約束の為に



 俺は、麗華と約束をした。

 それは彼女の学園祭を一緒に過ごすというものだ。

 …この調査さっさと終わらせて、必ず約束を果たす。


「勇。颯。全力で行くぞ。」


 俺のその言葉に二人は頷いた。

 勇の手に雷と氷が纏い始め、颯は影から選りすぐりの兵士達を召喚した。


「マスター。奥の方で強い魔力を検知したよ!」

「そうか、アルム。」


 俺は言葉を発さずに勇を見て頷くと彼は氷と雷を纏った手を突き出して一直線に魔法を飛ばした。

 轟音と氷を撒き散らした魔法の光線は目の前の敵をいとも簡単に粉砕する。


「これで終いやない…!ブリザードランス!」


 勇は既に片方の手に魔法を準備していたようで先程の魔法で打ち損ねた魔物達を複数の氷の槍で貫いた。


「愛弟子のサポートを頼んだよ。皆。」


 颯が兵士達を前進させたその時に俺も進み始める。

 大きな剣を携えた騎士と大盾を持った兵士が道を切り開き、弓を持った兵士は上空からの敵を正確な狙いで落とす。

 それぞれのサポートのおかげで俺は強い魔力を発している場所へ素早くと辿り着いた。

 

「アルム。これだな?」

「…そうだよ。マスター。」


 目の前にあった触手に包まれた肉塊はぐちゅぐちゅと気味の悪い音を立てており、俺を見るとすぐに触手を飛ばしてきた。


「…っと。さて…!」


 襲ってきた触手をナイフで素早く切り落としてそう呟く。不気味な音を立てて唸るだけで、何も答えない。

 それは俺に様子を伺う暇を与えずに触手をまた伸ばしてくる。

 先程よりも速く、鋭く伸びる触手を俺の身の回りを飛んでいたアルムが防ぎ、攻撃が止んだ瞬間にそれの懐へと踏み込んだ。

 俺の攻撃を防ぐように触手は本体を守ろうと集まっていく。


「この一撃で!!」


 蒼白い閃光を纏った俺の拳は触手の壁の薄い箇所であるど真ん中を捉え、壁を穿つ。

 触手と肉塊が飛び散り、焼け焦げて消えていくと共に肉塊の中身がその姿を表した。


「…人…!?」

「まさかやと思うけど…」

「…そのまさかのようだね…!!!」


 俺含めて合流した二人もその姿を見て驚きを隠せなかった。

 橙色の髪を一つにまとめた、ほぼ裸体と言ってもいい状態の女性がその中から現れ、しばらくの静寂の後にゆっくりと閉じた目を開く。


──なんだ…これは…!?


