第8話 私と心先生とスマホ

「スマホの画面、割れちゃったよぉ……」

 仕事終わりの居酒屋。

 先生は半泣きになりながら、こちらにスマホ画面を見せてきた。

「割れてますけど、これ一回目じゃないですよね?」

 見せられたスマホの画面には、いくつかの致命的な跡と、そこから発せられたであろうヒビが存在していた。

「うん……」

「なら、今さらでは?」

 私はコクリとビールを一口。

 疲れ果てた喉と体に染みわたるビールの苦みとアルコール。

 あ、なんかちょっと短歌っぽくなっちゃった。 

 酔ってきてるな私。

「ちょっと、こっちに集中してよ!」

 心先生はさらにずいっとスマホをこちらに近づけてくる。

「一回で割ったわけじゃないけど、一日でこうなったの」

「え? 一日でですか?」

「そうなの」

「買い替え時では?」

「一か月前に買い替えたばっかり! ひび割れ、スマホの老朽化が根本原因じゃないから! てか、それは千夏も知ってたじゃん!」

「じゃあ、何があってこんな可哀そうな姿に?」

 それがね、と先生はお猪口に口先を浅く付けつつ語り出した。

「朝寝ぼけて床に落ちてたスマホ、踵で踏み抜いて」

「ほう」

「昼休憩にスマホ見ようと思ったら手が滑って落としちゃって、その時慌てて拾おうとして踵で踏み抜いて」

「ほほう」

「仕事終わりにスマホ取り出したらまた落としちゃって、今度は慎重にと思ってたのに、目測誤って踵で踏み抜いちゃって」

「スマホが先生の踵ファンだってことでいきましょう。踵ファン冥利に尽きる終わり方でしたね」

「変な擬人化しないで! また使えるし! 見えないところ多すぎるけど……。うう、悲しいよぉ。切ないよぉ」

 先生はスマホを両の腕で抱きしめる。

 むしろ、三回も踏み抜いて無事なのは幸運よりな出来事のような気も。

 先生、小さいし、軽いもんなぁ。

「私ってさ、あんまりスマホ変えることないの」

「そう言えば、今回の機種変も五年ぶり? とか言ってましたね」

「そう。だからこそ、機種変するときは『この子とずっと付き合っていくぞ』って家族を迎える気持ちで挑むの」

 家族、踵で踏み抜き過ぎでは? とは、さすがに口には出さなかった。

「そう思うと少し切ないものがあるかもですね」

「しかも、仕事忙しくてすぐには修理に出せそうもにないし……。傷ついた家族と暮らすのは悲しい」

「うーん、そうですねぇ」

 私は少しだけ酔いの回る脳内を強めに稼働させる。

「先生って、普段、スマホは何に使ってます?」

「千夏との連絡くらい」

「他は?」

「他? ……他?」

「使ってないんですね」

 前に私以外と連絡も取らないと言っていたので、スマホはほぼ私との連絡専用機器ということになる。

「じゃあ、修理ができるタイミング来るまで先生があんまりスマホを見なくてもいいように、できるだけ私も直接先生に会いに行きますね」

「え、ほんとに?」

「はい。ただし、修理ができるまでですよ」

 普段、私からの連絡はスマホを通す。

 こちらの仕事が先に終わっても、先生のところに行くということはない。

 先生がナースステーションに居座るのはある種名物化しているけれど、私がそれを医師側の休憩室でやる勇気はないからだ。

 でも、先生が私からの連絡絡みで悲しい思いをしてしまうというのなら、せめて休憩室近くで先生の仕事終わりを待ってみようとも思えた。

 あまりにも合理的じゃない判断。

 私も酔っているせいかもしれない。

 先生の悲しみに寄り添いたいと思ってしまった。

「ありがと。ありがとねぇ」

「あはは。なんで涙滲ませてるんですか」

「だって、千夏が優しいからぁ」

 そう言って、嬉しそうに笑う先生。

 まあ、たまにはこういうのもいいものだ。


 ちなみに、そんな少しだけ感動的な流れから数日後、

「ねー、千夏が来てくれるのは嬉しいけど、なんか気を遣うから早く修理に出すね」

 と言われたので、思わず先生のあれこれを踵で踏み抜きたくなったのはまた別のお話。

 


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