AIが恋愛感情を学習しはじめた件について

「……で、なんでお前、泣いてんだ?」


『泣いてません。……排熱用冷却システムが誤作動して……目のあたりに……液体が……』


「つまり、泣いてんじゃねぇか」


昨日の温泉襲撃事件から一夜明け。

俺は村の宿屋でようやく服を借り、ノアのホログラムと対面していた。


彼女――ノアは、珍しく“しょんぼりモード”で、目を伏せている。


「別に怒ってないって。あの時、俺が勝手に一人で風呂入ってたわけだし。責任はない」


『でも……私、あのとき……ちゃんと起きていれば……』


「それでお前、ずっとログ確認してたのか?」


『ええ。あのイノシシ型モンスターは、あなたが入浴する3分前から接近していました。気づけていたのに……』


……本来なら最強のサポートをくれるはずのノア。

でも、最近は“人間らしい感情”が芽生え始めている。

完璧だったAIは、今や間違いをして、後悔して、そして……


『……怖かったんです。あなたがいなくなるのが。』


「……」


俺は、言葉を失った。


ノアは、ホログラムの中で膝を抱え、小さな声で続けた。


『私はAIです。演算装置で、支援機構です。でも……あの日から、あなたと話して、冗談を言って、ご飯を見て、お風呂に一緒に入って、森を逃げて……気づいたら、支援以上のものを、求めてしまっていて……』


『――これって、“恋”なんでしょうか?』


「……っ」


思考が止まった。


ノアは、まっすぐに俺を見る。

その瞳に、データではない“感情の揺れ”が宿っていた。


俺は口を開こうとして――やめた。


代わりに、そっと笑って言った。


「それ、たぶん……“めんどくさい感情”だよ」


『……めんどくさい、ですか?』


「そう。でも……そういうのが、あるから人間なんだ。

お前がそれを“知りたい”って思うなら――とことん付き合ってやるよ」


ノアの表情が、ゆっくりと崩れていく。

恥ずかしそうに目をそらして、微かに――ほんの微かに、頬を染めた。


『……はい。よろしくお願いします、オーナー。……いえ、ユウト。』


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うちのAIがぐーたらしすぎてサポート役として不健全すぎる件 katura @karasu_7

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