重くたってお見舞いしたい!(1)
「ど・れ・に・し・よ・う・か・な・鉄砲・撃って・バン・バン・バン。う・さ・ぎ・の・尻尾・を・ちょん・ぎ・る・ぞ……ああ……決まりました、おば様」
「うん、その装束にするのね。いいと思うわ。あなたの覚悟が良く出てる」
「はい。私がまた生きて叔母様の顔を見ることが出来たら、その時は……笑って迎えてください」
「もちろんよ。でも大丈夫。あなたなら……きっと修一さんを救う事ができるわ。だって、あなたは彼女でしょ」
「はい。今から夜まではこの春日部真白の人生で得てきた全てをぶつける所存です。だって……私の……愛する方への贖罪ですから」
「いい……真白ちゃん。愛は全てを越えるの。あなたの愛は世界中の誰よりきっと負けてない。あなたなら、きっと自らの犯した業と向き合い、それを消し去ることが出来ます」
「では、この命をかけて……行ってまいります」
「その意気よ。今、この時から贖罪を終えるまで、この叔母の顔を見る事まかりなりません。覚悟を決めなさい」
「はい。これより全てを終えるまでは、叔母様も昴も……居ない者となります」
私は目の前にある白装束を身にまとうと、叔母様の運転の下修一さんのアパートの前まで乗せて行ってもらいました。
そして、目の前で降りると運転席の叔母様にペコリと一礼すると、白装束と白の鉢巻を調えなおし、贖罪の印の漆黒のボストンバッグを抱えていざ修一さんのお部屋へ。
はて?
丁度出てきた隣のお部屋の方が、私をまるで物の怪でも見るような目で見てましたが、そんなに怖い表情をしてたでしょうか? 私。
だとしたら申し訳無い事です。
笑顔で会釈すると、表情を引きつらせた隣の住民の方は「いや、僕ずっと仏教徒なので。勧誘はちょっと……」と言うや否やそそくさと階段を降りていきました。
勧誘? はて?
それにしてもダメですね、怯えさせるほどのピリピリした雰囲気は。
これでは病床の修一さんが怯えてしまうではありませんか。
ましてや私のせいで……お体を悪くされたの……に。
ああ……いけません。
また涙が溢れてしまいそう。
私はグッと表情を引き締めて涙を拭うと、インターホンを押しました。
するとややあって、中から修一さんが歩く音がして、やがてドアが開きました。
「すいません、春日部さん。お見舞いなんて本当にいい……の……に」
はて?
修一さんは私を見ると、先ほどのお隣様と同じく表情を引きつらせています。
「ごきげんよう、遠藤さん。この春日部真白。今から遠藤さんの病が癒えるまで命をかけてお世話させて頂きます。あ、お気になさらず。これは彼氏への当然の奉仕であると共に、お風邪を引かせてしまった私の贖罪なので」
「い、いや……あの……色々言いたい事はある……けど……あ、とにかく早く上がって下さい」
その声に頷こうとした時、背後で「ひっ」と短い悲鳴の様な声が聞こえたので、振り向くとそこにはトマト運輸の制服を着た配達員さんが。
「お仕事お疲れ様です」
そう言って会釈すると、配達員さんは無言で頭を下げると修一さんにダンボールを差し出して、私のほうに視線を向ける事無く、印鑑をもらうと文字通り逃げるように駆けて行きました。
「すいません、どうもピリピリした雰囲気が出ているようで。先ほどもお隣の方を酷く怯えさせてしまい……」
「げ……お隣さん……見たんだ……あ……後で説明しときます。とにかく中へどうぞ」
「失礼致します」
中に入ると、そこにはまさに「男子のお部屋の匂い」とでも言うのでしょうか。
野生的で力強い、それでいて修一さんに相応しい優しい香りが満ちていました。
ふわあ……幸せ。
この春日部真白、初めて彼氏の部屋へ……っていけません!
