第9話 そうだ ダンジョン、行こう

 ダンジョン実習。

 アルバンダー魔法学園で魔法や剣術を学ぶのは、何も単なる自己研鑽のためではない。この世界には人々の生活を脅かす魔物が跋扈しており、貴族というものは自らの領地を自らの力で安寧に導くことが貴ばれる生き物なのだ。

 貴族の責務として力を身に着けて、魔物を狩り、領地を平定する。そのために、力を身に着ける方法と魔物を狩る方法を授業という形をとって我々に教えてくれるのである。


 とはいえ、一歩外に出たら魑魅魍魎蠢く魔境、なんてこともなく、魔物というものは森の奥深くに潜んでいるとか洞窟に住み着いているとかで、そうそうお目にかかれるようなものではない。街に住んでいれば一生目にすることもなく人生を終える、ということもまったくよくあるものだ。


 そんな状況でいかにして学園の生徒に魔物を狩らせるかというと、ここで出てくるのがダンジョンである。

 ダンジョンというものは、そこにあるだけで豊富な資源を確保できる一等地である。豊富な資源とは、魔物が死した際に残す魔力の塊である魔石、ダンジョンから採掘できる鉱物資源、錬金素材となる草花などだ。ダンジョンは魔力の集まる場所に自然と発生し、魔力の尽きない限りは資源を生み出し続ける。

 そして、国はダンジョンを保護、管理し、その生存を延命しながら得られる資源を最大化することで豊かな資源の恩恵を得て、富んでいく――


 ――というものなのだが、俺からしてみるとゲーム的な都合で敵と戦ってレベリングや素材集めの場所ってイメージが強い。魔物を倒して魔石を得て売ったり、あるいは装備の強化に使ったりなんてことに使うのだ。

 大体にして、ボスという明確に打ち倒す相手がいて、物語が進むのもたいていはダンジョンだったため、どうにもこちらの常識のダンジョンというものがしっくりこない。


 しかし、学園の生徒たちに魔物を狩らせるという意味ではこれ以上ないほどうってつけの舞台だ。ダンジョンには魔物が数多く生息しているし、その危険度も低い場所を選べば問題の起きようもない。付き添いの教師が鼻歌交じりにスキップしながら攻略できる程度のダンジョンを学園が保有しているため、そこで生徒たちに魔物討伐の経験を積ませるのである。


 それがダンジョン実習であり、これから俺が組んだメンバーとともに臨む新たな授業である。最低でも二人、多くても五人までのメンバーを集めて、グループを作り、ダンジョンへと挑むのだ。

 はいみんな、それじゃあグループを作ってくださいね、と言われて仲の良い人たちで固まってグループを作る。


 ここでイカレれたメンバー紹介するぜ。

 ぼっちのオーレウス

 以上だ!


 なんということでしょう。俺のもとには誰も来てくれなかったのである。あのアランでさえも。というかアランはアランで友人が多いので、あんまり実力に自信がない友人たちのグループに混じって手助けをすることにしたようだ。

 なんだかんだ今の俺ならこれから向かうダンジョンくらいは余裕なので、そういうことを見越しているのだろう。そうだと信じている。


 辺りを見回すとあらかたグループ分けが完成しているようで、俺が入り込む余地はなさそうだった。いや、言えば入れてくれるところもあるだろうけど……。

 俺が入りたいのはリアンとファスタフのグループなんだよな。入りたいというか、入らないといけないというか。


 そう仲良くないように見えた二人だったが、ここは本編のように二人でグループを作ったようだった。ダンジョン実習は本編でもあったが、最初のうちはこの二人で物語が進んでいくので、その通りになっていることに俺は感動すら覚えている。


「よろしくね、リアン。私、ダンジョンに入ったことないからちょっと不安で」


「大丈夫だよ。学園のダンジョンはそんなに危ないところじゃないし、君の実力なら十分だと思うよ」


「そうなの?」


「そうだね。僕らより小さい子供でも、付き添いがあれば踏破できると思うよ」


「へ~、だったら安心だね」


 なんて会話をしている二人を横目に、どうやってこの間に入るべきかを思案している。

 十分に仲良く見えるが、これで明らかに本編よりは距離感が遠い。ファスタフはもっとぐいぐい行くタイプの女の子で、そういうところにリアンが心を開いていくのが重要なのだ。

