第15話 守りたいモノ
「
ゲイルは信じられないものでも見るように、呟いた。
嘘であってくれと、祈りさえしたほどだ。
高熱地帯の中、鳥肌が立ち寒気さえし始めた。
世界でも僅かしかいない最強の魔導師。
それも、
それが今、目の前で町を、皆を、愛すべき者たちを傷つけている。
(守れるのか、私に――?)
強大すぎる相手に、
だが、次にはその手を包込む暖かさを感じた。
「ゲイル、私たちが守るべきモノを守りましょう」
手に添えられた妻の暖かさに、ゲイルは自分がすべきことをはっきりと理解した。
「この命を賭けて、守るべきモノを守る。そのために、今我々はここにいる! 貫き通そう、己が信念を!」
血を滾らせ、命を賭ける。
ゲイルの鼓舞に、他の魔導師たちの心に、再び火が灯る。
その火は
愛する者を暖かく包み込み、勇気を湧き上がらせる優しき光である。
そこには自身の死を容認し、大切なモノを護る覚悟を決めた守護者たちがいた。
「皆の者、我らが信ずる
ホセの掛け声に、魔導師たちは自身の杖を掲げて応じた。
「其方、今直ぐ避難所にいる者たちにこの町を離れるよう伝えるのじゃ。あやつは、このまま町ごと消し去ることすら容易いじゃろう」
ホセは町一番の速さを誇る魔導師に告げる。
魔導師はこの場に残る皆に向け一礼した後、瞬く間に見えなくなった。
これで、後顧の憂いは無くなった。
「往くぞ、
イニシオに住む魔導師たちの様子にほくそ笑みながら、
「全力を尽くせ。我を楽しませろ。手を抜けば、気付いた時には灰と化すぞ」
瞬間、驚く程の速さで魔導師たち目がけ、火炎が飛来してきた。
槍のように突き出された十一もの火炎に、何人もの魔導師が貫かれ飲み込まれる。
だが、
一拍置くことなく二十三もの軌跡を描いた火炎の群れへと変貌し、周囲の魔導師たちを強襲した。
「―――速いッ!? ぬおおお、『
最上級魔法による光の鎖が、ホセの
形なき火炎十八を捉え、拘束した。
本来ならば捉えた対象を浄化し消滅させる光魔法なのだが、魔力量の違いからか、光の鎖が刻一刻と溶解されていた。
「くはぁッ――時間がない! 儂の魔導術式であやつの対抗術式を超える。詠唱の時間を稼ぐのじゃ!」
「分かりました! みんな、町長のために時間を稼ぐぞ!!」
ゲイルを中心とした一個団体がホセの前に集まり、拘束した火炎を破砕すべく杖を振るう。
「そう簡単にはいかぬよ」
先に放った残りの火炎が何人か焼き殺した後、拘束している鎖へと襲い掛かる。
「させません!」
「そう簡単にいかせないよ!」
ナルやローザ、他の魔導師たちが各々の魔法、魔導を駆使して、鎖の破壊を防ぐために健闘する。
空中で衝突した魔法が燦々と煌き、火花を散らせた。
「面白い。では、これはどうか」
更には複数の中型炎弾も打ち出され、そのどれもがホセを標的に狙っていた。
「皆、炎弾は任せた! 出し惜しみなく、全力で防いでくれ!」
「こっちのデカいのはワシらが抑える!」
「お二人共お願いします」
「任せな、ウチの旦那とのコンビネーション、見せてやるさね」
ゲイル、トイ、ナル、ローザの四人が各々の杖を前に付きだし、それぞれの魔力を直結させて魔法を発動させる。
『
――連結魔法――
せり上がる天然の要塞の正面に、四つの魔法陣が浮かび上がる。
特大の炎弾を真正面から要塞が受け止めると、その余波で周囲の建物が倒壊した。
それでも勢い留まらぬ炎弾を前に、徐々に魔法陣に亀裂が入っていく。
〝はあああああああああああああああああああああああああああああああああッ!!〟
四人が魔力を注ぎ込みながら炎弾を押し留めていると、他の魔導師たちも己が魔力を要塞へと注ぎ込み、全身全霊を以てこれに対抗した。
ホセへと迫る中型炎弾。その数は、目にして約三十二に及んだ。
それを、倍の魔導師で食い止める。
撃ち落とすために放たれた色とりどりの光の筋は、流星のようでありながら奇怪な炎弾の軌跡に半数も当たらない。
ならばと、魔導師たちは互いに交差した杖による連結魔法の防壁を展開するも、炎弾の威力から次々と防壁に亀裂が生じ、僅かな時間さえ止めることが敵わなかった。
皆一様に、炎弾に貫かれて炎上した。
それでも、数は減らせている。