 開かれた眼差しから感じた底知れぬ圧力を感じ、思わず呼吸が乱れる。

 今までで出会った事がないこの感覚に戸惑いを感じた。

 正気を取り戻して即座に臨戦態勢を取り、その後二人の様子を見ると勇の手にはハンマー、そして魔法の準備を、颯は無数の兵士を召喚してショートソードを構えていた。


 次の瞬間、目の前の女性は右腕を突き出す。その腕から突風が吹き荒れ、辺りの瓦礫と魔物の死骸を吹き飛ばした。


「…」


 女性は次に右腕を掲げると彼女は光に包まれていく。

 光が止むとそこには武装をした彼女がいた。


「…愛弟子。盾のマークを見て。」


 颯の言う通り女性が持っている盾に描かれたマークを見ると東都のマークが刻まれていた。

 派手な装飾に盾から感じる魔力。国から支給される武装でも一級品の物だ。

 そして彼女が身にまとっている鎧も同じ様な物。


「…自動であんなガッチガチに装着される武装なんて戦機システムしか見た事ない。…こいつにも使われてるんか…?」

「勇。調べる余裕はなさそうだ。どうやらアイツは、俺達を敵と認識してるみたい。」

「…分かっとる。戦いながら考えるわ。」


 しばらくの睨み合いの後、彼女が動き出す。

 瞬く間に彼女の剣は俺の眼前へと迫ってくる。


「速い…!」


 攻撃の軌道を弾いて回避をしたが、体勢を立て直す余裕が無い攻撃のスピード。俺がアレと本当に戦えるのか分からなくなりそうだ。

 彼女は攻撃の手を緩めずに攻撃を仕掛け、狙ったような一撃が襲い掛かるが、何とか弾いてやり過ごすが、それを予測していたのか、次の一撃が伸びてきた。


「っく!!」

「お兄ちゃんばっかり相手するんはおもんないんとちゃうんか!?」


 彼女の攻撃が俺の真ん中を捉えようとしたその時、彼女の横っ腹に腕の長さ程のハンマーが飛んできて吹き飛び、勇はニヤリと笑う。


「敵はお兄ちゃんだけやない。」


 勇は手元にハンマーを呼び戻して次は氷の棘を地面に伝わせた。


「喰らえや…!ライトニング•アイススパイク!!」


 電撃を帯びた氷の棘を真正面から彼女は斬りつけて攻撃を防ぎ、剣を構え直して勇の元へと飛び出す。

 彼女の背後から触手が飛び出して彼を確実に殺そうと全方向からの攻撃を仕掛けるが彼はそれを読んでいたかのようにハンマーを振り回した。


「安易な飛びは許さんよ!」


 振り回したハンマーは触手を迎撃し、その際に発生した電をハンマーに集めて、電を彼女へと解き放つ。

 真正面から放たれた雷を剣で受け止めて力任せに彼女は勇へと進む。

 彼がある方向に目線を向けて雷の出力を上げて押し返して「はよして!」と攻撃を催促した。


「そこだ。行けっ!!」


 颯の声とともに数百の矢が彼女の左右から飛んでくる。

 攻撃を受けた彼女は怯み、勇の雷を受け止めきれずに矢と共に雷の光線を受けて膝をついた。


「これで終わらせたる。」


 勇の魔力がさらに増幅していく。

 体から溢れ出る魔力が周囲を揺るがす。

 膝を着いた彼女は左手に槍を構えて膝を着いた状態から攻撃の反動で動けなくなった無防備な勇へと槍を投げ付ける。


「通さないぞ?それはな。」


 俺は勇へと向かっていた槍を蹴り飛ばして瓦礫を拾って彼女へと投げ付ける。

 すぐさま剣で弾かれてしまうが、その隙に勇が魔法を完成させていた。

 彼の放つ凍てつく魔力が辺りの空気の時間を止めるかの如く空気が凍り、静かになる。


「アブソリュート•ゼロ!」


 勇の宣言と共に強烈な氷結の魔法が辺りを凍らせ、更に周りの魔物を八つ裂き、その命の時を永遠へと変貌させ、辺りは冷気から作られた白い煙に包まれる。

 白い煙に包まれ、彼女の魔力が消えて勝負は決したかのように思えた。


「…様子がおかしい。…!?アルム!!」

「ん!任せて!マスター!!」


 アルムが飛んで大きなシールドを展開し、勇と颯をシールドに隠した。

