第十一章 黙して語らぬ影の王
第十一章 黙して語らぬ影の王
静寂が、すべてを包んでいた。
冥府宮・第五層――そこはこれまでの層とは明らかに違っていた。石造りの通路は苔もなく、空気は乾いており、どこまでも冷たい。そして何より、音がない。魔物の咆哮も、風のささやきすら聞こえない。
「……妙ね。気配が薄すぎる」
ルシフェリスが足を止め、壁に手を当てて周囲を探る。感覚は鋭敏に研ぎ澄まされ、異常を探そうとするが……何も感じられない。
「なんか、怖いくらい静かだね。これまでのフロアとはぜんぜん違うよ」
シルカが囁くように言い、サタナエルは剣の柄に手をかけた。
「戦うより、待ち伏せされる方が嫌な感じね……来るなら来いってのに」
「この静寂……たぶん、結界ね。敵の気配を遮断してる」
クレアが静かに呟いた。彼女の胸元で揺れる“精霊のネックレス”が、かすかに光を放っていた。
「結界……ってことは、ボスが近い?」
クリスが神経質そうに周囲を見回し、ルシフェリスは小さく頷いた。
「その可能性は高い。けれど――この層の目的は、単なる撃破じゃない気がする」
「へ? どういうこと?」
「何かが“試している”。私たちの内面を」
ルシフェリスがそう言った直後――
足元の床が淡く光り、空間が揺らめいた。
***
気づけば、パーティーの五人はそれぞれ別の空間に立っていた。薄暗い影の回廊。個々の視界に他の仲間は映らない。
「……これは、精神を分断されたの?」
ルシフェリスは慎重に周囲を見渡しながら歩を進める。彼女の前に立ち塞がったのは――
「ルシフェリス……なぜ、あなたは王の道を選んだ?」
影の中から現れたのは、彼女自身だった。かつての迷いを抱えた少女の幻影。
(これは……試練)
同じように、サタナエルは“敗北した自分”と、シルカは“かつて裏切られた仲間”と、クレアは“選べなかった命”と、クリスは“見捨てたと思い込んだ家族”と対峙する。
それぞれが、心の深層を覗かれる。
傷、痛み、迷い。
それらを受け入れる強さを持たなければ、この層を越えることはできない。
***
「私は……もう、恐れない。道を選んだのは私。そして、その先へ進むと決めたのも私よ!」
ルシフェリスの剣が、幻影を斬り裂いた。
同時に、他の仲間たちもまたそれぞれの“影”を打ち破る。
五人の光が、再び交わったとき――
結界が解け、重厚な扉が音を立てて開かれた。
その奥に待つものは、まだ見えない。
けれど彼女たちは、確かに“次”へと進み始めたのだった。
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