第15話 主人公終了のお知らせ
「っづ……ぅ!」
結構ぐっさり刺されて、声にならない声が出た。
死ぬほど痛い。
飛びずさると、パタパタと血の跡が足元まで続く。
ギリギリ動けるくらいの傷で済んだらしい。刺されたところに痛はなく、燃え上がるように熱かった。
どうやらまだ一人、魔神教団が隠れ潜んでいたらしい。他にもいるか?
しかし、そんなことを考えるだけの余裕はなかった。
奴は翳した手から氷を射出してきて、俺はそれを魔法剣で打ち払う。
剣を振るのが遅い。
煩わしいこの熱さのせいなのは間違いなかった。腕を上げるだけでも億劫だった。
ポーションを飲みさえすれば……ポーションを飲みさえすればこんな奴ごときすぐに倒せるのだが……。
「諦めろ」
氷を飛ばしてきながら、平坦な声でそう告げられた。
「そうもいかないんだよなぁ」
俺はにやりと笑った。
思ったよりも深い傷をもらったが、ある意味では好都合なのだ。だって、そうだろう。
俺はリアンとファスタフが本編通りに進めるようにどこかで戦線離脱しなければならないのだ。今の状況は、思ったよりもダメージがでかいことを除けば完璧だ。
俺がやるべきことははっきりしていた。コイツを倒して、腹の傷が原因で倒れたことにして、リアンがファスタフと進展するところを特等席で鑑賞させてもらう。
渾身の力で地面を蹴り上げた。じわりと血が滲むような感覚があったが、それもお構いなしに魔神教団員の傍に迫る。
相手も氷を飛ばしてくるが、体を掠める程度のものは甘んじて受け入れ、まずい場所に向かっているものだけ切り払った。
一歩。
剣の一振りが届く間合い。
重い腕を振り上げた。
「甘いことよ」
一歩、相手のほうが速かった。
魔法剣の切っ先が奴を捉えるよりも先に、相手は間合いから一歩下がっていた。
そして、その左手に魔力が集約していく。
俺は口角が上がるのを自覚した。
魔法剣を消す。
途端に魔力で継ぎ接ぎされていただけの刀身の破片が魔神教団員に降り注いだ。
両手を頭の前で交差させて防ごうとしているようだったが、鋭い金属片はローブを切り裂いて、その中まで突き刺さっていく。
勝ったな。
「やはり、甘いことよ」
奴がそう言ってぶわりと両腕を広げると、がらがらと音を立てて剣の破片が地面に落ちた。
俺の予想に反して、致命傷は与えられなかったらしい。
しかし、残念だったな。二の矢、三の矢が……ありません。
どうしよう。困ったのでもう笑うしかない。しかし、笑っているのが不気味だったのか相手はすっかり怯んだ様子で、俺の動きを窺っている。
とはいえ、俺がポーションを取り出すのをみすみす見逃すようなことはないだろう。
こうなっては玉砕覚悟で突撃するしかないか……?
その瞬間だった。
凄まじい勢いで飛んできた物体が、魔神教団員を巻き込んで壁に激突したのは。
とても耳障りの悪い音が響いて、それは魔神教団のローブにくるまれた。
それは赤かった。
赤い髪と、その下の顔にもどろりと血が垂れていて、俺は驚愕に目を見開いた。
「リアン!?」
「……ファスタフ……を……」
それだけ言い残して、ガクリと俯いた。
気絶したようだった。俺は脇目も振らずに彼に駆け寄って、ポーション一瓶を頭からかけてやった。それから、俺自身もポーションを飲んだ。空き瓶を放って、リアンが飛んできた方向を見る。
ファスタフがいた。
少し息が上がっているようだが、余裕綽々といわんばかりの笑みを浮かべて、こちらを見ていた。
嘘だろ、この状態でリアンがやられるのかよ。
本編だったら覚醒ゲージを消費して変身した覚醒状態でファスタフを倒していたのに。
◇
ファスタフは夢の中にいる気分だった。
体の奥底からふつふつと湧き上がってくる高揚感が心地よく、腕を振るうたびに飛び散る火花がキラキラと輝いて、床や地面が砕ける音がじんわりと染み入るようで、うっとりとしていた。
自分の周りをじゃれつくように飛び跳ねる動物がいる。犬だろうか? 猫だろうか?
