第23話 そして再び
世界を震わす夥しい絶叫の数々。
ソレは勇む自身に向けてか、或いは奪った相手に手向けた最後の言葉だろうか。
隣で戦う
戦場とは、常に己の存在を賭けてその身を焦がし、星々の如き輝きを持ちながらも、一瞬で雑踏へと埋没する。
彼らの煌きこそが尊く、そして酷く儚い星の光であった。
この火炎が蔓延る戦場では、両者のどちらが煌めきを示し、墜ちていくのだろうか。
はたまた、どちらも何も示せぬまま血と土に塗れて消えていくのか。
満足に動かない体を起こして、魔導師は夢見心地でその光景を眺めていた。
魔導師は青年が連れてきた巨大な馬に乗せられて、離れた位置まで運ばれていた。
戦場で呆ける粗暴を、どうか許して欲しい。
しかし、目の前の光景はにわかには信じ難く、常軌を逸していたのだ。
考えられない。
最高峰の魔導師たる
誰もがその力に畏怖し、相対するには同じ階位に立つ他ない者たちの総称であった。
その栄誉を授かった文字通りの超越者を相手取り、鉄の玩具で以て立ち向かう愚か者。
当たり前を得られなかった、ただの青年。
それがどういう訳か、何故こうにも――
「互角…………!?」
今まで数えきれない魔導師が犠牲になった
ありとあらゆる術式を駆使しても、一蹴する絶大な魔法。
真正面から挑むことを許される存在は、同格か、もしくはそれ以上のはずである。
だが、青年はただの一度たりとも魔法を使ってはいない。
何故そう言い切れるのかと言うと、魔法を扱う際には必ず魔力の流れが発生するからである。
それが、未だ青年から感じられたことがないのだった。
青年は、荒れ狂う火炎の暴風に、青年にとっての武器で挑んでいた。
「あなたは何者なの……」
魔導師の呟きに、傍にいた猛馬フランメヴィントの鳴き声が同調した。
彼の戦場は、五年前と全く同じ。
辺りは赤で塗り潰され、皮膚を焼く熱気があの日の記憶を鮮明に呼び起こす。
悪夢であった。
あの日から、失う悲しさを知った。
僅かに掬い取った光の粒が、ぽろぽろと両の手から零れ落ちていく辛さを思い知らされた。
始まりであった。
あの日から、戦う決意をした。
もう失いたくないと、声を上げて誓った紅蓮の夜。
そして、自分の運命と向き合う覚悟を決めた。
後に、町に禍を齎した
この五年間、忘れることのない響き――炎を司る死の権化、ファウスト。
一帯は既に火炎が広がり、まともに呼吸すら許されない。
長引けば、不利になる一方である。
カイン・シュベルトは、肺が炎の熱でやられないように、外套で口を覆った。
残り少ない酸素を無駄にせず、
行く手を阻むように、特大の炎弾が三つ、光環を輝かせて迫ってきた。
「はああッ!!」
一閃。
ひと呼吸の内に三つの炎弾を、一刀の下に斬り伏せた。
二つに分かれた六つの炎塊は、普段ならば
これで何度目だろうか。
次いで四方から強襲する炎槍を紙一重で避けると、
最後には炎槍を二つまとめて斬り払った。
その動きに一切の無駄はなく、二度目の会合とは思えないほど、対処に余念がなかった。
カインは、あの日から毎日この時が来るのを待っていたのだ。
かつて、優しい人たちを失った。
決して失いたくない人たちと、もう会うことは叶わなくなった。
声を聞き、優しさに触れ、共に笑い合った――記憶は色鮮やかな光を放ち、今も一切曇ることはない。
握る剣に一層力が籠る。
見据えた相手は、ここにいる。
散らした火炎は数知れず、カインの前で粉にして消え去った。
「負けない。お前の結末は、俺がつけてやる」
カインの様子に、
塵に等しい記憶ではあったが、
「相変わらず、奇怪な真似を……何故貴様のソレは、我が炎によって焼かれない? 何故我が
怒気の籠った
「理解しなくていい。ただ現実を受け入れろよ。もしそれが無理だというのなら、幻想だとでも思えばいいさ。夢を見るのも楽なもんだろ」
「口の減らぬ小僧が。その程度の所業で図に乗るな!」
先端に大きな宝石を妖しく輝かせ、周囲を歪なオブジェクトが周回する
格としては最上級の魔装であった。
淡い紫に染まった光が
カインは、
鎌を裂いた途端、炎槍と同じく跡形もなく消し去っていく。
「チィイ」
カインも同様、心の中で舌打ちをする。
相手に気付かれないように自分の右手に目をやると、大小様々な火傷を負っていた。
幾ら
剣の攻撃範囲上、限界まで近づかなければならなず、魔法に直接触れずとも皮膚は焼かれ、徐々に使い物にならなくなっていくのは明白だった。
魔法で熱を遮断することも出来ず、近接攻撃しかないカインにとっては、
だが――
「こんな痛みで、臆する繊細さなんて……もう持ち合わせてないんだよ」
距離を離せば、それは即ち自身の敗北を意味する。
この生死をかけた愚直な追いかけっこしか、カインに道はなかった。
だからこそ、
お互いの距離は、大凡五十メートル程。
これならば、大小含めた様々な形態で
(先の鎌は防がれはしたが、焦ることはない。からくりは未だ分からないが、こちらには無限とも言える魔力がある。幾度となく火炎を奔らせ、その正体を暴いて見せよう)
だが、接近戦だけは、避けなくてはならない。
(どのような方法で我が
近接戦に持ち込む必要がないのは、寧ろ
距離がそのまま
周囲を呑み込み、氾濫し、蹂躙する。
その基本
それが、ファウストを
「夢などと現を抜かす輩には、こういう趣向がお似合いであろう」
「今更そんな火炎じゃ止まれないぞ!」
吠えると同時に剣の一閃で道を斬り開いた矢先、カインはその脚を止めてしまった。
そしてひと時の間であったが、あろうことかこの大事な一戦の中で呆けてしまった。
カインの動揺に、
(あそこには、火炎の檻に閉じ込めた獲物がいる。中には餌も用意した。とびっきりの餌であろう。さぞ、愉快な光景となるはずだ。これほどまでに侮辱されたのだ。生半可な醜態などでは気が済まぬ)
一対の流れるような剣閃が、この戦いの中で初めて動きを止めた。
カインの目に映ったのは、火炎の塊であった。
他と違いがあるとするならば、それは過去に見知った温かな表情であったこと。
ここで口にすることのない懐かしい響きを、カインは何年振りに口にした。
「ゲイル――さん」
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