04
「おはようミホ。顔が妄想してる時の顔になってるわよ、現実世界に戻ってきなさいよ」
はっとして目を見開くと、いつの間にか自分の教室にいた。背筋を伸ばして座っている。隣には、メイクが濃いめで巻き髪の、清楚で可憐とかけ離れた対岸にいるような派手な見た目の女生徒が立っている。
あたしは彼女ににっこりと笑いかけた。
「おはよう美春(みはる)さん。妄想なんて……ふふ、面白いことをおっしゃるのね。私がそんなことするわけないわ。今はバイオリンのお稽古について考えてたの。どうしてもうまく弾けない楽譜があって」
「窮屈そうね。ここにいる間のあんたって」
星野宮家のお嬢様こと美春は、あたしの額を軽くつついた。彼女は唯一無二のあたしの親友で、唯一素を見せられる貴重なガールである。
できることなら「よっ、今日もまつ毛バチバチで決まってんね」とわれんばかりの拍手をおくりたいところだが、周囲の目があるのでお嬢様マスクを剥がすことがあたしにはできない。
「美春さん、ごきげんよう。今日のランチはどこでいただきます?」
「ふぅん、今日もあたしみたいな弾かれ者と一緒にお昼を食べてくれるのね」
「もちろん。中学校からの親友ですもの」
「――――ふっ」
おい姉ちゃん、笑いをこらえるんじゃねえ。このお嬢様演技はなぁ、俺に染み付いちまってるもんなんだ。
素の性格を知ってるがゆえに、あたしがお嬢様芝居を続けると美春はこらえきれず笑いをこらえるクセがある。この高校で数少ない校則違反者の美春は、茶色い髪の先を指でくるくるさせながら「いつものところじゃない?」と笑った。
本当ならここで美春と目があった瞬間に二人で「ぶはっ」と吹き出して、お互いの肩をどつきながら、ガハガハ笑いあいたいところだ。
でもここは聖女のように慎ましやかな女子達が集う学校であるだけでなく、噂好き、知りたがり、見栄っ張りで傲慢――親に甘やかされ放題(あたしも他人のことはいえないけど)ご令嬢が蔓延る箱庭。自由な振る舞いは許されない。ほら今だって、耳をすませば聞こえてくるひそひそ声が――。
「やだわ綾瀬様。またあんな子と喋ってる」
「美春さんはどうも私達とは価値観が違いますものね」
「綾瀬さんは優しいから、断れないのよ」
厳しい校則をはねのけて、なりたい自分のまま高校生活をおくる美春は人に合わせたり一切しないから周囲から孤立している。あたしからしてみれば、こんなに気が合う人いないのに。
お嬢様なのにまるでそんな素振りを見せない美春は、足取りだっていつも軽い。多分、髪の毛を信号機カラーにしたいと思えば、今すぐ家に帰って髪を染めにいくだろうし、先生に派手なネイルを注意されたあとも「ふぅん、でもあたしは今度、もっと派手にするつもりだけど」なんていってのける潔さがある。
でもあたしには、そんな潔さはない。
自由気ままに学校生活をおくることができたら、どんなに面白いだろう。
「くっそう、ベラベラ喋りくさってからに」
思わず小声で悪態をつくと、美春が笑ってあたしの肩を叩いた。
「今の言葉、そのまま大声でいっちゃえば?」
「もしあたしが本当にそうしようとしたら、止めるくせに」
「だってアンタ、絶対あとで後悔するもん。親孝行は大変ねー」
あたしがもし一般家庭の子だったら。
お嬢様じゃなかったら。
多分、美春の悪口をいった彼女達に突進して両足をもち、オラオラとジャイアントスイングしているだろう。そんな自分を容易く想像できるけど、きっとこの学校にいる人達は想像できないだろう。
想像できるのはあたしと美春の二人だけ。
ほかの同年代の人に想像してもらえる日なんて、あたしにはこの先一生、訪れやしないのだ。
【令和版】お女ヤン!! 笹森岬 @misakisasamori
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