その正体はちっともわからなかったが、とてもお転婆で、それからちょっと力が強い甘えん坊さんのようだった。
けれども、その甘えん坊さんは気まぐれで、こちらから手を伸ばすとさっと逃げてしまうのだ。自分からは来るのに、こちらから行くのはダメなのがどうにも焦れったくて、ファスタフは頬を膨らませた。
でも、玩具にはたいそう興味を示してくれるので、それが面白くってファスタフは右手の玩具を思い切り振り回していた。さっと逃げたり、あるいはひょいと玩具に手をつけたり、可愛らしいものだった。
「あはは」
ついつい笑ってしまうくらい、可愛らしかった。
時折、玩具をぶつけてしまうことがあって、そのときに発する鳴き声が愛くるしかったから、ついつい気を良くしてファスタフは強く玩具を振り上げてしまった。
いけない、と自制する。
最後の最後、一番可愛い姿になってもらうまで、もう少し遊んであげなくっちゃ、なんて考えていた。
そうしていると、そういえば最初に見かけた大きな可愛い獣がそこにいることに気付いた。こっちの獣は、大きくて、ゴツゴツしていて、あの口からどんなに可愛い鳴き声が出てくるのだろうと、ワクワクするほどだった。
思いきり抱き締めてあげたら、喜んでくれるかな。ファスタフは笑いながら歩み寄った。
◇
まずいな、とリアンは疼く右目を抑える。
明らかにファスタフは正気を失っている。
オーレウスは魔神教団四人を相手に上手く立ち回っているようだが、あれを片付けるのにはいましばらく時間がかかるだろう。
目の前のファスタフが振るうメイスと、自身の剣を打ち合う。単純な膂力で勝負をするのは無謀だったのでリアンはそれを受け流すことに苦心していたが、それでも幾度か打ち据えられて呻き声を上げることがあった。
そのたびにファスタフは凄惨な笑みを深めた。
距離をとって、得意の魔法『ダークアロー』で牽制を試みても、渦巻く魔力に阻まれて全く効果がないようだった。彼女に纏わりついている魔力は威圧のためだけに存在しているわけではなく、一種の結界の役割を担っていた。少々の攻撃では傷一つつけることができないだろう。
しかし、手早く展開できる魔法くらいしか打ち出す暇がないので、大技で一気にその力を削ごうというのも厳しかった。剣を当てても魔力を剝がすのがせいぜいで、威力不足を痛感する。
ファスタフは楽しげに舞うようにリアンへとメイスを振り下ろす。その姿は小さな子供がはしゃいでいる様を幻視させた。彼女が遊んでいるつもりなのは、見てわかる通りだったが。
「まずいな……」
【では、そろそろ私の力を解放してはいかがかな?】
頭の奥底に響いた声に、リアンが顔をしかめた。
【あれも私の力だ】
「言われなくても、わかっているよ」
【であれば、同じく私で対抗するほかなかろう?】
我が力。
リアンはかつて魔神の力の残滓と契約を交わしていた。死後、その肉体を魔神に明け渡す代わりに、その当時にリアンが求めて止まなかった強大な力を得る契約を。
しかし、これは忌むべき力だった。リアンは力を封印して、誰にもそのことを明かさずに生きてきた。
リアンは魔神の力を解放すればこの状況を簡単にひっくり返せると確信していた。
ファスタフが得ている力が強力であることは疑いようもないが、果たしてリアンの持つ力と比べればその差は歴然だった。
「だけど」
【奴か】
ここにはオーレウスがいる。
だからリアンは力の解放を躊躇っていた。
「オーレウスは、強いから、僕が力を使わなくても」
【二人であればなんとかなると?】
ふむ、と声が響く。
【まあ、その可能性はある。しかし、そのような甘い考えで貴様がもつかな?】
「もたせてみせるさ」
牽制、いなし、反撃。
豪速で肉薄するファスタフへの対処に駆られながらも、リアンは希望にかけていた。
オーレウスなら四人くらい簡単にあしらうだろうという期待もあった。
事実として、オーレウスはすでに二人を片付けてしまっている。
リアンがここを耐え凌げば、駆け付けてきたオーレウスに前衛を任せ、一気に片をつけられる威力の魔法を準備すればいい。
だからこそ、その光景が目に入ったときに体が硬直したのは必然だった。
オーレウスが五人目の魔神教団に刺されて、ぼとぼとと血を溢す姿を。
それがリアンの精彩を欠かせたのは間違いなかった。牽制も、いなすのも、先ほどまで見事にファスタフを手玉に取れていたのが嘘のように、受けに回っていた。
そして、膂力で遥かに劣るリアンはファスタフが振り上げたメイスをとうとう受けきれずに吹き飛ばされたのだった。
凄まじい勢いで飛ばされたリアンは、その勢いのままに壁に激突した。余りの激痛にかえって痛みを感じなかった。しかし、その体のどこにも力が入らない。
甲高い耳鳴りだけが響いていた。
しかし、頭の奥に響く声だけは、はっきりと聞こえていた。
【……見物だな。オーレウスは、果たしてファスタフを救えるか。リアン、貴様の代わりが奴に務まるものか】
リアンは誰かがそばに立っているのを感じ取った。
ファスタフを救ってもらわなければ。
最後の力で声を絞り出す。
「……ファスタフ……を……」
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