重い私も彼氏が欲しい!

京野 薫

第一部:重くたって彼氏が欲しい!

私、重いですか!?(前編)

「……ちっとは落ち着いた? はい、悲しいときはとにかく飲む。お酒で忘れちゃいなさい」


 名古屋駅近くの有名居酒屋チェーン店「鳥富豪」にて。

 テーブルの上に、小学四年生以来の友人、相羽加奈子あいばかなこさんがため息交じりに次いでくれたウイスキーを見て、私……春日部真白かすかべましろは首を振りました。


「ゴメンね、私断酒してるから……」


「それ、前の彼氏……にもなってないか。昨日初デートしたって言う男の人がお酒飲めないから合わせてただけのことでしょ。この酒豪が。もうフラれたんだからいいじゃん。初回デートで壮絶に」


「あ~! またフラれた、って言った! 酷い……親友の心の傷えぐって……酷いよ……」


 そう言ってまたシクシク泣き出した私の耳に、加奈子さんのため息が聞こえました。


「あのさ……そうやって泣いてて何か解決するの? それよりもパーッと忘れて今回の撃沈の理由の分析でしょうが……まあそれはわかりきってるけど」


「えっ! 加奈子さん分かるの!? 私の生涯の恋……最後の恋のつもりだったのが、散っちゃった理由……」


「それ」


「へ?」


「だからまさにそれだって。その言動が象徴してる。真白……もうハッキリ言う。あなたはね……重いの!」


「お……重い? 私が?」


 呆然とつぶやく私に加奈子さんは身を乗り出すと、私の目を見て深く頷きました。


「重い。激重。真白の愛情ってば重すぎて、抱えようにも腕がもげるのよ……普通の男には!」


「そんな……私、重くなんかないじゃん。普通だよ……」


 加奈子さんは私の顔を目をパチクリしながら見ると、両手を「やれやれ」と言わんばかりに上げて、首を振った。


「人ってここまで己を客観視出来なくなるんだね……驚いたわ。じゃあ、今回の彼……雅人まさと君とのいきさつを簡単に説明してみてよ」


「え……それ、毎晩ラインしてたじゃん。今更……」


「そうだね~。毎晩ラインで25~30行程ね。今だから言うけど、私途中から最初と最後しか読まなかったよ。長すぎて。とにかく言って。彼にどんな事言ったりしたのかだけで良いよ」


「えっと……二週間前に、お友達の方が企画してくれた飲み会に来てた雅人さんが、私に声をかけてくださって。彼もクリスティーのミステリーが好きだったから、もう天にも昇る心地で……本をゆっくり読めるカフェが今池いまいけにあるから、良かったら……って。その時の嬉しさと言ったらまるで……」


「ストップ! そっからまた、怒濤の真白ポエムが始まるんでしょ? それは良いから初日のデートの所から」


「ここが最初の盛り上がりどころなのに……で、今度の方こそ絶対にお付き合いして頂きたかったから、当日の午前中に美容院で髪型もセットしてもらい、叔母様に和服も着付けてもらって準備万端……」


「はい、そこ!」


「はへ!? なに! いきなり大声出して……」


「あのさ、何で初回のデートでいきなり『美容院で髪型をセット』とか『叔母様に和服を……』ってワードが出てくるの? もうこっから意味不明なんですけど!」


「こんなの……普通じゃん。好きな人には誠意を……」


「重い! 重すぎて誠意と言うより、もはや脅迫なんだってば!」


「そんな……酷いよ」


「いや、脅迫。『私と付き合わないと死ぬよ?』くらいの。ねえ、真白。もしデートの待ち合わせ場所に来た男が、タキシード着てたらどう思う?」


「なんて誠意のある方なんだろ……って、感動する」


「あ……ごめん。聞いた私が悪かった。とにかく一般女子はドン引きするって。で、この時点で相手がどんなイケメンであろうが『いかに恨まれずにお断りしようか』に思考がシフトするの。つまり……哀れな犠牲者の雅人さんね」


「雅人さんは犠牲者なんかじゃないよ! あの人言ってたもん! 『真白さんといると時間があっという間だ』って。で、お別れするときも『またもし機会があれば、一緒に本読みましょう』って! だから私、その後雅人さんが好きな作家さんの本、全巻買って読み込んで……」


