第十三章 夢幻の檻にて

第十三章 夢幻の檻にて


冥府宮・第六層――


階段を降りた先に広がっていたのは、奇妙な静けさを湛えた空間だった。

足元に広がるのは、まるで鏡のように磨かれた黒曜の床。その上を歩けば、仲間たちの姿が歪んで映り込む。


「ここ……まるで水の上を歩いてるみたい」


シルカが軽く跳ねてみせるが、波紋一つ立たなかった。


「視覚の錯覚か……けど、気を抜いたら取り込まれそうだな」


サタナエルが手を握り締める。魔力の気配は濃いというよりも、どこか不自然な“眠気”のようにまとわりついていた。


「……この層、何かおかしい」


クリスが呟いたその瞬間、空間がねじれた。


突如、床が割れ、ルシフェリスたちの意識が引き裂かれるように飛ばされた――


* * *


目を覚ました時、ルシフェリスは一人だった。


「……夢?」


周囲に仲間の気配はない。代わりに、なぜか懐かしい空気が漂っていた。

彼女の前には、かつて過ごした王宮の庭が広がっていたのだ。


「……ここは」


目の前に現れたのは、若かりし頃の父、フェアルクス。


「ルシフェリス。我が娘よ。……戻って来い。お前の席は、まだ空いている」


穏やかで威厳ある声。それは確かに、昔の父の声だった。


だが――


「あなたは……父上じゃない」


ルシフェリスの瞳に怒気が宿る。


「私を惑わす幻影など、切り裂いてみせる」


ゼル=レグナが手に現れる。その輝きが幻を裂き、偽りの庭が砕け散る。


* * *


一方、シルカは迷宮のどこかで、華やかな屋敷の中にいた。

無数のニンジャ装束をまとった人々が、彼女を囲んで称賛している。


「おお、伝説のくノ一シルカ様!」


「その跳躍、まさしく風のよう!」


「えへへ、やっぱり似合う? わたし、すごくなったでしょ!」


うっとりしていたその瞬間、ふと気づく。

歓声が、どれも同じ声で、同じ動きをしている――まるで機械のように。


「……うそ。これ、幻?」


シルカは目を閉じ、意識を集中させた。


「気を……集めて……っ!」


手の中に生まれた一閃が、偽りの空間を吹き飛ばす。

気の集中――ニンジャへの一歩が、彼女を幻から解き放った。


* * *


その頃、クレアは迷宮の奥で、一人静かに祈っていた。


「これは……心を試されているのですね。ならば、私は信じます」


精霊の加護がクレアを包み、幻を触れることすら許さなかった。

その輝きはやがて仲間たちを導く光となり、五人は再び集うことができた。


「……ここ、精神を試す階層ってことか」


サタナエルが息を整えながら言うと、クリスが頷いた。


「甘い夢や過去を見せて、心を揺さぶる――質の悪い罠ね」


ルシフェリスはゆっくりと剣を収めながら言った。


「だけど、それだけじゃない。この層は……“見られている”気がする」


「誰かに?」


「ええ。ずっと、深く、冷たい眼差しで……」


言葉にできない不安が、隊列を沈黙させた。


だが、彼女たちは前を向いて歩き出す。


どんな幻があろうとも、揺らがぬ意志で。

その歩みは、確かに真実へと近づいていた――




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