未来からの手紙

せとあきは

部屋に謎の手紙が……。

 俺の中学生時代は実に多忙だった。


 朝六時には家を出て学校に向かい。下校も下校時刻ぎりぎりの一八時で家に帰ると二一時近くになっていたこともあった。 朝の時間は予習を放課後は皆で宿題をしていたのだ。 


 そこまでしないと俺の頭では“自称”進学校の中学校とはいえ、勉強についていくことができなかったのだ。


 そのような中学生時代を送っていた俺の元に不思議な手紙が届いたことがある。


 その日も帰宅時間が遅く二十一時を過ぎた頃だった。


 くたびれて自分の部屋に入った俺は机の上に手紙が置いてあるのを見つけたのだ。


 その封筒には住所宛名は書いてなかったので、郵便で届けられた手紙ではないことは明らかだった。


 俺の母親がこんなことをするとも思えない。そうなると……これはまさに謎の手紙としかいいようがなかった。裏を見ると、「未来の妻より」と書いてあるのを見つけた。


 未来の妻ってどういうことだよ。俺には今彼女さえいないのだぞ。一体誰だ! こんなふざけた封筒を置いたのは!


 一応念のため読んでみるか、と思い。手紙の封をペーパーナイフで丁寧に開けて中の便せんを取り出してみると、丁寧な明らかに女性の字だとわかる文字が書かれていた。


 そこには。



 こんにちは。


 突然手紙を置いてすみません。大変、驚いたことでしょうね。


 私は未来のあなたの妻です。この時代の私があまりにも恋愛について奥手なので助け船を出すべく、あなたに手紙を書いたわけです。


 どうして? この時代の私にこの手紙を置かないのかって?


 それはあなたから声をかけて欲しいからですよ。この時代の私が急に積極的になったとしてもあなたはきっと気付かないでしょう。私は“あなた”の未来の妻ですから、私にもそれぐらいわかります。


 私は誰か? だって? それは秘密です。


 今あげることのできるヒントは同じ学年の中に居るということです。


 それではまた手紙を書きますね。


 追伸


  実際に会って話をするのも良いのだけど……。今の私にはあなたに会える勇気がないのです。それに会ってしまったら――私の気持ちを抑え切れそうにありません。


 未来の妻より



 と、いうことが書かれてきた。


 未来の妻って誰だ。同じ学年と言っても二百十人近く居るんだぞ。その中に女子が何人居るかは知らないが……わかるわけないじゃないか……。」


 だが、学年の中に俺のことを好きな女子がいると思うと悪い気持ちはしなかった。


 俺は明日学校に行くのがほんのちょっぴり楽しみになった。

 



 翌日、当然のことだったが、まったく誰かわからなかった。


 遠くから俺を見つめている女子でもいるのかと思ったが、そんな女子居るわけなかった。それにそんな人が居るとしたら、すでに気付いているはずだ。いや? そうでもないのか。手紙には俺はきっと気付かないと書いてあった。何かも見通されているようで、なんだかあの手紙を気持ち悪いものだと、今更ながら感じてしまった。


 その日も机の上に手紙が置いてあった。また謎の女からの手紙である。


 こんにちは


 あのヒントで私が誰かわかりましたか?


 やっぱり、あのヒントじゃ私が誰かわかりませんよね。


 思い出してみると、私達の学年は人数が多かったですね。たしかG組までありましたっけ?


 なので、もっとヒントをあげます!


 私は、今のあなたと同じクラスに居ます!


 これでかなり絞り込めたでしょう? 是非、この子だと思った女の子に声をかけてみて下さい。でも、間違って声をかけてしまってその子と付き合うようになったら嫌だなあ。


 大丈夫! あなたなら私を見つけられるはずよ。だって、私達は夫婦になるのだから。きっと、この時代の私は喜んであなたの話を聞いてくれるわ。


 追伸


 男の子の部屋に必ずあると言われる例の本を探してみたのだけど……あなたの部屋にはそんなものないのね。なんかガッカリしたわ。勉強だけせずに、女の子の事にも少しは興味を持ったらどうなの?


 未来の妻より

 



 ゲッ、部屋をあさったのかよ。なんという女だ。こんなのが未来の俺の妻だと思うと涙が出てくるぜ。


 ただ、これで範囲が学年中からクラス中に絞られた。


 さて、誰なのだろうか?


 誰にでも明るいHさんか。それとも不思議な雰囲気を漂わせているKさんか。妙に俺に話しかけてくれるNさんか。学年一の美少女と言われるOさんか。それともポニーテールが素敵な、Sさんか?


