甘えベタな彼女を甘やかし隊

立入禁止

甘えベタな彼女を甘やかし隊

 私、杜若千紘には悩みがある。

 彼女である琴子が、なかなか甘えてくれないことだ。

 私の願望としては、彼女に甘えてほしい。

 本人が言うには、恥ずかしくて身内にも他人にもなかなか甘えられないということらしいけど……。

 どちらかといえばドライな彼女で。そんな彼女と付き合えたのは、私から攻めまくって告白しまくった結果なのだが。

 それにしてもだ。なかなか甘えてくれないうえに、そういう雰囲気になることすら少ないのが最近の悩みで課題なんだけど。

 いかにして彼女を甘やかすか!

 これが今の私の目標である。

 フリーターの私とは違い、彼女はそこそこ名の馳せている企業で働いていて。雰囲気や見た目は生真面目そうに見えるけど、そんなことはなく。

 すごく優しくて思いやりのあるいい子なんだけども、見た目もあいまってかきついと言われることも多々あるみたいで。

 そういうところを意外と気にしているらしいが、お酒で酔った時にしか弱音を言ってくれないのだ。

 普段から愚痴でもなんでも言ってくれればいいんだけど、と思うが彼女はそういうのはあまり言いたくないらしい。

 はっきりとは言われてないけど、迷惑をかけたり重荷になりたくないとかそんなとこだろうけど……。

「でもなぁ……」

 好きな人のことならなんでも知りたいし、助けてあげたい。そして、とことん甘やかしてあげたいのだ。私からすると迷惑とかそんなのはいらん心配だと思ってはいる。

「……さてと」

 本題はここからだ。

 練りに練った作戦を、今日から徐々にやっていこうと思っているのだ。


 作戦その一。

 両手を広げて出迎える。

 初歩的の初歩。好きな人とハグをすることで、リラックス効果やストレス解消できるらしいと調べた。

 盛大に出迎えて、その流れでハグをしてもらおうという考えだが成功するのだろうか。

 勢いでいけばイケる気がする。

 負けるな私。大丈夫だ。イケる。

「そろそろ帰ってくる時間だな」

 玄関でそわそわしつつ、琴子の帰りが今か今かと待ちわびていると、鍵が動いて扉が開いた。

「えっ」

「琴子、おかえりなさい」

 驚いている琴子をよそに、両手を広げて出迎えるが……。

「ただいま」

 広げた手は見えないのか、靴を脱いで横をすり抜けるようにリビングに行ってしまった。

「…………」

 作戦その一。失敗。

 こんなのは想定の範囲内だ。

「まだまだなんのこれしき」

 作戦はこれだけではない。

 しかしだが、初っ端からこうだとは……。わかっていたとしても少し切なくなってしまう。

「気を取り直してくかぁ」


 作戦その二。

 ケーキをあーんして食べさせる。

 実は琴子の好きなケーキを二種類買ってきてあるのだ。

 どちらを選んでも琴子の好きなもだから、私のやつもあげるからのあーんをして無事に琴子に食べさせることが出来る……はず。という段取だ。

 夕飯も食べ終えケーキがあるよと伝えるが……。

「ありがとう。今日はもうお腹に入らないから、また明日にするね。お風呂、先に入っちゃうね」

「あっ……うん。わかった。」

 作戦その二、失敗。

「めげちゃダメだ……」

 再度、ケーキの作戦は明日にしようと決意を新たにした。

「さてと、切り替えていかなきゃな」


 作戦その三。琴子にマッサージ。

 なんてことはない。ただお風呂上がりにマッサージをしてあげようというだけのこと。

 やましい下心なんてない。

 食事の片付けをしながら待っていると、琴子がお風呂から上がってきた。

「琴子、疲れてるでしょ? マッサージしてあげるからソファに座って」

 私がそうお願いするが一筋ではいかないのが琴子だ。

「マッサージはいらない。疲れてるのは千紘もでしょ。私は寝たらよくなるから」

 はい、瞬殺。

 作戦その三。失敗。

 わかってたけど。わかってたけどさぁ。

 なんかさ、すこしへこんじゃうじゃん。

 けどけど、今日はまだ作戦はあるんだ。


 作戦その四。一緒に寝る。

 ここ最近、お互いの時間帯のすれ違いでなかなか一緒に寝る機会が減ってしまっていた。

 琴子が寝る前に急いでお風呂に入って出たところ、まだテレビを見ている琴子を確認することができた。

 よかった。間に合ったようだ。

 よし、ここだ。今から誘うんだ。

「ねぇねぇ、久し振りに一緒に寝ない?」

「明日も早いからやめておく」

 でしたとさ。ちゃんちゃん。

 作戦その四。失敗。

 はい、本日全ての作戦失敗でした。

 …………明日こそは。

 うん。そうだね。めげない気持ち大事。

 そうして一人でベッドに横になりつつ夜も更けていき、翌日。

 起きてリビングに向かうと、テーブルの上には朝食が置かれていた。

 辺りを見渡すが、琴子は会社に行ったようだ。

 朝が早いのに料理までしてくれるとは……。ありがたすぎて感謝しかない。

「さてさてどうしよっかなぁ……」

 朝食を食べながら本日の作戦について考えていた。

 昨日のケーキ作戦は今日やればいいとして、私もバイトがあるし。なにより今日は琴子よりあとに帰ってくるから問題はそこなんだよな……。

 起きていれば作戦決行、寝てたら諦めよう。

 脳内の段取りも無事に出来たし。あとは夕飯を軽く用意してバイトに出掛ける支度もして帰ってきてからが勝負だ。


「おわったぁ」

 バイトも何事もなく終わり、焦るような気持ちで帰宅すると既に琴子は帰ってきていた。

「おかえりなさい」

 琴子は、すでに寝る支度を済ませてソファに座りながらテレビを見ている。

「ただいま。ケーキってまだ食べてない?」

 なるべく焦る気持ちを抑えて聞くが、なんとなく嫌な予感しかしない。

「ごめん。チョコレートの方を貰っちゃった。美味しかったよ、ありがとう」

 予感は的中。

 作戦その二。完全に失敗。

「ごめん。もう眠いから寝るね、おやすみなさい」

 あくびをしながら部屋へ行ってしまった。

 もしかしたらという期待をしていた分、期待に反したときの気持ちの落ち方が激しい。

「あぁーあ」

 けどもだ。私が帰ってくるまで、眠たいのを我慢して起きててくれたのかもしれない琴子に対して嬉しい気持ちもある。

 本日の作戦もまたもや失敗、と肩を落としながらも明日も頑張ろうと早々に眠りについた。

 翌日。今日とて琴子は仕事のために早々と家を出ていったし、昨日と同じように私のために朝食を作っておいてくれていた。

 嬉しい。琴子ありがとう。愛してるぜ。

「さーてと、どうしたもんかなぁ」

 朝食を食べながら、今日も今日とて本日の作戦について練り直す。

 受け身では駄目なのだ。

 もっとこちらから強引にいかなくては……。

「よしっ」

 今日はバイトもすぐに終わるし、琴子よりも早く帰れる。

 この作戦を実行だ、と意気込んでバイトをしっかりとやりつつ瞬時に帰宅すると、案の定琴子はまだ帰ってきていなかった。

 軽くガッツポーズをしながら夕飯の支度やお風呂の準備をしていると玄関のドアが開いた音がした。

「ただいま」

 琴子が帰って来た。

「おかえりなさい。今日もお疲れさま。夕飯できてるよ」

「ありがとう。先に着替えてくる」

「あっ、琴子ちょっと待って」

「…………」

 部屋に向かう琴子の腕を掴んで引き寄せると、いとも簡単に私の腕に収まった。

 リップ音をのせて耳元に唇を寄せたが、結果は無反応。

「着替えるから離して」

「あっ、ごめん」

 手を離すと部屋へ行ってしまった。

「…………まじかぁ」

 これも駄目なのか……。

 まぁいいか。まだ作戦はあるのだ。

 作戦その五。スキンシップしていく。成功寄りの失敗。

 さっきのことなんて何もなかったかのように夕飯も終わり、少し落ち着いてから琴子がお風呂に入りに行った。

「…………」

 琴子がお風呂に入ったことを確認してから、私もお風呂場に向かう。

 静かにバレないようにドキドキしながら服を脱いでお風呂に侵入すると、髪の毛を洗いながらも驚いた表情をした琴子がいた。

 久々にそういう顔を見たなと思いつつ。

「たまにはいいじゃん、いいじゃん」

 なにか言われる前に、琴子の髪の毛を洗うのを無理矢理引き継いだ。

「どこか痒いとこはありますかー?」

「ない」

 美容室さながらに聞けば、素っ気ない言葉しか返ってこない。

「では、流しまーす」

 頭の泡を流し終え、次は体も洗うねと石鹸に手を伸ばしたら止められた。

「自分でやるからやめて」

「あっ、ごめんね」

 不機嫌な声で言われてしまい、さすがにやり過ぎたと反省しながら、コソコソと自分の頭と体をさっさと洗い琴子より先にお風呂から出た。

 作戦その六。一緒にお風呂で洗いっこ。成功のようにみえて失敗。

 ソファで髪の毛を乾かしていると琴子もお風呂から出て来た。

「髪の毛、乾かすよ。おいでー」

 嫌がられるかなと思いきや足元に座り込んできてくれる。

 えっ、ちょっ、えっ、かわいい。

「…………早く」

「あ、うん」

 催促されて髪の毛を乾かしていく。

 いや、これはもしかして作戦が効いてる……のか?

 ちょこんと座る琴子の髪の毛を丁寧に時間をかけて乾かして、終わったと同時に頭を撫でると、そのまま私の方にもたれ掛かってきた。

「…………っ」

 かわいすぎて変な声が出るかと思った。

 ドライヤーを置いて、琴子に断りを入れて後ろに座って抱き締めてみると大人しくそのままでいる。

 これってもしかして……もしかして?

 うぉぉぉぉおおおおおお。

 甘えてくれてる。

 少なからず甘えてくれてる。

 嬉しい。

 こんなことは久々なうえに滅多にないからこそ、変に声を出したくなるが、そのせいで甘えてもらえないなんて嫌だから、溢れ出る喜びを自分の中で噛み締めて押し込めた。

 作戦その七。髪の毛を乾かす。成功。

 ほんの少しでも甘えてくれるところが愛おしいしかわいい。

 後ろから抱き締める形になったままだが、暫くすると寝息が聞こえてきて、後ろから覗くと穏やかな顔で寝ていた。

「疲れてるもんね」

 少しでも癒されてたらいいな、なんて思いながらお姫様抱っこをしてベッドまで連れていく。

 明日は絶対に筋肉痛だろう。

「さてさて……」

 私も寝るかなと自分の部屋に戻ろうとするが、服に違和感を感じて見ると服を掴まれていた。

「たま、には……いっしょにねたい……」

 暗くてよく見えないし、声も聞き取りにくいが私にははっきりと聞こえた。

 勘違いだとしても、都合のいいように聞こえたのだ。

 眠くて寝ぼけているのかもしれないが、嬉しい。

 甘えるのが苦手な彼女が、勇気を振り絞ってくれた言葉に胸が締め付けられて、思わず嬉しすぎて泣きそうになってしまったくらいだ。

 それを悟られないように私も同じベッドに入り、その日は一緒に眠った。

 翌日。目を開けるとまだ琴子が隣で寝ていた。

「えっ、琴子?」

 時計を見て慌てた。今日は平日だ。琴子は仕事があるはず。焦って起こすが、琴子は迷惑そうに起きたが、こっちはそれどころじゃない。

「今日は有休を取ったから大丈夫。だから、もう少し寝たい」

「ならよかった……」

 安堵したのと、それなら朝食はいつもより豪華なものを用意しようとベッドから出ようとするが、これまた服を掴まれていた。

「千紘も一緒に寝て」

「あっ、はい」

 眠そうな表情で言われ、昨日に続いての今日の甘えに自然と頬が緩むわけで。なんか気持ち悪い、と言われたけどそんなことを言われれば気持ち悪い表情にもなる。

 そんなかわいい彼女と二度寝したのは予想外だけど、甘えさせる作戦は成功だ。

 そのあと、お昼近くに起きて朝食と昼食を合わせてブランチを食べていると唐突に琴子から声をかけられる。

「なにか企んでるの?」

「へぇっ?」

「やましいことでもあるの?」

 なんか違う方向に話がいっている気がする。

 えっ、いやいや……もしかして疑われてる?

「図星?」

「違うよ。全然違うくて。ちゃんと話すから」

 どう説明しようかと悩むが、勘違いされては困る。正直に話すのが一番だ、と確信して今までの作戦を一から話していく。

「そんなことに労力使ってるの?」

 呆れた目で見られてしまった。

「そんなことじゃないよ。好きな人をとことん甘やかしてあげたいと思うことはそんなことではないと思う。私は!」

 あくまで私が琴子に対する気持ちだけど、と伝えみると珍しく照れているように見えた。

「かわいいがすぎる……」

「……うるさい」

 恥ずかしさが極限にいったのか、手で顔を隠してしまった。

「甘えるのが苦手なのも知ってるし、無理に甘えてほしいとも言わないけど、これからも琴子をとことん甘やかすから覚悟してね」

 まだ顔を隠したままの琴子にそう伝えると、弱々しく唸りながらも言葉を返してくれる。

「千紘はずるい。……そんなんじゃ、一人でいられなくなる」

 なんだそれ。

 まったくこの子は、私の知らないとこで変に物事を考える癖があるから困る。

 私から猛アタックした気持ちは、今では琴子も同じ気持ちでいてくれるからこそなんだろうけど。

 そんなの要らない心配なんだよね。

「一人でいる必要ないでしょ。私がいるんだし。それより一人になりたいの?」

 その考えに少しだけ胸が痛んだから、お返しに少しだけ意地悪に聞く。

「違う。そうじゃなくて。そんなの、千紘といたいにきまってる」

 うっわぁぁぁぁ。

 なにこのかわいい生き物。

 かわいいの致死量。

 心臓もたなくなるからやめてほしいけど、ずっと見てたい。

 にやにやが抑えられずにいると、いつの間にか手の隙間から見ていた琴子に怒られてしまう。

「にやにやしすぎ。その顔やめて」

「私の休みに合わせて有休をとってくれるとことか、すごく好き。愛されてるなと思うし、私も愛してる」

 琴子の唇に自分の唇を寄せていくが、琴子の手で制止させられてしまった。

 今のいいタイミングじゃなかった?

「まず、ご飯食べてからにして。あと……私も少しずつ甘えてみるから、千紘ももっと私に甘えてほしい」

「ふぁい」

 琴子の照れが私にまで移ってしまい、お互い頬を染めながらご飯を食べたのは言うまでもない。

 甘えてみると言ったものの、すぐにとはやはりいかないものであれから特に大したことはない。

 だけれど、前よりも気持ちを出してくれている気がするのは気のせいではないと思う。

 そんな彼女ににやにやしながらも、私は今日も今日とて甘えベタな彼女の攻略法を探している。



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