第5話 リアンとファスタフ

 リアンが席に着いた後、目論見通りにその隣に座る少女から同情の声がかけられているのを確認できた。

 ほんの少しばかり本編とは異なった過程を通る羽目になってしまったのだが、結局のところ本編と同じ結果に帰結した。完璧である。


 ややあって、リアンに声をかけた少女は反対側に顔を向けて、


「えっと、貴方も、ああいうことは言わないほうがいいと思うよ」


 俺に苦言を呈するのであった。

 ファスタフ・リルイルニルシル。

 いかにも人懐っこい顔つきで、大きな碧眼の瞳が咎めるような半目でこちらを見やる。黄金色の髪は編み込んで若草色のリボンによってうなじで一つにまとめ上げられている。

 そんな彼女は、リアンが物語の最初に出会うヒロインであり、戦闘においては最初から最後までお世話になる女の子だ。


 なんといっても一番の特徴はその長く、先端がまなじりよりも下がった向きの、ふっくらした耳だろう。彼女はエルフだ。

 エルフという種族に対して、本編でそう多くのことが語られることはなかった。精霊が棲む森を故郷とし、その外縁には常に守り人がいるらしい。守り人は、精霊の森へと近づく者を排除し、静かで安寧な森の平和を維持する役目を与えられている。もちろん、最も危険な場所へと赴くため、その役を賜るのはもっぱら低い階級に属する者たちである。

 そして、ファスタフはそんな守り人であったのだ。


 しかし、彼女のはそれなりの家柄の生まれであり、こちらの常識に照らし合わせると貴族位にあるとされる。しかし、エルフにあるまじき落伍者の証として、あまりに愚鈍と言わざるを得ない魔法への天稟があったという。

 彼女は身体強化魔法くらいしか扱うことができないのである。この身体強化魔法というのはゲーム上では設定以外に出てこない魔法であるため、魔法学園にいながらにして彼女は魔法の一切を使えないキャラクターとして登場するのだ。


 魔法の才能がないと言われている俺でさえ戦闘に使えるレベルではないとはいえ魔法が使えるというのに……。


 ちなみに物理攻撃力は味方キャラの中で、最終的にぶっちぎりのNo.1に君臨している。最大まで鍛え上げるてバフデバフを駆使すると魔神をワンパンできるほどの性能だ。その細腕のどこにそんな力があるのか甚だ疑問だが、腕相撲したらきっと簡単に負かされるに違いない。


