第29話 身構えてない時に死神が来た

朝宮新視点


自宅の玄関前に着いたところで、三津原さんが言った。


「じゃあ……たぶん、本棚の奥にカバーをかけて隠してるんじゃないかな? 朝宮くんが“バレない”と思ってる場所って、そこじゃない?」


……え?


あまりにも正確すぎて、思わず固まる。


「……えっと、三津原さん。なんで今回“隠すもの”の正体まで……?」 「え、当たってたの? 当てずっぽうだったのに」


こっちは笑顔。でもこっちは笑えない。


「……」

全身から血の気が引くって、こういうことか。


「新、早まるなお前にはまだやるべきことがあるだろう」


冗談半分でベランダの手すりに登ったところを、悠二に無言で引き戻される。

ありがとう。今は君のその強さがまぶしいよ。


「ほ、ほら、男の子なら誰でもそういう本の一冊や二冊は持ってるものでしょ? 気にすることじゃないよ?」


三津原さんの優しいフォローが、逆に胸に刺さる。

なぜなら、それは“完璧な優しさ”でできた追い打ちだから。


「とりあえず……わかったよ。隠してくるから……」


情けない声を絞り出して、俺は靴を脱ぎ捨てるようにして部屋へ入った。



---


三津原詩織視点


「……悪いこと、しちゃったかな」


ポツリとそう呟くと、隣の悠二くんがちょっと微妙な顔をしていた。


「ま、まあ……男の尊厳ってやつだな」


その反応を見て、ああ、やっぱり恥ずかしいんだなと納得した。

女の子にはない感覚なのかもしれない。というか、私だったら……そういうのを見られるのは――新くんには絶対に嫌かも。


(悠二くんになら……まあ、別に見られても平気だけど)


うん、それはそれで複雑だけど、やっぱり“相手”によるんだろうな。幼馴染と、それ以外の距離感の違い。気にする相手って、たぶん特別なんだ。


そんなことを考えていたら、玄関から新くんの声が聞こえた。


「お待たせ。ひとまず部屋も片付けてきたから、入って」


「おう、お疲れさん」


悠二くんが肩をポンと叩く。慰めるような、仲間意識のような、なんとも言えないジェスチャー。


「お邪魔します」


部屋に入ると、思ったより整っていた。入学のタイミングで引っ越してきたばかりのはずなのに、段ボールの山一つない。

きっと几帳面なんだろうな。意外と。


「さて、それじゃあ……どこにしまったのかなぁ~?」


「……三津原先生、お願いします」


「誰が先生ですか」

 

 苦笑しながら部屋を見渡すと、ベッド、机、本棚、押し入れと、きっちり配置された生活空間があった。とりあえず押し入れを開けてみる。


 押し入れの戸を開けた瞬間、目に飛び込んできたのはずらりと並んだトロフィーたち。小学生の頃のサッカー大会、書道コンクール、そして――最近の空手の大会のものまで。


「へぇ……すごいね、新くん。頑張ってきたんだね」


そう言いながら、トロフィーの裏側に手を伸ばす。……ある。


「……やっぱり、ここだったね

 へぇ……“ハーフの巨乳系”かぁ」


「ぐああああああぁぁぁぁ!!」


すごい声が背後から上がる。


「新! 落ち着け、傷は浅いぞ!」


「ころ……して……くれ……」


「生きろ、新。君にはまだ未来がある……!」


うん、わかったよ。新くんの“趣味”がわかったよ。何も言わない。何も言わないけど、ちょっと顔は熱い。

そして、その一冊をそっと閉じながら、彼がこれを“すぐに見つからない場所”にしまおうとしてたことも、ちゃんとわかってる。


「これだとすぐに見つかっちゃう、ってわかってたみたいだね。ちゃんと、考えてたんだ」


「もう……やめて……詩織さんの声が……心に刺さる……」


……ああ、やっぱり悪いこと、しちゃったかもしれない。

でも、ちょっとだけ、楽しかったな――なんて思う私は、やっぱりちょっとズルいのかもしれない。


カモフラージュのつもりだったんだろう。確かに、目立つトロフィーの奥に“何か”を隠せば、普通は気づかれにくい。でも、そういう“普通”じゃ通用しないのが私です。


「ふふっ、努力は認めるよ。けっこう頑張ったね、新くん」


背後から追加の絶望の呻き声がした。


朝宮新視点


「な、なんでわかったの!? いや、本棚の奥って言われたから、そこからわざわざ場所移したんだけど!?」


「んー……直感?」


「直感で隠し場所を特定しないでください!」


膝から崩れ落ちる。やっとの思いで隠したというのに……。あれやこれやのカモフラージュ、トロフィーのバリア、防音構造(古新聞)。すべて見抜かれていた。


「だってね、棚の中、トロフィーの置き方が不自然だったんだもん。あとね、空気の流れも微妙に違った。押し入れの戸、閉め方甘かったし」


「え、探偵……? もしかして三津原さん、探偵なの……?」


「んー、ちがうよ。ただ……“新くんだったらこうする”って、なんとなくわかるだけ」


にこっと微笑まれて、心臓が一瞬止まりかけた。


あ、これダメなやつだ。


「詩織、やめてやれ。新が成仏しかけてる」


「そっか、ごめんね。でも……新くんの“隠したいもの”、ちゃんと大事にしてたんだなって思ったら、なんかちょっと可愛いなって」


「……」


褒められてるのか、慰められてるのか、煽られてるのか、もはやわからない。


けど――


「……俺の人生、終わった気がする」


「じゃあ、葬式の花は白百合にしてあげるね?」


「やっぱ三津原さんこええよ!」


俺の“最後の砦”は、見事に破られた。


でも――不思議と、嫌じゃなかったのはなぜだろう。


たぶん、“秘密を見抜かれた”というよりも――

“俺を見られてた”気がして、ちょっとだけ、心がくすぐったかった。

 

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