何を考えているのです真白。
今から行うは贖罪。
前回、我が家に来られた際雨粒に濡らしてしまった。
きっとそれでお風邪を……
彼女として、修一さんの人生を預かる立場にも関わらず、許されざる失態。
本来は尼寺にでも入るべきところですが、私には修一さんのお子を五人産むと言う未来の務めがある身。
そのため、命をかけて病を癒すことこそが贖罪。
でも……えへへ。
彼氏の匂いって、いいな。
「あ、とりあえずそこのテーブルの前に座ってください。お茶でも……」
「な……何を言うのです。貴方は今、病と闘うお立場。どうぞ横に……遠藤さんに何かあったら、私も生きては帰らぬ覚悟」
「いやいやいや! 7度3分あるだけなので……寝てたのも、仕事が休みの日だから……」
「風邪は万病の元です、ささ……ゆっくりと。まずはおかゆを準備して参りますので」
「所で……その格好もまさか……その覚悟の奴……」
「ああ、さすがは遠藤さん。素晴らしい洞察力。その通りです。私の命を駆けた贖罪の証。修一さんが帰らぬ人になった時、私もこの装束を真紅に染めた後、天国のあなたの元に向かいます」
そう言いながら、修一さんのお部屋をチラチラと。
ああ……これが男子のお部屋……カッコいいな。
ドキドキします……って!
いいえ! 違うのです!
これはあくまでも修一さんの体調の急変に備えた情報収集を……ふわあ……すごい立派なパソコンと……椅子。
あれって確かゲーミンなんちゃらって言う椅子ですね。
おや?
壁に貼られているアニメのキャラは……確か修一さんがお好きと言っていた、某スパイアニメの幼女ですね。
ふむ……私も今度はあのような格好や髪型をした方が、修一さんも喜ばれるのでしょうか?
昴に頼んで服とウィッグを注文してもらいましょう。
おお……色んな小説や漫画が一杯。
私は漫画やアニメは全くたしなまぬ身なので、ぜひ色々と教えていただきたいな。
手取り足取り……へへ。
って、いけません!
ああ……何たる愚かな真白。
あなたは彼氏といちゃラブ空間を過ごすために来たわけではありません!
あくまでも贖罪のため。
私は未練を断ち切るように頬を数回両手で叩くと、キッチンに向かいました。
さて、今から病と闘うための体力をつけて頂く様な料理を……って、修一さんはいつもこのテーブルの前のクッションでくつろがれてるのですね。
ああ……このカーペットの上のクッション。
シンプルなブルーがまたあの人らしい。
私はそろそろと近づきました。
これも情報収集です。
病が酷くなって生死の境をさまよう時、このクッションが何かのお役に……フワフワだ……って、ちょっとだけほっぺをつけ……ペチョっと。
ふわあ! 修一さんの……匂い!
いけません! どうしましょう!
ああ……修一さんの匂い……叔母様、お婆様、どうか私に誘惑を断ち切る力を!
……ちょっとくらいいいですよね。
これも情報収集です。
そうでした。
クッションと言う事は……修一さんの……おしり……ああ、こんな……はしたない!
でも……もう一回だけ……
そうそう、思い出しました。
確か、生き物は体臭も健康を判断する基準になると。
だったら修一さんの看病に来たのであれば、あの方の匂いは死ぬ気で習得すべし。
そうです、これはあの方のため……ふわあ……修一さん……思ったよりも……動物的な匂いなのですね……
「ええ、大丈夫です。この香りも愛する方のであれば、まるで香水の如し……あ、こっちはどんな香りなのでしょう」
ふむ……こっちのクッションも中々。
「あの……春日部さん」
「はい、大丈夫です。どっちも修一さんらしい、野生的で優しい香り……へ?」
私は顔を引きつらせて声の方を見ると、そこには私をポカンと見ている修一さんが。
「あの……何て言うか……有難うございま……じゃない! すいません、なんか……」
「あ……ああ……修一さん……」
「は、はい……」
「先に旅立つこと、お許し下さい! この真白、もはやあなたのお傍にいる資格など無い汚れた身!」
「ええっ! ちょっ……なんでそうなるんです……って、それカミソリ!? ダメですって!」
結局、何とか修一さんの説得を受け入れるまで三十分を要しました。
とほ……
さて、気を取り直してこの贖罪の時間を過ごすことと致しましょう。
必ず彼氏の病を治すのです。
それが彼女の務めなのですから。
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