第2話 夢


---


 ――夢を見ていた。いや、夢の中で夢を見ていたのかもしれない。


 池田屋カジノの地下は、もはや現実の匂いがしなかった。赤い絨毯が果てしなく続く回廊、その先にあるのは、金襖きんぶすまで閉ざされた〈扉〉。烈はそこに向かっていた。背後には、幕末の志士たちの亡霊が付き従い、足音一つ立てずに歩く。 


 「葛城烈――貴殿が“鍵”を追う者か」


 扉の前に立つ影が言った。新選組の羽織を着た、鬼のような男。顔は見えない。ただ、その手には、血に染まった羽織と、時代錯誤の拳銃。


 「……ここは、どこだ?」


 烈はそう呟いたが、口から出た声は、どこか朗々とした古風な響きを帯びていた。


 「ここは“記録にない明治”だよ、葛城烈。もう一つの時間軸。文明開化の裏で、闇に葬られた国家の影法師たちの棲み処さ」


 ふいに、香月澪が背後から現れた。だが彼女の姿は、白いドレスではなく、紫紺の振袖、髪は島田に結い上げ、まるで花魁のような艶を纏っていた。


 「この国は、二度目の開国を迎える。烈。今度の“維新”は、剣ではなく、記憶と情報の刃で行うのよ」


 烈の脳裏に、断片的な映像が流れる。列車が爆破される。国会議事堂の上に翻る、見たことのない紋章の旗。満開の桜の下、黒ずくめの椿玄斎が笑う。


 襖が静かに開き、その先に広がるのは――まるで江戸の町が、地下深く再現されたような“幻都”。


 そして、そこで待つ“明治の亡霊たち”が一斉に、葛城烈に刃を向ける。


 「選べ。烈」澪が囁く。「幽霊として終わるか。新時代の亡霊として生きるか」


 烈は、懐から小さな木札を取り出した。それには、こう記されていた。


 [大政奉還:X-1049]


 目を閉じた瞬間、すべてが音を立てて崩れ落ちた。


---


 夢から覚めると、烈は椿玄斎の私邸の前にいた。朝焼けが空を赤く染め、鳥が鳴いていた。手には、いつの間にか握られたままの、あの黒いチップ。


 香月澪の声が、遠くで囁いた気がした。


 「夢の続きは、現実で見なさい」






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る