第35話 私と心先生と眼鏡

「あれ? 今日はコンタクトじゃないんですか?」

「うん……。なんかコンタクトするとゴロゴロ感がすごくて」

 先生は眉間に皺を寄せながら、やや不満気にぷちぷちと言葉を漏らしていく。

 普段はコンタクト派の先生が、黒縁の眼鏡をしている。

 それだけで院内は少しざわつく。

「ねね、今日の心先生、すっごく素敵じゃない?」

「わかるー。いつもクールだけど、さらにそれが強まった感じする!」

「眼鏡姿もありよりのあり」

 そんな黄色い声が先生の行く先々で飛び交っていく。

 心先生は院内での人気が高い。

 老若男女問わず、そのクールビューディーさ、そしてその姿に比例するようなシゴデキ具合に皆、メロメロになるのだ。

 なので、先生が普段と違う姿になることに興奮を覚えるのはわかる。

 わかるけれど、私からしたら先生の眼鏡姿は、先生の家で飲むときに見るオフな姿。

 風呂上りにキュッとビールを流し込む先生。

 そのお顔に鎮座する黒い眼鏡。

 それが私にとっての、今日の心先生。

 なので、どちらかと言えば、見ていると酒を飲みたくなる。

 と、その瞬間、私の中で一つの理解が生まれる。

「なるほど、ビッグカツか」

 そう、先生にとってのビッグカツ、それが私にとっての心先生with黒縁眼鏡だったのだ。

 だからか、今日はやたらと肝臓が疼くのは。

「ん? どしたの?」

 先生が不思議そうな目でこちらを見る。

「いえ、良い気付きを得たと」

「えー、気になる! 教えてよぉ!」

「ふふふ、駄目ですよ」

「もう、教えて!」

「あはは、絶対に駄目です」

 私は軽やかなステップで先生から遠ざかる。

 先生もよくわからないけどなんか追わなきゃ的なテンションで追いかけてくる。

 そのまま逃げ続け、見事に撒いた。

 息切れするほど仕事中に走り続けるとは思わなんだ。

 けど、先生を駄菓子と同列に思ってしまったなんて、口が裂けても言えないっすね。

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