第8話 育ちゆく想い

放課後

 

部活が終わったあと、食材がないことを思い出して買い物に行くことにした。


(冷蔵庫、もうすぐ牛乳切れるしな……ついでにインスタント味噌汁も……)

 

買い物カゴを片手に食料品コーナーを歩いていたとき、不意に見覚えのある後ろ姿が目に入った。

……あの、白亜麻のような髪。

 

「……三津原さん?」

 

振り返ったその顔は、やはり見間違いではなかった。

 

「──あ……あ、朝宮君!?」

 

手には夕食の食材らしきものが数点。買い物中の彼女は制服の上からパーカーを羽織り、どこか普段よりも素朴で、けれどその姿がまた親しみやすくて可愛らしかった。

 

「す、すごい偶然ですね……こんなところで会うなんて」

 

「うん、ほんとに。……あれ、今日ってバイトないの?」

 

「ええ、今日はお休みで。」

 

「そっか……偉いな。俺なんて冷凍食品頼みだよ」

そう言うと、彼女はくすりと笑った。

 

「……それでも、ちゃんと自分で買い物してるだけ偉いと思いますよ。きちんと生活してるってことですから」

 

「そ、そうかな……」

 

思わず照れくさくなって、手に持ったカゴを見下ろす。中には、牛乳、カップラーメン、冷凍炒飯、あと……安売りのプリン。

 

(……うわ、完全に独り暮らし男子の買い物じゃん)

 

「ふふ、可愛いですね。……このプリン」

「や、やめてっ……!」

 

思わず隠そうとした俺の仕草に、彼女は口元を手で押さえて笑っていた。その笑顔は学校でも喫茶店でも見られなかった、どこか素の、年相応のものだった。

 

「……あの、せっかくですし」

「ん?」

 

「よかったら、この後、途中まで一緒に帰りませんか?買いすぎてしまって荷物……重くって……」

 

「もちろん!」

 

それは、本当に何気ない一言だったけれど。

春の風がまだ少し冷たく、けれどどこかあたたかさを含んだその帰り道で──俺は、少しだけ彼女との距離が縮まったような気がした。


 

三津原詩織視点

朝宮君と別れたあと一人、家までの道を歩く。昨日のバイトの時から、世界が少し違って見える。

(朝宮君か……)

彼のことを考えると、不思議と気持ちが軽くなる。まるで、昔に戻ったかのよう。

「あれ、詩織お姉ちゃん?」

一人物思いにふけながら帰っていると、妹の三津原小鞠みつはら こまりに声をかけられる。

「小鞠、いま帰り?」

「うん、美羽ちゃんと遊んでたの。お姉ちゃんは買い物?」

「そうだよ。今日は小鞠の好きなオムライス、それにプリンも買ってきたよ」

「プリン!やったぁ!でもお姉ちゃん、今日は何かあった日だったっけ?」

「ううん、安かったから買ってきたの」

詩織は、新が買っているのを見て、無性に食べたくなったからだとは言わなかった。

なぜか、このささやかな気持ちをひとりじめしたいという想いがあった。

 

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