第10話 クマーン・トーンの願うもの
「ああ、やっぱり」デーン伯父は呟いた。聖は右の眉を少し上げて見せた。デーンさんはすでにお見通しでしょうが、一応、最後まで聞いてね、という合図らしい。
「Sさんは急いでドアを閉めてから、スマホを取り出し、父に電話をかけて来ました。キャンプ仲間から父の事を聞いたとかで。なんとかして欲しい、とのことでした。自分の力ではもうどうしようもない、警察にも頼れない。お寺や拝み屋さんを頼りたいけれど、なにしろ霊は外国人だし言葉が外国語だし、自分が通訳しなくてはならないんじゃないか、とか、いやそもそも外国から持ってきた呪物だから、と断られるんじゃないか、とあれこれ考えてパニックになって泣きついてきたようです」
聖なるここまで一気に話すと、Sさん、気が動転したって言ってますけど、変なところで冷静ですよね、しかも心配するところはそこじゃないっていうか、と少し笑った。
「で、父に「とにかくその呪物をもってこい」と言われ、泣く泣く部屋に戻り、目をつぶってその塊を棚の上から引きずるように降ろし、抱きかかえて、そのまま走って部屋の外に飛び出したそうです」
タイの呪物は世界的に有名だ。有名な寺院が配る由緒正しいプラ・クルアン(お守り)もあれば、いきなりブームが来て、また潮が引くようにブームが去っていく願掛け人形みたいな呪物もある。こうした呪物はご利益ありとみなされると、口コミで広がり、爆発的な需要が引き起こされる。タイには無数に存在する呪物を扱う専門の雑誌もあるし、高額取引されるようなマーケットも存在する。興味のない外国人から見れば不思議な世界だろうが、中には霊的な力を借りてでも一攫千金当てたい輩も存在する。タイの呪物はこうした世界中の物欲を追求する人々を引き付けてやまないのである。
ホンはこういう呪物ブームに対して冷ややかな気持ちを抱いている。結局、楽して儲けたいという考え方でしかない、と思うからだ。ソンクラーン正月の時に子どもに取り付いた霊だって、大人たちの物欲エネルギーが集まったものに他ならない。宝くじの当選番号を当てる木なんて、バカバカしい。そんなのを拝む時間があったら、働けば良いのだ。
「宗教心はあるけれど、働いても働いても貧しい生活を送る農民を救済しようとして、新しいクマーン・トーンは生み出されたんだ」デーン伯父は、ホンの心を見透かすように離し始めた。
「最初に作った坊さんは、信仰心は篤いけれど、貧しい生活から抜け出せない農民たちを救おうと考えたんだ。火葬場の土と呪文、呪符。それで作り上げた土人形に「クマーン・トーン」と名付け、農民たちに貸し出す。農民たちが大切に祀って、その甲斐あって生活が豊かになったら、借りていたクマーン・トーンを寺に返す。そして、またそのクマーン・トーンを貧しい者に貸す。そういうものとしてクマーン・トーンは生まれ変わったんだ」
「なるほど。でも、デーンさんの話では、このSさんが買った塊はそうしたクマーン・トーンではない、とのことでしたよね」
「ああ」
「では、やはり…その…クン・チャーンなんとかという本に出てくる、妊婦のお腹を裂いて…その…そっちの使い神みたいなクマーン・トーン、ということでしょうか」
「いや、そっちでもない」
「では、これは…?」
「ただの赤ん坊のミイラだよ」
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