 エルフのほとんどの者が大多数の人間を遥かに凌駕する魔法の使い手であり、魔法が使えないというのは非常に重い枷として彼女にのしかかっていた……らしい。

 その故郷なる場所は本編に出てこなかったので詳細なことがわからないのだ。

 ファスタフちゃん可愛いなぁうぇへへ、なんて感想を抱きながら本編での彼女を見ていたくらいには、そのあたりのなんか重そうな事情はさらっと流されるのである。


 さて、そんな彼女がなぜ俺に声をかけたのかと言えば、彼女の右隣にリアンが、左隣に俺が座っているからだった。

 無視するほうがいいか、あるいは何か返答をしてしまうのがいいだろうか。

 こんなタイミングでオーレウスがファスタフに声をかけられるとは予想だにしていなかった。

 というか、こんな近くの席だったんだ。席順なんて本編に出て来ないものだから知らなかった。


 ちらりと彼女を一瞥する。

 別に、事情を知っていてもそれほどおかしなことでないはずだ。

 こいつは悪い奴だと思われる方がオーレウス的には都合がいい。


「他人の心配ができるほどの余裕があるんだなァ」


「……えっと?」


「なにせ魔法のひとつさえまともに使えないんだろう? お前も縮こまってるのがお似合いだ」


 しゅん、と耳が垂れさがった。


「聞いてるぞ。それで故郷にいられないんだってな」


 動揺に目が揺れる。


 うーん、ゲームの中ではこういう曇り顔も可愛いね、なんて思えたものだが……。

 俺自身がそういう顔をさせているのもあるのだろうが、どうにも気分が悪い。しかし、これもリアンに魔神を倒してもらうための布石。心を鬼にして臨まねば。


「ところでさ」


 ふいに、ファスタフを挟んで向こう側、リアンから声がかかった。


「君、誰?」


「え? 俺? オーレウス・バン・バルバードだけど」


 無表情なリアンと対照的に、ファスタフの顔色がさぁっと青白んだ。


「なるほど……。どうやら僕のことを知ってくれていたみたいだけど、改めて、リアン・ストルカートです。よろしくね」


「あ、あぁ」


 閉口する。

 何を言おうとしていたか頭からすっぽ抜けてしまったのである。


 きまり悪くなった俺は、目線を窓の外に向けた。

 横から小声でなにやら話しているのが聞こえる。会話の内容はまるで聞き取れないが、想像はつく。

 俺がバルバード家の人間であり、つまりこの学園内でもそこそこ幅を利かせられる人間だから危ないだとかそういう話だろう。

 先ほどの様子を見るに、ファスタフは名前を聞いてピンと来たらしい。彼女は学園にいられなくなると、途端に路頭に迷うことになるので、俺への接し方が慎重になるだろう。

 リアンは、そもそも今のところは学園のことに大した興味がないので、特別に思うところはあるまい。なんなら、消極的に学園を去る理由が欲しいとさえ思っているはずだ。


 だから何も臆することなく、リアンは俺に声をかけた。


「でさ、オーレウス君。君だって、魔法はそう得意じゃないだろう?」


「まあそうだな」


 なんか鳩が豆鉄砲食らったような顔してるな。

 俺も魔法が苦手なんだよなぁ。ファスタフのことを言えるほど魔法が十分に使えるわけじゃないし、身体強化して物理で殴るのが基本戦術なところについては彼女にシンパシーを感じているぞ。

 それでいて、物理攻撃力は仲間内で最も高くなるのだから、ファスタフに比べれば俺なんか魔法ねぇ物理もねぇ、剣技もそれほど高くねぇの三拍子である。所詮は序盤ボス、悲しいが戦いについてこれそうもないのである。


「……なんか思ったのと違うな」


 小さく呟いて、リアンは顎に手を置いた。俺とファスタフを見比べる。


「君、魔法が使えないことをどう思うの?」


 本編でオーレウスから二人を馬鹿にするために話しかけに行くことはあれど、そんな問いかけが出てくるシーンはなかった。ちょっとびっくり。

 魔法が使えないことにどう思うか、なんて言われても、俺は別に魔法がなくても不自由はないのだ。そもそも、オーレウスは兄や弟に魔法があって自分にないことについて、それはもうとんでもないコンプレックスを抱えていたが、俺にとってはどうでもいいことだ。

 跳んだり跳ねたり

 火とか水とか土とか風とか光とか闇とか、操れたらすごい楽しそうだからそういうことに向いてないのは残念だけれども。


 だから、思うことがあるとすれば、


「火を出せれば、色々面白い遊びができたかもな」


 これに尽きる。

 焼き芋とかやりたかった……。

 落ち葉もないところでこれほどの焼き芋を、なんて遊びだってできただろうに。

 しかして、俺はそういう魔法がてんでダメなのだ。残念ながらふんじばってライターくらいの火を起こすのがせいぜいである。まともに使えるのは、身体強化と魔法剣だけ。悲しい。


 きょとんとして、それからリアンとファスタスが顔を見合わせた。

 そして、二人で内緒話を始める。自分から話しかけてきたのに、ずいぶん失礼なことをしやがる……。


 だが、俺は敢えて序盤ボスとして敢えて憎まれ役を買って出てやっているのだ。その程度のことに目くじらを立てることもない。

 ま、まぁ、話が終わりだというなら、最後の一言を投げかけてやるのもボスの務めだろう。


「ふん、それだけか? ギルドのちびっこ平民と魔法も使えないエルフ、せいぜい仲良くするんだな」


 二人はこちらに顔を向けることもなかった。

 いや、やっぱりなんかチラチラ見てる。しかもひそひそ話してるの不安になるからやめてほしい。

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