仮面

ナナシリア

仮面

 推しと直接話したい。

 そう思うことは、誰しもあるだろう。

 もちろん、そんなことを考えるとき、その夢が叶うとは微塵も思っていない。

 しかしどうしてだろう。

 俺はなぜか、推しと連絡先を交換してしまった。




「推しとは言っても、同じ学校にいるんだから連絡先を交換することくらいあるだろ」


「冷めてるなあ、せっかく盛り上がってたのに」


 ほとんどの人が、校内放送を聞き流した経験があるだろう。

 特に昼の放送なんかは、注意して聞こうと思っても教室がうるさくて遮られることさえもある。


 そんな校内放送を行っている放送部だ、俺の推しがいるのは。


「名前なんだっけ。佐藤?」


「日本で一番多い名字言っただけだろ、全然違う。相内瑠菜」


「顔可愛い?」


「見たことない」


「じゃあごみだ」


「極端すぎ」


 ウエイトトレーニングをしながら、友人の杉本瑛太と話す。


 活動中のゆるさが、わが部活の強みです。


「正直、先輩の顔を見るよりも先輩の顔を想像している間のほうが幸せな気がするんだよな」


「見たらがっかりする的な意味で?」


「まあ、瑠菜先輩がどんな顔でも好きで居続ける自信は結構あるけどな」


 自分に言い聞かせるように言い切って、想像する。

 瑠菜先輩はどんな顔だろうか。

 メッセージで話すのと、放送で声を聞く限りでは、無駄に陽キャなわけではないように思われる。 


 考えても無駄なことを考えても仕方ない。

 先輩がベンチプレス80キロを上げるのを横目に、俺はスマホをちらりと見る。


「あ、瑠菜先輩からメッセージ来てる」


「なんて?」


「数I8点は草って」


「そのこと先輩に言ったんだ」


 俺氏、数学Iの定期テストで8点を取ってしまう……。

 厳密に言うと、数学IIの範囲に突入してはいるのだけれど。


「8点はひどすぎる、授業聞いてた? って言ってる」


「授業聞いてたん?」


「聞いてなかった」


 そりゃそうだろ、8点だぞ。


「授業聞いてて8点だったら逆に絶望的だろ」


「お前ならあるかと思って」


「ねえよ」


 さすがの先輩も90キロは上げられなかったらしく、次に俺の番が訪れる。


「っていうか、数学8点のやつ多分先輩に引かれるだろ」


「それ嫌だなあ」


 口では言いつつも、安心しきっている。

 先輩は、少し引くことはあっても、それをポジティブな方向に変えてくれるだろう。

 数I8点をポジティブに捉える方法は、正直よくわからないけど。


「あ、先輩も匙を投げた」


 画面に表示されるメッセージは、『笑わせないでよわらわら』


「引かれるよりは笑われたほうがいいか……」


「いや、8点取らない努力をしろ」


「確かに」


 40キロを10回上げて限界が来たので交代。

 瑛太は左右5キロずつおもりを足した。




 部活終わり、帰り道、自転車を漕ぐ。

 瑠菜先輩はどんな見た目をしているのだろうか。

 見た目は本質ではない。わかってはいるが、想像してしまう。


 どういう髪型をしているだろう。

 肩くらいの長さかもしれないし、もっと長いかもしれないし、短いかもしれない。

 短すぎないほうがいいなあと想像する。


 背丈はどのくらいだろう。

 そんなに高くないと思う。

 かなりちっちゃい方なんじゃないだろうか。

 いや、でも母性すらも感じるような優しい声から察するに、意外と高身長の可能性もある。


 たぶん猫は好きなんだろう、メッセージアプリのアイコンは猫だ。

 休日は猫と一緒に寝転ぶのが好きだと言っていた。


 優しそう、というイメージを抱く。

 そう、たぶん瑠菜先輩は、優しそうな見た目をしている。

 落ち着いた優しい声、ポジティブな発想。

 それらから考えるに、瑠菜先輩は優しい。


 実際の顔も知らずに。

 頭の中で瑠菜先輩の声を再生する。

 俺は、笑みをこぼした。

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仮面 ナナシリア @nanasi20090127

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