 と、加奈子さんに全力で説明しようとした時。

 テーブルにドン、と重い音と共にビールのジョッキが置かれました。


「姉さん、声デカい」


 驚いて声の方を見ると、これはこれは……我が弟のすばるではないですか。

 今日はキッチン担当でホールには出ない、って言ってたのに姉の私を心配してくれたのでしょうか。


「ありがと、昴。私を心配してホールに出てきてくれたの? でもさ、ここ飲み屋だから多少声出ても大丈夫なんだよ。安心して」


「姉さんの泣き声や大声は『多少』じゃないんだって。飲み屋で響き渡るってどんだけなんだよ。俺が恥ずかしいからマジで止めてくれないかな。これ言いたくて臨時でリーダーにホール出させてもらったんだよ」


「あ、昴君! ……やった。ふふっ、お仕事お疲れ様。大丈夫? 疲れてない?」


「俺は大丈夫だよ。いつも有り難う、加奈子さん。後、姉さんの相手も有り難う」


 そう笑顔で答える昴に、加奈子さんはなんとなんと……私には見せたこと無いような「にへら~」と言う擬音の似合いそうな顔!


「ううん、だって真白は子供の頃からの親友だもん。当然だよ。昴君も本当にお姉さん思いなんだね。いっつも尊敬してるんだよ」


「いや、こんなのでも姉だからね。黙ってりゃとっくに彼氏も出来てるのに、余計な事言ったりやったりするから……」


「うんうん、私もそう思う。……でさ、昴君。良かったらお仕事終わったら、二人でオシャレなバーとかで対策会議とか……」


「とにかく姉さん。加奈子さんにあまり迷惑かけるなって。でないと、いつか愛想尽かされるぞ。あと、姉さんが激重なのは俺も激しく同意する。それ、マジで直せって。もう小学生の頃から何十連敗してる? 姉さんそんな見た目悪くないんだからさ。普通でいいんだよ」


「私、普通なんだけど。ただ、好きになった方には全力で報いたいだけだよ。苗木にはお水あげたいじゃん。そうすればおっきな木になるんだよ」


「あのさ。苗木に水やるのはじょうろだろ? 姉さんは消防車の放水器で水かけてるような物だから……おっと、そろそろ戻らないと。あ、ごめん加奈子さん。何か言いかけてなかった?」


「……ううん、何でも無い。お仕事頑張ってね……えへへ」


「了解。加奈子さんも、良いところで切り上げて。明日も仕事だろ? 早く休んでね。姉さんもそろそろ帰んな。あと寝る前に泣きまくって腫れた目、ちゃんと冷やしとけよ。職場の奴に勘ぐられるぞ」


「うん、気をつける。でも、一人になると思い出してまた泣けてくるかも知れないから、今夜ウチに泊まってってよ。下着とか準備しとくから。新しく買ったダブルベッド、良い感じなんだよ」


「オッケー。じゃあ終わったらそのままそっち行くよ」


「ありがと。朝ご飯何がいい?」


「ハムエッグトースト。じゃあな姉さん、加奈子さん」


 そう言って昴はキッチンの方に戻っていきました。

 ありがと、我が弟よ。


 そう思いながら小さく手を振った後、加奈子さんの方を見た私はビックリして思わずお尻を後ろに引いてしまいました。

 加奈子さんがまるで宇宙人でも見るような、驚愕に満ちた目で私の事を見ているではありませんか……


「な、何? 加奈子さん……」


「あ……え……へ? あんた……昴君とお泊まりとかしてるの?」


「うん。寂しいときとか、誰かと急に話したいな~とか、後あの子のシフトがキツいときとか。私のマンション、こっから近いじゃん。だから」


「なんと……なんと……いやいやいや! それもだけどさ! さっきの『ダブルベッドが良い感じだよ』って何!? まさか、あんた達って一緒に寝てるの!?」


「うん。泊まってった時とか一緒に寝てるよ。どうかしたの?」


 加奈子さんは口をあんぐりと開けたまま、首を横に何度も振ってましたが、やがて深く息を吐きました。


「神様って残酷……ねえ! 今度昴君がお泊まりする時、私も呼んでよ! 私もお泊まりしたい!」


「へえ!? だって加奈子、良くウチに泊まりに来てくれるじゃん! 何を今更……」


「だから、昴君が来るときにも! お願い!」


「だ、ダメだよ! だって、私たちパジャマ好きじゃないから、二人とも下着だもん! さすがにダメだよ!」


「大丈夫! 私は気にしない! ってか、撮らせて!」


「昴が嫌なんだって! あと、私も!」


 そう言ったとき……おやおや?

 キッチンに戻ったばかりの昴がまたこっちに来てくれてるじゃないですか。

 やっぱり、私の事が心配……


「二人ともうるさい! 俺の名前デカい声で言うなって! 後……他のもろもろ!」

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