第6話 美しさとは、壊れかけた誠実さの中にある

私は昔から、

完成されすぎたものに心が動かなかった。


研ぎ澄まされた精度、

非の打ち所のない設計、

美術館に飾られるような均整の取れた造形。


──それらは確かに美しかった。

でも、私の魂には、何も響かなかった。


なぜだろう。


それはきっと、

“過程”の欠片が見えなかったからだ。


作品になったものには、

完成を迎えた静けさがある。


しかし私が惹かれたのは、

完成に至るまでに“揺れた時間”だった。



破綻寸前のバランス。

壊れかけの曲線。

ひとつ間違えば崩れるはずの配置。


でも、それでも立っている──

そういう「ぎりぎりの場所」で踏みとどまっているものに、

私は“人間の魂”を見ていた。



フランク・ミュラーのビザン数字が、

私には「詩」に見えた。


あの歪み。あの配置。

整っていないようで、どこか深く整っている。

見やすさよりも、リズムを優先した文字たち。


あれは“読ませる”ためではない。

「感じさせる」ために置かれた時間の音符だった。


私はかつて思った。


「綺麗で価値が高いものでも、魂が宿っていないと空虚だ」


それは、今も変わらない哲学だ。


価格でも素材でもない。


どれだけ魂が削られて、

生々しい傷跡の形がそこにあるか。

私はそれにしか、惹かれなかった。


ジャン=ミシェル・バスキア、

ルーチョ・フォンタナ、

フランク・ミュラー、

父親


私の好きなものには、

みな“傷”があった。


語られない痛みがあった。


でも、それでも前を向こうとする人間の在り方が宿っていた。


それこそが、私にとっての「美」だった。


私はその揺れや狂気を“生き抜いた証”として、抱きしめて生きてる。

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