「わからねえなあ。もうちょっとヒントをくれよ」


 俺は手紙の文面に向かって文句を言うのであった。

 



 これまた翌日、誰か探すべくクラスの女子の反応を観察した。


 もちろん、まったくわからなかった。


「私はこの子だから声をかけてください」と、最初から言ってくれたほうが断然わかりやすい。


 そろそろ次の手紙ぐらいで正体を明かして欲しいものだ。


 その日は手紙よりも、とんでもないものが部屋に置いてあった。


 俺のベッドに見知らぬ女が寝ていたのだ。


 あまりの衝撃に「誰だよ!」と、つい口に出してしまった。


 そして一瞬、親戚のお姉さんかと思ったが――こんな顔ではなかった。


 不審者として通報しようかと思ったが、やめておいた。きっと、この女が未来の妻に違いないだろう。寝顔からクラスの誰か考えてみたが、まったくわからなかった。


女の顔は大人になると変わるということなのだろうか?


 歳はいくつぐらいだろう。二〇代の後半だろうか?


 大学を卒業したばかりだという中学の先生よりも年上には見える。


 そのような事をを考えていると、謎の女は目を開いた。


「あっ! やばい! 私寝ちゃってた!」


「やあ。どうも。それでどなたさんかな?」


「あ! やばい。逃げないと! まっいいか……。学生時代のあなただ! かわいい!」


 そういうと謎の女は俺に抱きついてきた。


 大人の女の香りがした。突然のことで驚いたが、その柔らかさには悪い気はしなかった。 今度は謎の女は突然泣きじゃくり始めた。


「ベッドに染みついたあなたの香りを楽しんでいるうちに寝てしまったの。よかった……。本当によかった……」


「何がよかったんだ」


「もう、本当の事いうわ。私、本当は未来のあなたの妻じゃないの」


「じゃあ誰なんだよ」


「そうなる予定だったのよ」


「そうなる予定ってどういうことだよ」


「あなた、死んだの」


「はっ?」


 俺は死ぬという女の言葉に衝撃を覚えた。人はいつか死ぬ。それは間違いない事実だが。この女の口ぶりからみるとろくな死に方ではなさそうだ。


「私ね。二〇代の後半になって、アラサーと言われる歳が近づいてきて婚活に焦ったのよ。それでね。実は私は学生時代からあなたに片思いをしていて……。あなたのことが忘れられなかったの。学生時代のネットワークやSNSを駆使してあなたを探したわ。そして、やっと見つけた時にはあなたはバイク事故で意識不明の重体だったの。あなたは私の目の前で亡くなったわ。私が早いうちから――あなたの隣に居ればあなたは無謀な運転なんてしなかった。事故なんて起こらなかったはずなのに……。と、神様に祈ったら部屋に過去に繋がる穴ができたの。その穴はこの部屋に繋がっていたというわけ」


「俺が死ぬ件は――まあいいや。それで、あなたは誰なんだ?」


「まだわからない?」


「わからねえ。そうだな……Oさんか?」


「違うわ。あんな女と一緒にしないでちょうだい」


「じゃあ、Nさんか」


「あの女、あなたの事狙ってたのよ」


「違うのか……じゃあSさんか」


 謎の女の髪型はポニーテールではなかったが、どこかSさんの雰囲気が残っていた。


「ありがとう……わかってくれたのね」


 どうやら正解だったらしい。


「この流れから行くと、明日Sさんに声をかけろということだな」


「そうしてちょうだい、私喜ぶわよ」


「でもNさんも俺の事を好きなんだよな? そっちに声かけたら駄目なのか?」


「……。今すぐここで本懐を遂げるしかないようね……」


 未来のSさんの目がとても恐ろしいモノに変わっていくのを俺は見た。


「冗談だよ……」


 すると未来のSさんの目が元に戻った。


 女の恐ろしさをこの時俺は思い知った。


「よかった……。でもね、私の世界の未来は変えられないの。私は帰っても一人のまま……でもね、この世界の私が幸せになってくれるならそれでいいわ。さよなら、私は帰るね」


 彼女は俺の部屋の押し入れに向かった。そこに未来からの穴があるのだと思った。


 俺は彼女を帰してはいけない気がした。


 俺の心のどこかが、そう叫んでいたのだ。


「せっかくだから……もうちょっとゆっくりしていきなよ」


 帰ろうとした彼女は振り返って俺を見た。その顔には涙が見えた。


「いいの? だって私……今のあなたから見たらおばさんよ。それでもいいの?」


 この女は何を言っているのだと思った。何が良いのだろうか。


 俺は人が良いので「いいの?」と聞かれてしまったら「いいよ」と答えてしまうのであった。


「いいよ」


「じゃあ、今晩だけここに居させて。あなたの隣で寝させてちょうだい。私はあなたの隣に居るだけで幸せなの……」


 その日、俺は女性の隣で寝るという初めての経験をした。ちなみに……本当にただ隣で寝ただけだった。


 この点は重要な点だ。


 朝起きると彼女は消えていた。押し入れにも何もなかった。


 これが俺が学生時代に体験した不思議な出来事の話のすべてだ。




「ご飯できたよ!」


「今いくよ」


 ふと、私は学生時代の不思議な体験を思い出した。


 どうして今の瞬間まで忘れていたのだろう?


 そして目の前には――あの日部屋に現れた女性の姿がある。


「じつはね、君に学生時代に会ったことがあるんだよ」


「当たり前じゃない。同じクラスだったのだから」


「それはね――」


(了)

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