たかが、犬

福倉 真世

第1話

「え、犬いるの?」

犬が好きだから君がうちに来たいと言ったとき

そんなこと言って本当は俺に気があるんだろって

実は内心自惚れてた


でも本当に君は純粋に犬が好きなだけの実に変わった女の子だった

ひとしきり俺のうちのゴン太を撫で繰り回して一緒に遊ぶだけ遊んで

んじゃあ犬欲満たされたから帰るわ、ときた


別にゴン太に嫉妬してるわけじゃないけど何となく対抗意識が芽生えたのは確かだった


でも、どんだけ美味しいものを用意しても

「ゴン太のおやつはないの?」

遊びに行こうと言っても

「ゴン太と一緒に遊べるとこならいくよ! 公園とか!」

二人きりになりたいと言っても

「ゴン太可哀想じゃん」


ゴン太、ゴン太、ゴン太。

犬、犬、犬。


犬好きだけど都営暮らしで犬飼えないって

そんな貧乏女相手にすることないって思おうとしても

なんか、ゴン太と遊ぶだけじゃなくて

「歯ブラシとか、耳掃除とかちゃんとしてる? しなきゃだめだよ」

なんて言ってゴン太の手入れもするようになった君の優しい手から目が離せなくなって

っていうか、ゴン太お前、膝枕されてお世話されていいなあって思ってる時点で俺の負けなのは明らかで


「将来は獣医になりたいんだ。うち貧乏だから国立行くしかないけど」

そういう君が、クラスの他の女子とは違って見えて

君が特別になればなるほどゴン太もなんか……たかが犬ではなくなって

でもそれが何か全然嫌じゃなくて、むしろ胸が温まるような感じで


俺はまだ親がかりのガキだけど

いつか君を幸せに出来たら、そしてそこにゴン太とかゴン太の仔犬とかもいたらいいのになあとか

夢みたいなこと考えてた


なあ、どうして


家に帰りたくないな、ずっとゴン太と居たいなって言った君の言葉の裏を読めなかったんだろう


俺はガキ過ぎて 君が大事すぎて その肌に触れたくても触れられなくて


君が服の下に沢山の痣を隠していたことに気づけなかった


俺は恵まれすぎていたのかな

美味しいご飯も、恵まれた教育も、「たかが犬」も、与えられて当たり前


想像すらしていなかったんだ

貧困がもたらすものの重たさ

今から思えばおかしなことは沢山あったんだけどな


……ゴン太さ、


鳴くんだよ

くーん、くーんって


いつまでも、いつまでも君を忘れないんだ


もちろん、俺も

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たかが、犬 福倉 真世 @mayoi_cat

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