一口ミステリーシリーズ

異端者

その1 夜の足音

 カツカツ……。


 高い足音が響く。まただ。振り返らずとも、背後の闇から聞こえてくるので分かる。

 二ヶ月程前から、つけられていると感じていた。

 ストーカー――なんで、私が? 正直、最初は信じられなかった。もっと優れた容姿の者など、幾らでも居るだろうに。

 しかし、ずっと付かず離れず夜道を歩いてきているのは事実だ。もう認めるしかないのではないか?

 私は足を早めた。背後の足音も早くなる。

 間違いない。ストーカーだ。


 どうして、私なんかを――


 あと少しで、人通りのある道に出る……それまで、何もなければいいが。

 背後を振り返ると、マスクとフードで顔を隠しているが、手には光るものがあった――刃物だ! まずい……刺される!

 最悪の想像が頭をよぎる。私がストーカーに刺されて横たわる姿が浮かんだ。

 早く、早く――

 私の足が更に早くなる。だが、後ろの足音はそれ以上に早くなった。距離がどんどん縮まる。

 早く、早く逃げないと!


「いきなり襲われて、気が付いたら相手の包丁を取り上げて――」

 血塗ちまみれの若い女性は、怯えた様子で警察官にそう説明していた。

「ふむ、襲われて仕方なく刺した、と」

 警察官は遺体を前にそう答えた。

 目の前には、冴えない中年男性の遺体があった。腹部には包丁が刺さり、おびただしい量の出血をしている。引き抜こうとしたのか、右手はそれを握っていたような形をしていた。

 他の警察の者が何やら指示している。

「詳しい話は署で聞かせてもらいますが……正当防衛になると思いますよ」

 警察官は遺体を一瞥いちべつすると言った。

 彼女をパトカーに乗るように促す。

「そうですか。すみません」

 彼女は申し訳なさそうにパトカーに乗った。


 カツカツ……。


 乗り込む時のヒールを履いた足音は、高い音だった。

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