里小路と言ったか? 先生はズルいんだ。覚えておけよー」
「むぅ〜〜〜〜〜」
京本先生はそう言い残し、どこかへと行ってしまった。
俺たちは先にトイレを済ませ、リュックを背負って準備をする。
「じゃあ皆レッツゴー!」
椎木先輩の掛け声で俺たちは登山を開始した。
――約一時間後。
「だめ……だめ……もう死ぬぅ……」
「ふが、ふが…………」
るいるいとちまりが、早速ダウンしていた。
身を寄せ合って、なんとか二人の力で足を前に踏み出してはいるものの、もう限界に見えた。
しかし、椎木先輩によれば、この山はトータル三時間はかかるそうで、頂上である折り返し地点はまだ少し先だった。
「この山は初級だよー。ほら、ファイト~」
椎木先輩は慣れているのか、スイスイと進むが、一応俺たちのペースには合わせてくれているようだった。
「香澄さん、大丈夫? 疲れたら言うんだよ」
「だ、大丈夫…………越智くんこそ、無理はしないほうが良い」
あの、筆談があって以降、俺は香澄さんと少しだけ仲良くなった気がしている。
喋りかける度に反発されているように感じたが、今はこうして心配までしてくれている。
何故か文芸部のロッカーにあった登山用のスティック。
皆はそれを持って体を支えながら前に進んでいる。
今思うと、このスティックがなければ、もっとキツい思いをしていたかもしれない。
それからさらに三十分後。
途中、良い景色の場所をスマホの写真に収めながら、やっと頂上まで到着した。
「やっと着いたぁぁぁぁ! でも、気温ひっく!?」
「もう、だめ……しぬ……」
そう言ったのは疲労困憊のるいるいだった。
ちまり同様に足がフラフラになっていた。
椎木先輩には厚着してこいと言われていたのでそうしたのだが、頂上の気温はかなり低かった。
吐いた息も白くなり、ここはまだ冬かというくらいの低さで、正直ずっと留まっていたくないほどだ。
でも、今日はここで昼食を取る予定だった。
「ほらー、順番にカップ麺ちょうだいねー。お湯入れてあげるから」
椎木先輩が用意してくれた簡易コンロ。そこに水を入れて温めていく。
それぞれのカップ麺にお湯が注がれると、この寒い場所で食べることになった。
「あったけえ……」
カップ麺を食べると、それが奥に染み渡るように体を温めてくれた。
「――越智くん、どう? 登山していた役立つことはあった?」
ズズズとカップ麺をすすっていると、椎木先輩がそんなことを聞いてきた。
先輩の眼鏡はカップ麺の湯気で曇っていた。
「そうですね……使えるかは置いておいて、頂上がこんなに気温が低いなんて知りませんでしたし、予想以上に足に来ることもわかりました。あと、皆で一緒に行動すると、周りの心配をしたりとか……」
「へえ……色々学んでるじゃん」
「逆に、先輩は登山で何を創作に活かせると思いました?」
俺は先輩が何を思っているのか知りたかった。
確か悪役令嬢ものを書いていると言ってたっけ。
「――例えば、ファンタジーで旅をする中で山脈を移動する時ってあるじゃん?」
「ありますね」
「するするって移動している作品も多いと思うんだけど、実際歩くとさ、こんなん無理じゃん!? って思ったりするわけ。ファンタジーの世界では何日もかけて移動したりするわけだから、とんでもない疲労感があるはずなんだよ」
言われてみればそうだ。
多くのファンタジー作品は魔物と戦いながら山中を移動すると思うが、なんとなく疲労しているイメージが少ない。
でも、実体験としては一時間歩いただけでも結構疲れている。解像度の面で言えば、この辛さは実際に登山をした人しかわからないかもしれない。
「ただ、その描写が本当に必要かどうかってのもある。だから、別にファンタジーで山を登ったからといって、その疲労感を表現することが必要かどうか……まあ、必要ないからほとんどの作品では描写されていないってことにはるかもしれない」
「すごい勉強になります……!」
椎木先輩の話はとても為になる。
創作の知識も多いし、こうして会話するだけでも学びになることが多い。
「……っ…………っ……」
ん、なんだ……?
俺がカップ麺を食べながら椎木先輩と話していると、少し違和感があった。
隣にいる香澄さんだ。
見ると体を小さくしてふるふる震わせていたのだ。
カップ麺を食べたはずなのに……。
「――香澄さん、良かったらこれ……」
「あ、え……いいの?」
「俺、結構暑がりだからさ、大丈夫」
「…………うん、ありがとう」
見た感じ寒そうにしていた。
だから俺は上着を一枚香澄さんに貸してあげた。
「あと、手袋も。これあるだけでも結構違うから」
「ありがとう」
微笑んでくれるわけではなかったけど、香澄さんは拒否することなく、俺の好意を受け取ってくれた。
「イケメンムーブかましてるねぇ」
「な、なんですか……これくらいで」
「ふっふっふ。こういうイベントも結構ラブコメに役立つんじゃないかな? なかなかないぞ、人に自分の服を着せてあげるってシーン」
「た、確かに…………」
そう考えると少し恥ずかしくなってきた。
ちらりと香澄さんの方を見ると、どこか耳が赤くなっているような気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます