第十五章 ―静寂の深淵で―

第十五章 ―静寂の深淵で―


第七階層――深淵への扉を越え、五人は新たな地へと足を踏み入れた。


先ほどまでの「忘却の聖堂」と呼ばれた神殿構造の階層とは打って変わり、蒼く光る結晶体が壁を覆う、異様な空間が広がっている。温度は低くない。だが足元から這い上がるような気配が、肌の内側にじわりと染み込んでくる。


「……ここが、第七階層」


クレアの呟きが、冷たい反響を残して消えていった。


「魔力の質がまるで違う……まるで、この層そのものが生きているみたいだ」


クリスが慎重に杖を握り、前方の気配を探るように目を細めた。


ルシフェリスは無言のまま一歩進み出る。彼女の足元で、結晶の欠片が淡い音を立てて砕けた。


「気を引き締めて。ここからは、本当に命を賭ける場所になる」


その言葉に、誰も反論しなかった。


* * *


奥へ進むにつれ、結晶の輝きは紫がかっていき、気配も徐々に濃密さを増していった。


突如、霧の向こうから、異形の影が姿を現す。牙を持つ蛇のような首が三つ、巨大な胴体から生え、全身から紫電を放っている。


「出たわね……!」


クリスが即座に詠唱を始め、シルカが音もなく側面へ回り込む。


「こいつ、ただの魔物じゃない……上位の守護獣だ!」


サタナエルが剣を構え、真正面から迎え撃つ。ルシフェリスは剣を引き抜き、仲間の動きを見て指示を飛ばした。


「クリス、雷を打ち消す呪文を! クレアは結界を! サタナエルは私と前に出る! シルカ、合図まで隠れて!」


「任された!」


瞬間、閃光と雷鳴が交差した。


炎と雷、剣撃と気の流れが交錯する中、戦いは熾烈を極めた。サタナエルの一閃が首の一つを断ち、シルカの投げた短剣が喉元に突き刺さる。そして――


「ゼル=レグナ、威令解放……!」


ルシフェリスの剣が蒼白の光を帯び、最後の一撃として敵を貫いた。


巨大な影が崩れ落ち、静寂が戻る。


* * *


息を切らしながらも、五人は立っていた。


「……やった、ね」


クリスがつぶやき、クレアがそっと微笑む。


「ここまで来たのよ、私たち……」


サタナエルが天井を見上げる。


「じゃあ、この奥に……次の階段があるってことだな」


その先には何が待っているのか。誰も答えられない。ただ一つだけ、確かなのは。


ここから先は、戻れない道になるということ。


ルシフェリスは仲間を見回し、静かに告げた。


「進む覚悟がある人だけ、ついてきて」


「もちろんでしょ!」


「当たり前だよ!」


「ふふ、ルシフェリスが行くなら……」


「お姉ちゃん、私たち、最後まで行こうね」


五人は頷き合い、結晶の裂け目から現れた階段へと足を踏み出した。


第八階層――深淵への扉が、今、開かれる


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る