 その直後に強烈な魔力の嵐が吹き荒れる。

 ギシギシと軋む音を立てるシールドが限界を迎えて割れるのと同時に魔力の嵐は収まった。

 煙が晴れるとそこには平然と立っている彼女の姿があり、武装が違う物へと変わっていた。

 俺はそれを見て驚く。


「おいおい…マジかよ。」


 彼女が身につけている鎧は身近にいる少女の物にそっくりだったのだ。

 紅く、燃える炎のような鎧に、全てを無に返す為に用意されたような剣。


「戦機…システム…!?」

「愛弟子…!来るよ!!」


 俺を狙った斬撃を颯の掛け声で回避して戦闘に集中を向けた。

 彼女から放たれた気迫に思わず恐怖を覚えた。

 目の前の「それ」から感じるものは「死」そのものだ。


「勇。颯。撤退しよう。」

「愛弟子!?撤退するにしてもこいつが出てきたらやばいぞ!?」


 颯の言う通りだ。だが、そのままにして撤退する訳では無い。

 当たり前だ。復帰に時間がかかるぐらいのダメージでいい。最悪、この巣穴をダメにすればいい。


「最悪…この巣を潰す。始末書よりも俺達の命の方が大事だ。」

「愛弟子…よし、そうとなれば加減はしなくていいか!」


 俺の言葉に颯はニヤリと笑って腕を巻くって構え、地面を蹴って彼女へと拳をぶつけに行く。


「勇、逃走ルートの確保を。」

「任せとき。」


 俺は勇にそう言葉を残して颯の援護に向かう。

 彼女が一瞬で生み出した魔物を殲滅しながら颯と彼女の攻防の中へと入り込む。

 俺が来たのを確認した颯は一度下がって影から兵士達を呼び出して魔物達と交戦させ始めた。


 彼女の攻撃は俺の攻撃の僅かな隙をも逃さずに攻めてくる。そして様々な角度からの攻撃も、彼女には届かない。

 この状態となった彼女と戦い始めて数分、俺達の攻撃はまだ届いていなかった。


「容易ではないな…!愛弟子!!」

「あぁ。全く攻撃が当たらない…」


 攻撃が当たらない。攻撃する前に回避されているようにも思える。

 死角から攻めようとしても反応される。さらに確実に攻撃も潰される。

 彼女には何やら、「敵意を速く感知して対策しているかのような動き」だと思える。

 …ん?


「…颯。少しの間耐えて。」

「愛弟子…?…何か考えがあるんだね!よし、ひと仕事だ!」


 俺は静かに心を落ち着かせてこの場と一体化する意識を始める。 


 感覚を研ぎ澄ませる。肌に触れる空気。音、匂い、に目に映る光景。

 自身の魔力を静かに練り込み、一体化させ、馴染ませる。


 深く息を吐いて荒ぶる心を落ち着かせ、穏やかにしていく。

 この空気に身を任せ、立ち上がる。


「ふぅ……」


 彼女の背後へと回って拳をぶつけ、連続で裏拳、そして後ろ回し蹴りをぶつけた。

 俺の気配に気付かずに攻撃を食らって体勢を崩した彼女に対して颯はチャンスを逃さずに追撃を行う。彼の追撃は彼女の武装を強制解除させる程の威力を放ち、彼女は吹き飛ばされて壁へと激突した。


「よし!流石は愛弟子だ!!…愛弟子…?」

「ハァッ…!ハァッ…!!ハァ…ハァアッ…!?」


 息が吸えない。苦しい。視界が歪み、颯の声が響く。

 体温が下がっていく、俺自身の魔力が減っていくのも感じる。


「愛弟子!愛弟子ィ!!」

「…」


 呼び掛けてくる颯に目を向け、何とか意識を保とうとする。

 彼は俺から目を離し、また俺を見る。その時の彼の顔は焦りが見える顔だった。

「あれ」が起き上がったのだろう。

 …身体が動かない。

 …このままだと俺も、颯もまずい。彼もほぼ限界だ。

 彼の魔力も底を尽き、兵士を召喚できる程の力も無くなっている。

 …約束を俺は…

 …あぁ。麗華…


 俺達に彼女が剣を振り下ろそうとしたその時、ハンマーが彼女の腹を殴り飛ばした。


「間一髪やね。」


 勇だ。逃走経路を確保して戻って来たのだろう。

 

