第26話 私と心先生とマウス

 最近、職場のマウスの操作性が悪い。

「有線なのは割と気に入ってるけど、下がホイールっていつの時代のだろうか」

 裏返したマウス、そこに存在する穴から覗くのは、今の時代ほとんど見かけないコロコロとした球体。

 聞くところによると、五十代の師長がこの病院に来た時からこのマウスはあるらしい。

 しかも、私がいつも使うパソコンだけがこのタイプのマウス。

 しょっちゅうではないけれど、病院内の設備も更新がある。

 その更新の波をうまく乗り越えてきたのだろう。

 使うたびに、手に伝わるなんとも言えないゴロゴロ感。

 最初は不便に感じていたけど、慣れてしまえばむしろ心地よさすら感じる。

「千夏、なんかニヤニヤしてるね」

「まいたけ!」

 気づけば心先生がデスクの淵に顎を乗せて、こちらを下から覗き込んでいた。

 可愛いなちくしょう!

 びっくりしたけど!

「まいたけはバター醤油が一番だね」

「はい! そうですね! うまうまです! ……で、どうしたんですか?」

 私は気恥ずかしさを誤魔化すように、少しだけ視線を外して頬を掻く。

「うん? 千夏が一人でニヤニヤしてたから何か楽しいこともあったのかなって」

「たの、しいとは違いますが。違いますね。違います」

「あはは、何その三段活用」

 先生はケラケラと笑う。

 私はマウスに対して考えていたことを素直に話した。

「おおー。私これ、お父さんが昔使ってるの見た時以来かも」

「たしかに、お父さん世代感ありますね」

 思い返せば、たしかにお父さんが使っていたような記憶が薄っすらと。

「で、これに愛着があって笑っていたと。だからかー」

「だからか?」

 先生の口角がくにりと上がる。

「千夏ってさ、私と話す時、さっきみたいにニヤニヤしてることあるんだよね。それって、私に愛着? 的なのを感じてくれているってことだよね? そうだよね?」

「今日は先生のバター醬油炒めにします」

「え、ちょ、なんで? 私は嬉しかったんだけど?」

 後ずさる先生の華奢な腕を掴む。

 ふふふ、こういう時身長差・体格差あると有利。

「バター醬油炒めにするので動かないでください。痛みます」

「やめてえええええええええええええええええええええええええええええ!」

 恥ずかしさを誤魔化す最適解。

 それは理不尽をぶつけること。

 私のガンギマリスマイルと圧に観念した先生を、先ほどの記憶を消すという約束で解放してあげた。

 夜、居酒屋で話をぶり返されたのは言うまでもない。

 

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