「残り十七。町長に攻撃を届かせるな。皆己の覚悟を見せる時だ!」
とある魔導師の鼓舞に応えるようにして、各々自ら炎弾の前へと飛び出していく。
体に纏った魔力の膜は、普段なら外部との接触を断つ役割を持つが、そんなもの
だが、例え刹那であっても炎弾の動きは緩慢になる。
その一時を狙い澄まして、相殺する魔導を詠唱する。
残り八つ。
炎弾の動きが変化する。
一人につき二つの炎弾が襲い掛かり、刹那の停止すら存在しない。
ならばと、三人で身を焦がす。
残り五つ。
対抗可能な魔導師は、残り僅か。
あちらでは、特大の炎弾をゲイルら四人の魔法に十数名の魔導師が魔力を注ぎ込んでいた。
再び、残りの魔導師たちで連結魔法を組む。
残りの炎弾五つが障壁へと激突した。
その身にある魔力の全てを注ぎ込むも、数秒の拮抗を以て魔導師たちの魔力が尽きた。
次には、彼らは火炎と同化し、意識を失くしていった。
ありったけの魔力を込めた要塞に、炎弾の動きが停止した。
「やるではないか。しかし、我が劫火は思いのまま。我が意思により無尽の大空を往く」
「いけな――」
ゲイルの絶望的な声が上がった。
叫ぶよりも先に体が動く。
だが、そこでホセと目が合い、ゲイルは動きを止めた。
「――っ」
「万象の理よ 示せ 天に描きし蒼天の星と共に 大地に降り注がん 数多ある幾星の輝き その身に宿せ 清浄なる光輪の一筋 『
術式起動詠唱最大八節の内、七節からなるホセが持つ最高の魔導術式。
術式起動に充てられる詠唱の節の数で、その魔法に備わる効果や威力は段違いとなる。
だが、ただ言葉を添えるだけでは術式としては機能しない。
一節一節が導かれる魔法と調和するように慎重に術式を組まなくてはいけないのだ。
これには深く魔法を理解すると共に、術式の精度やそれを操る術者の力量に卓越したものが無ければことに及ぶことすらも出来はしない。
だが、それが為せるのであれば、結果は歴然であるのは語るまでもない。
直後、直径十メートルからなる光の円柱が、
「こ、この規模は――ッ」
初めて見せる
それが意味するものは――
「これで終わりじゃッ!!」
本来、ゲイルたちが炎弾を防ぎ終わった時には、ホセも術式を発動することは可能であった。
しかし、ホセは自身を囮にすることで
特大の炎弾であれば、ホセの攻撃を防ぐことも出来ただろう。
だが、今は姿を変えてホセへと迫っている。
ホセに飛来する火炎では、
役割を終えたと思っていた中型炎弾が、まだ生きていたのだ。焼却する魔導師を糧に威力を上げて、
間髪いれず、炎の障壁と光の光線が激突する。
拮抗は僅かだった。
やがて光の光線は威力を失っていき、徐々に魔力が薄れていった。
「後は、任せるぞ―――」
防ぐ猶予もなく、ホセは降り注ぐ流星に呑まれて、その姿を塵と化した。
その最期を横目に、光芒に目をやりながら
「クハハハハ。いや、今のは誠に危なかった。ここまで楽しませてくれるとは、下賤の輩だと侮っていた。非礼を詫びよう、灰の諸君」
無駄だった、と。
彼らの決意も、意思も、燃え尽きては跡形もない。
だが、ホセの行動が無駄であるはずがない。
あってはならない。
直後、
そこで目にしたものに急ぎ迎撃の構えを取るが、もう遅い。
「深淵深き奈落の果て 境界裂ける亀裂が謳う 元素の全てを紡ぎ 暗黒へと誘わん――」
ホセの真の目的。
自身の魔導術式すらも囮とした真意に気づいたゲイルは、その機会を逃さなかった。
歯を噛み締めながら、
それは何より、その身を犠牲にしたホセのため、この一瞬を齎してくれた仲間たちのためにも。
「光は闇となり 闇は冥府に誘われる 全を一とし、
ゲイル一人では足りない魔力を、ナルが補う。
二人は手を握り合いながら、互いの杖を交差させる。
全てはこの一時に、全魔力を込めて。
『
直径十メートル程の内側では、中心に圧縮される重力が暴力的な威力を持って、
「こ……これは――ッ、があああああああああああああああああ!!」
二人で紡いだ八節の魔導術式。
最大最高奉の魔導の威力は、
「これで――!!」
「決まれえぇぇぇ!!」
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