生理学の先生に質問です!!「可愛い女の子もうんこをしますか?」

うなな

第1話 問いのはじまり

「お前、自由研究どうすんの?」


夏休みを三日後に控えた中学二年の午後。教室にはだらけた空気が流れていて、僕は半分寝ながら、その問いに答えられずにいた。


「うーん……まだ、決めてない」


「ヤバいって。もう図書館のネタ、出尽くしてるぞ」


前の席の石原が、机に突っ伏しながらあくび混じりに言った。


正直、僕は焦っていた。理科は嫌いじゃない。むしろ好きだ。でも「何か研究してまとめろ」なんて言われても、好き勝手に掘れるテーマが思い浮かばない。気圧? 微生物? 月の満ち欠け? どれも既視感が強すぎて面白くなさそうだった。


そんなときだった。


「えー? あたし? うんこなんかしないよ?」


クラスの後ろのほう、女子の笑い声が聞こえた。


「だよねー! ミユってさ、なんか透明感あるもん。うんことか無縁そう」


「でしょー?」


僕はその声の主――佐々木ミユの横顔を、ちらりと見た。


長いまつ毛に、髪の毛は陽に透けて明るく揺れていた。確かに彼女は“可愛い女の子”だった。男子の間でも人気は高いし、何より、ふわっとしたしゃべり方に妙な清潔感があった。


でも。


でもだ。


「うんこなんかしないよ?」という、その一言が、なぜか僕の中で引っかかった。


* * *


夏休みに入って数日後。僕は、母親に手を引かれるようにして、近所の国立大学のオープンキャンパスに参加することになった。


「自由研究の参考になると思って。医学部の見学って珍しいでしょ?」


確かにそうかもしれない。医学部なんて、ふつう中学生が入れる場所じゃない。でもそのとき、僕は妙な期待を抱いていた。あの、ミユの言葉がずっと頭から離れなかった。


うんこなんかしないって、本当なのか?


バスに揺られて大学のキャンパスに着いた僕は、配られたパンフレットを頼りに「医学部・生理学研究室」の展示へ向かった。


階段を上がり、ひんやりした廊下を抜けた先。


古びたプレートに「生理学教室」と書かれた部屋の中には、内臓模型、電子顕微鏡、腸内細菌の写真がずらりと並んでいた。


空気が、なんだか……“本物”っぽかった。


僕は吸い寄せられるように、ひとつの展示に目を留めた。


 

――「消化管の驚異:君の腸は、24時間働いている」


 

小腸の長さは6メートル以上。大腸は水分を吸収し、腸内細菌とともに便を形成する――。


「へぇ……」


思わず声が出た。そのときだった。


「君、中学生かな?」


振り返ると、白衣を着た背の高い老人が立っていた。眼鏡の奥の目は優しく、でもどこか鋭さを秘めていた。


「……はい。あの、自由研究のテーマを探しに来てて……」


「そうか、偉いな。生理学ってのはね、君たちの“当たり前”を全部問い直す学問なんだよ」


「……」


その言葉が、胸に引っかかった。


「先生、ひとつ、聞いていいですか?」


「うん、なんでも聞きたまえ」


僕は一呼吸置いて、思いきって言った。


 

「……可愛い女の子って、うんこするんですか?」

 


秒針の音が、やけに大きくなった気がした。


老教授は一瞬目を丸くして――それから、声を立てて笑った。


「ふっふっふ……こりゃ面白い。君、いい質問をしたね」

 


──そして、すべてはそこから始まった。

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