第7話 うわっ……私の剣、強すぎ……?

 互いに剣を構えて相対する。

 リアンは俺よりも遥かに体格に劣るが、この世界では発揮できる力は体格通りというわけではない。無論、リーチの長さによる有利はある。しかし、身体強化なしでも鍛え続けた肉体は岩をも砕くし剣さえ弾くものだ。


 リアンを心配げに見やるファスタフなどはきっとその最たる例になるだろう。物理攻撃力最強のキャラクターに育つのだから。


 とはいえ、現時点ではステータスにおいてリアンのほうが優れていたはず。剣の切っ先にわずかなブレさえないことから、その小さな体躯に見合わないだけのパワーを秘めていることは明白だ。


 グードベルグ顧問が俺とリアンを見て、準備ができていることを確認したらしい。

 ちょうどいい感じの棒を地面に突き立てた。


「よし、ではこの棒が倒れたらいつでも開始していいぞ」


 音はなかった。

 あるいは、火花を散らすほどの勢いでぶつかり合った刃にかき消されたのかもしれない。


 20歩ほどの距離を一息に詰めて振り下ろした剣は、しかしリアンに受け流されるにとどまった。

 織り込み済みだ。

 リアンの剣の冴えからすると、このくらいの剣筋を見切ってしまうのは当然のことだった。だからといって、そこから彼に返す刀を許す俺ではない。


 俺の剣は、とにかく機先を制し、そして相手のリズムを外して生んだ隙をつく剣だ。まずはリアンに俺の剣閃に慣れてもらう。


 一振り、二振り、リアンの息を縫って剣戟を振るう。リアンはそれを冷静に払い、受け流し、そして受け止める。

 並の使い手ならもう終わっているだろう。息と息、脱力と緊張、その隙間を狙っているというのに、よくよく対応するものだ。


 リアンの目は静かに俺の剣を捉えている。機をくじかれ、反撃に出られないが、それでも虎視眈々とこちらを窺う目には油断のひとつも浮かんでいない。俺の動きを、剣筋を、その一挙手一投足をすべて食らってやろうという貪欲な目だ。


 そして、その時が来る。


 俺が振るった剣を受け流したリアンが、勢いに乗せて反撃に転じた。

 鼻先を風が掠める。美しい剣だ。

 そして今度は、俺の序盤ボスムーブの時間だ。


「平民ごときが、生意気な……っ」


 まなじりを吊り上げて、力のままに剣を振るう。

 しかし、リアンはそれを事も無げに逸らした。切っ先が目にもとまらぬ速さで振り上がる。半身を引いて身を躱すも、振り上げられた剣が今度は真っ逆さまに振り下ろされた。

 すかさず剣の腹を叩いて、距離を取る。


 こいつ、魔法も使えるのに剣もここまで出来るのか……。さすがは主人公と言わんばかりの素晴らしい剣捌きに冷汗ダラダラものである。

 とはいえ、これなら剣に関しては上をとれそうだ。序盤ボスとして立ちふさがる時点では……ちょっとやばいかもしれないが。


 先ほどまでとは打って変わって、リアンのほうから剣を打ち込んでくる。わずかな隙を鋭くえぐってくるような、上手い剣だ。恐ろしいほど正確で、恐ろしいほど冷たい。

 しかし、恐れるほどではない。


「剣の上手さは認めてやってもいいが、しかしこの程度ではなぁ!」


「っ」


 ガキン、と鈍い音が響く。

 リアンの持つ剣が空を舞い、激しい音を立てて落ちた。


「わ、すごいね」


 リアンは目を見開いて、自分の手を見ていた。

 俺が何をしたかはもうわかっているだろう。簡単なことで、向こうが俺の動きに慣れたところで、俺がその動きを乱して向こうの脱力を綺麗に刈り取ってやったのだ。

 思ったとおり、というかまあこういう剣を使うから大体これでハメられそうかどうかは何度か打ち合えばすぐに分かる。

 ので、別段俺がリアン相手に勝てるのはそう不思議ではない。不思議ではないが……。


「……」


 あ、あっれ~~~~?

 勝っちゃったよ。勝っちゃったんだけど。

 本編だとこの戦いはチュートリアルみたいなもので、リアンの実力をみんなに示したうえで、オーレウスがけちょんけちょんのコテンパンにされるためのやつなんだけど。

 俺が負けないことには

 オーレウスが負けないと逆恨みもないから、序盤ボス戦が……ないこともない。というかその辺は俺が上手くやるしかないんだった。


 となると、俺が今やるべきことはとりあえずオーレウスっぽくリアンを馬鹿にすることだけ!


「平民が俺の相手になるわけもなかったなぁ。やはりギルドのなんのかんのと言っても、期待外れだったよ」


 全然応えていませんって感じの顔だ。

 うぅむ、俺を通じてファスタフとの仲を深めてもらう方向に舵を切るか。

 ここのところ気になっていたのだが、どうにも二人の仲がそんなにいいようには見えないのである。ゲーム本編だと二人はいつも一緒にいるくらいの認識だったが、目につくときにはリアンは大体一人だし、ファスタフは俺に絡まれているせいか仲のいい友人には恵まれていなさそうだ。もちろんリアンも含めて。


 ちょうど俺たちの模擬戦の裏で、アランとファスタフも戦っており、その決着がついた。さすがに純粋な身体能力のみでアルバンダー魔法学園のAクラスに入った女傑である。ファスタフはアランを容易に打ち倒してしまったようだ。


「アラン、そんな簡単にやられるやつがあるか」


「おいおい、結構頑張ったほうだぜ。オーレウスよりも強いんじゃねーの」


「それが?」


 ファスタフがびくりと肩を震わせた。

 いつも意地悪してごめんね。しかしこれもリアンがハーレムエンドに向かうための必要な犠牲というやつだ。


「魔法がまったく使えないエルフが、せめて剣くらい振れるのは当然だろう? まあ、力任せの剣だからお前と相性が悪いのはそうだろうが」


 アランもパワータイプの剣を振るうので、同じくパワータイプの剣を振るう相手と戦うと、単純にパワーが強いほうが勝つのは道理だ。そして、ファスタフは物理攻撃力最強に至る器なので、当然のごとくアランよりもパワーが強い。


「剣を交えるまでもないな。恐れているだけのやつなんかと」


 ファスタフに鋭い目を向けると、あからさまに逸らされた。

 正直なところ本編で好きだったヒロインにそんな反応をされると滅茶苦茶悲しいが、これも世のためなので俺は涙を飲んで続ける。


「グードベルグ顧問」


「……なんだ?」


「やはり俺の相手にリアン・ストルカートは相応しくない。見ましたか、剣を飛ばされた後のあの姿。何かを学ぶ者の姿ではありません。もう一人、ついてこれそうなやつも、こんな有様では」


 鼻で笑いながら言った。


「まあ、そう言うならそれでもいい」


 グードベルグ顧問はやれやれとため息をついた。


「よし、アラン。そんなやつらはほっといてあっちでやるぞ」


「へいへい。俺はファスタフちゃんとでもいいんだけどねぇ」


 本音を言えば俺もファスタフとやりたいけどな。めっちゃ怖がられてるから無理だけど! あとリアンがハーレムルートに行かないといけないからダメだけど! クソが!

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