「お兄ちゃんは後で治そ。颯、魔力補充したる。」


 勇は颯に手を置いて魔力を回復させ、彼女の方へと右手を向け、ハンマーを呼び戻した。


「んじゃ、俺らは逃げるとするか。」


 勇は眩い閃光を放って逃走を始めた。俺は颯に担がれてその場を後にする。

 俺達を追う彼女が生み出した魔物。それの対処を勇が一匹も残さず全て処理をしていく。


「よっしゃ、ここからが本番。」


 一定のポイントを通り過ぎた瞬間に勇は氷の弾丸を壁に打ち当てて道を封鎖した。

 それを抜けてきた魔物に対して次は土の魔法で壁を作って氷で固めた後に魔力の爆弾を仕掛けて先程の壁を崩す。


「颯、そのまま突っ切って。後は俺が終いにするわ。」


 俺と颯はやつの巣穴から飛び出し、直後に勇も出てきた。

 勇は即座に穴を塞ぐと魔法を壁に仕掛けた。


「…ふぅ。これで出来た。かな。」


 どうやら勇は封印の魔法をかけたようだ。

 彼はひと仕事終えて汗を拭い、颯に「まだ外に出てないからはよ出よや。」と言うと辺りが揺れ始めてきた。


「な?はよ行こ。」


 巣穴から完全に脱出をするとそこは地形が変化するぐらいに崩壊し、入口も全て塞がってしまった。

 勇は一息ついた後に俺に魔力を分け与えようと手を添える。


「…助かった。勇。」

「ええよ。貸一って事で。しかし…こりゃ派手にやってしもたな。加減ってもんは難しいな。」


 勇は乾いた笑いをしながら頬を掻いて言う。

 どうやら、先程の崩壊は彼がやったようだ。

 一度俺達は街で拠点にしている宿に戻って休む事にした。

 麗華に帰るとだけ伝えておくか。そんな事を考えながら俺は部屋に入ってスマホを手に取った。


「真夜中だし流石に寝ているな。メッセージだけ送っておくか。」


 そんなことを呟きながら俺はスマホに文字を打ち込んでベッドに体を倒す。すると疲れがどっと出てきて、今日の出来事が頭の中で蘇る。

 …あれは死ぬかと思った。俺もまだまだだな。


 翌朝朝日に照らされて目が覚めると朝の8時を過ぎていた。

 スマホに通知が来ていて確認すると麗華から返信が来ていた。

 驚くことにあの巣が崩壊した事を彼女が知っていて、それについてなのか俺の安否を確認するような内容だった。

 

「心配させてしまったな。」


 そんなことを呟きながら俺は無事という事を返信して部屋を出る。

 部屋を出ると颯は笑顔で手を振り、勇は荷物の確認をしながらロビーで待っていた。


「いやぁ、大変だったね、昨日は。」

「せやな、あんな強いのがおるとは思わんかったし。」


 二人は昨日戦ったアレについて話す。

 確かに、アレは強かった。三人がかりでも逃げる事に精一杯だったから。

 勇がいたから逃げられたものの…

 今日も忙しい。スケジュール的に忙しいし、明日には帰らなければならない。

 …帰ったら少しだけ、のんびりできるか。麗華と過ごす日も楽しみだ。

 …

 …

 そして俺は麗華達の元へと帰ると早速麗華が出迎えてくれた。

 たまに微妙な距離感がある時があるが、何なんだろうか。

 …なんというか、ソワソワしているように見える。


「ね、ねぇ、誠也。怪我とかない?崩落に巻き込まれたんじゃないの?」


 あぁ、そういう事か。

 彼女が謎の距離感を保っていた事、ソワソワしている理由が彼女の発言で理解できた。

 俺はそんな質問に対して「大丈夫だ。」と答えた。

 だが、そんな一言では味気ないか。


「おいで、麗華。」

「…??」

「すまない、しばらく会っていなかったから、麗華の事をもっと近くで見たくてな。」


 俺がそんな事を言うと麗華は小さく「…誠也はそんな事をすぐに言うんだから…」と口にしていた。

 たまに麗華は俺に対しての不満のような事をこぼす事がある。

 何なんだろうか。いつまで経っても、俺は乙女心というものは分からないな。


「…ほら、誠也。」

「元気だったか?麗華。」


 近づいてきた麗華の頭に手を置いてそう言うと彼女は頷く。

 素直でいい子だ。

 …本当に…いい子だな。


「誠也、もういいでしょ。ほら、みんな待ってるから。」

「そうか。なら先に戻っていてくれ。すぐに行く。」


 俺が手を洗ったり着替えたりしてからリビングに行くと土方達が料理を用意して待っていてくれた。

 料理を食べていると麗華が「誠也、ちゃんと文化祭の日は開けてくれた?」と聞いてくる。


「勿論だ。麗華。」


 そう答えると彼女は満足そうな表情を見せた。


「そうだ、麗華が俺の服装を考えてくれるんだったな?」

「あっ…」


 麗華は目を逸らして「そ、そうだった…」と小さく口にする。

 そんな彼女に微笑み、俺は「まぁ、適当に着ておくよ。」と言うと彼女は「だめ。」と冷静に答えた。


「…時間もないのでは?一週間切っているんだろ?」

「放課後にする。その時になったら連絡するから来てほしい。」


 …これは、絶対にやりたいんだろうな。


「分かったよ。それじゃ、楽しみにしているよ。」


 帰ってきた日は意外にも楽しかった。

 いつもは面倒な事が多くて大変だが、麗華のおかげだろう。

 …いつか、麗華には礼をしないとな。 

 

 

 


 

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