 やはりテコ入れが必要である。


 しかしやっぱり、この二人にあれだけ辛辣に当たっていた俺がいきなりグループに入れてくれというのも……踏ん切りがつかない。どうしよう。

 なんて思っていると、救いの手が差し伸べられるというもので、今回のダンジョン実習に駆り出されたグードベルグ顧問が俺に声をかけた。


「オーレウス、一人なのか?」


「はい」


「そうか。では、人数の少ない班に入れてもらおう」


 グードベルグ顧問は指を指しながら各グループを確認して、こう言った。


「よし、ファスタフ、リアン。オーレウスも入れてやれ」


 わお、すっごく嫌そうな顔。

 だがしかし、俺はそんなことは気にしない。気にしてないったらない。


「……はい」


 ファスタフから出てくるのはすっごく嫌そうな了承。

 まあ、しょうがない。しょうがないったらしょうがないので俺は気にしていない。

 グードベルグ顧問は俺の肩を叩いた。


「あまり意地を張らずに仲良くするんだぞ」


 そしてリアンたちに向いて、


「お前たちも、まあ、この機会だけでも仲良くしてやってくれ。悪い奴ではないんだ」


 まるで俺が問題児のような言い草だが、まあ問題児なので反論のしようもない。

 グードベルグ顧問はどうにも俺がリアンたちと諍いを起こすのを快く思っていない様子。少し荒療治だが、一緒にダンジョンに潜れば通じるものもあるだろうとわざわざ俺を彼らのグループに入れてくれたようだ。


 グードベルグ顧問には悪いが、彼らには俺がいかに悪い奴か、という話で盛り上がってもらわねばならないので、悪い奴として振舞わせてもらうしかない。


「グードベルグ顧問がそこまで言うなら……いいでしょう。お前たち、俺の邪魔にはなるなよ」


「こらこら、言ったそばから……」


 グードベルグ顧問が肩をすくめた。リアンとファスタフは顔をしかめた。


「まあよし、全員班にわかれたようだし、これよりダンジョン実習を始める。ダンジョンは学園の敷地の端にあるから、俺についてこい!」


 ぞろぞろと談笑しながら皆がグードベルグ顧問についていく。他にも数人の教師がついているが、実習に関しては騎士である彼がとりまとめを行っているのだ。

 そして、俺たちのグループはというとリアンとファスタフが先導して、その後ろに俺がついて行く形で歩を進めている。あまり話は盛り上がっていないようだ。まあ当然だろう。俺がいるので、さらに遠慮させてしまっているらしい。いいんだぞ、俺のことを悪しざまに罵ってくれて。


 などと考えているうちに、鉄格子に鎖で封をしたダンジョンの入り口が見えてきた。危険度が低いとはいえ、さすがはダンジョン。おどろおどろしい魔力のうねりを感じる。

 今からここに入ることに息を飲む生徒もチラホラ見受けられる。とはいえ、中にいる魔物は本当に大したことがない。


「うわぁ……すごいね」


 ファスタフが呟いた。彼女はダンジョンに入ったことがないと言っていたので、その感想も素直だ。

 オーレウスはもう少し危険度の高いダンジョンにも入ったことがある。剣の訓練の一環として、魔物の討伐も過去にこなしたことがあるのだ。もちろん、ギルドに所属しているリアンもダンジョン探索はお手の物だろう。俺が入ったダンジョンよりもずっと危険度の高いところに入っているかもしれない。


「ふふ、表は魔力が密集してるからそう感じるけど、中に入ったら拍子抜けするかもね」


 リアンがそう言ったとおり、案内されてダンジョンの内部に入ると、先ほどまでに感じていた魔力がなんだったのかというくらい静けさに包まれていた。まあ、ダンジョンとは得てしてこういうものなのだが、初めてダンジョンに入る生徒たちはその空気の変わりようにすっかり弛緩しているようだった。


 それほど危険のないダンジョンだからこの時点では教師たちはそれを咎めようとは思っていないらしい。魔物と出会ってそこで少々痛い目を見てもらおうという考えだろう。


「では、これより実習を始める! 各班は、班員につき三つの魔石を持って帰ること! いいか、つまり一人あたり三体の魔物を倒してくるんだ。我々も皆についていくため、危険を感じたら大きな声で助けを求めるんだぞ!」


 グードベルグ顧問が全員に通るはっきりした声で宣言すると、各グループが各々の思った方向へと足を進めていった。

 ダンジョンに入ってすぐの大広間はからはいくつかの通路が伸びている。大広間はかなりの広さで、壁や天井が石造りのしっかりとした造りになっているので、どうやら手を入れてあるらしい。そこから続く通路は、岩肌が剥き出しなのでダンジョンの自然のままだ。


「じゃ、僕らも行こうか」


 俺たちはリアンの先導でダンジョンの奥へと進んでいった。

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