《銀の丘》3
丘の上の花々に別れを告げて、リィゼはゆっくりと歩き出した。
銀の花びらが背後で風に舞い上がり、朝陽に透けながら空へと消えてゆく。
まるで誰かが、そっと見送っているかのように。
石畳へと戻る頃には、王都の鐘がその一日の始まりを告げていた。
遠くから響くその音は、どこか不吉で、けれども抗いようのない現実の音でもあった。
「戻ってきたのですね」
王宮前の門に立っていたのは、老臣ファルクスだった。
彼の顔には安堵が浮かんでいる。
「……戻ると告げたでしょう」
リィゼは淡々と応じた。
「私には、逃げる場所などないもの」
ファルクスは目を伏せ、小さくうなずいた。
「王と議会は、まもなく“緊急協議”を開始いたします。あなたの在り方について、あらためて……」
「そう」
リィゼは短く息をついた。
目を閉じれば、丘にいた幻兵たちの姿が浮かぶ。
ディクソンの無言の眼差し、風に溶けていった祈りたちの残響。
――私はあの沈黙に赦された。
「王の命により、あなたの発言の場は設けられます」
「……なら行きましょう」
リィゼは重い外套の裾を翻し、宮殿の回廊を歩き出した。
***
議会の大広間は、すでにざわついていた。
重厚な石造りの天井。絢爛な王家の紋章。その下に並ぶ議員たち。
その視線が、一斉にリィゼへと注がれた瞬間――空気が変わった。
「……あれが魔女か」
「かつての災厄の元凶……」
「いや、あれがいなければ勝利もなかった」
さまざまな思惑と感情が、まるで目に見えるように渦巻いていた。
中央の玉座には、若き王セイルが座していた。
その眼差しはまっすぐに、リィゼの姿を捉えていた。
「リィゼ・クラウス」
王の声が、静かに響いた。
「我らは今、そなたの力を恐れている。だが同時に、感謝もしている。私はそなたを封印したいとは考えていない」
「王よ!!」
再封印派と思われる男が声を荒げるが、セイルは気にせずに言葉をつづける。
「この場で申し伝えたいことはあるか?」
「ええ」
リィゼは、凛とした声で応じた。
「私は、封印されることが、この国の平穏につながるのなら――それでも構わない。
けれど、その決定を下す前に、私は“語られるべきこと”を語りに来た。
幻兵たちは、生きた人の祈りから生まれた。 彼らの存在は、亡き者たちの想いが今なおこの国を守ろうとしている証。 彼らの声なき祈りを、耳を塞がずに受け止めるべき。
言いたいことはそれだけよ」
静寂。
その静けさは、刃より鋭く、しかしどこか澄んでいた。
若き王の瞳は、どこまでも真っ直ぐだった。
リィゼは、そっと瞳を閉じた。
数秒の後大広間を後にした。
丘に咲いた銀の花々の香りが、遠い風のなかにまだ残っている気がした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます