第12話 いつまでも続いてほしい時間

──『ディスカポネ』店内。


「いらっしゃい、テスト期間お疲れ様」

店内に入ると以前のように店主の結花さんが迎えてくれる。


「ごめんなさい結花さん、いきなりなのに。」


「いいよいいよ!暇してたしね。

 そしたら奥のテーブル使ってていいよ、ゆっくりしていってね」

 

奥のテーブル席に座った俺たちが注文を済ませてしばらくすると扉のベルが軽やかに鳴った。


「おまたせー!」


先に現れたのは、栗色のポニーテールが元気に揺れる少女──梨音だった。


「お、来たな。遅かったじゃねえか」


「しょうがないでしょ、 これでも学校から走ってきたんだよ、ほら、汗かいた~!」


「落ち着け。ハンカチあるから顔拭けって」


「はいはい、彼氏の前で汗だくなの見られるの、恥ずかしいんだからね?」


「なら走ってくるなよ……」


「あ、はじめまして白河梨音です。

 悠二先輩がいつもお世話になっています。」


「俺がお世話になっている前提なのか」


「こんにちは悠二の友達の朝宮新です。

 悠二にはほとほと手を焼いて」


「おい」


そんな小気味よいやりとりに、俺は思わず苦笑した。

そして数秒後、再びベルが鳴る。


「こんにちは〜」


穏やかな声とともに入ってきたのは、小さな手提げバッグを持った小鞠ちゃんと、

その隣で柔らかく髪を揺らす女の子……おそらく悠二の妹の美羽ちゃんだろうか

「お兄ちゃん来たよー!

 あ、もしかしてお兄ちゃん達の新しいお友達の人!

 兄がお世話になっています、妹の美羽です!」


「あ、前のお弁当届けてくれたお兄さんだ

 改めて詩織お姉ちゃんの妹の小鞠です

 悠二お兄さんがお世話になっています

 よろしくお願いしますね」


「おい美羽は一旦置いといて小鞠ちゃんまで俺がお世話になっている扱いなのか?」

  

「こんにちは二人とも、俺の名前は朝宮新だよ。

 悠二のお世話をしています」

 

「おい?」

 

 ふたりは丁寧に挨拶をしてから、詩織さんの隣に並ぶように腰かけた。

  

「まて、妹よ普通に詩織の方に座るんだな……」

 

「え、妹と一緒に座りたかったの?

 ちょっと引くよお兄ちゃん」

 

「違うわい!」

 

「小鞠ちゃんはこうしてみると詩織とはまた似てるような違うような……あ、美羽ちゃんは……確かに悠二に似てるな」


「似てるって言われるの、なんか微妙……」


「妹よ?」


「だって事実じゃん、お兄ちゃんと違って私は真面目ですから

お兄ちゃんと違って」


「今さりげなくディスったよね!?

 しかも2回も言うなよ!」


「うるさい、補習確定者」


「悠二先輩、受験生の彼女を持っているならかっこいいとこ見せてほしかったなぁ」


「梨音ちゃんに頼り過ぎなんですよ悠二君は」


「ですよね、詩織先輩」


「なあ、新……俺、アウェーなんだが」


「なんか、3人とも詩織さんの妹みたいだよね」


「え、詩織先輩の妹だなんて嬉しいです!」


「私は昔からの付き合いだから詩織さんの妹みたいなものだし」


「私は元から詩織お姉ちゃんの妹だからね」

 

「おい、新お前の発言のせいで俺の彼女と妹が盗られたんだが?」

 

笑い声が弾ける。普段の教室とは違う、素の表情が見える空間。

 その中でも、ふと視線を向けると──

詩織さんが、どこか少しだけ控えめに、でも確かに嬉しそうに微笑んでいた。


(……こういう時間、きっと大切にしてるんだろうな)


教室ではいつも穏やかな彼女が今は隣で小鞠ちゃんや美羽ちゃん、梨音と肩を寄せ合うようにして笑っている。


その笑顔は、どこか安心したようにも見えて──

それと同時に、ほんのわずか、胸の奥をくすぐるような感情が芽生えていた。


「ねえ、詩織さん」

俺はふと声をかけた。


「はい?」


「……なんでもない。ただ、楽しそうだなって思って」


「……ええ。こういうのって、いいですね

 ずっと続けばなって思います。」


そう言って、彼女は少し視線を落としながらも、ほんのすこし──

まるで、心の奥に隠した小さな願いが顔をのぞかせたような、そんな笑顔を見せてくれた。


(こんな顔も、見せるんだな)


俺は、それを目に焼きつけるように、静かに頷いた。


ふと視線を戻すと結花さんがアイス片手に小鞠ちゃんに話しかけていた。


「小鞠ちゃん、アイスあるよ。食べる?」


「わあ、ありがとう結花さん!」


「皆も良ければ食べて」

 

「ありがとうございます結花さん。」


「やったー!」


「美羽ちゃんもどうぞ。はいお兄さんの分も食べてね」


「ありがとうございます」

 

「……おい、妹よ。兄の許可は」


「え、お兄ちゃんってなんだっけ?」


「繋がりが抹消された!」


笑い声が店に広がっていく。

その音に包まれて、俺は思った。


(……こういう時間が、ずっと続けばいいのに)


──いつかは終わりを迎える景色だろうけど、それでも願わずにいられなかった。

 


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