星辰の魔女

井底之吾

0.夢想、あるいは一つの回顧録

 部屋に居た。

 いや、部屋というべきではないか。


 前後左右、ついでに上下さえ不定の空間。まるで宇宙を模しているかのような、細かな光が散りばめられた、暗い空間に居た。


 二の足で立つ。

 感覚はある。

 数歩、歩いてみる。

 地がなくとも踏みしめている。

 不思議だ。


 いつまで経ってもこの感覚には慣れない。嫌ではない、むしろ好きだ。何せ、自分が作り出したのだから。そんなことを考えながら、この部屋に唯一ある椅子へと腰を掛ける。


 と、まあ。くだらない前置きはこのぐらいにしておこうか。


 やあ、久しぶりだね。何、覚えていない? それはそうだろう、忘れるようにしたのは私だからね。覚えていられちゃ恥ずかしい。さほど重要ではないけれどね。

 君は私を忘れるけれど、私は君を忘れない。そうやって、君と私は繋がっていればいい。それだけで充分だ。


 ところで、今日はどうしたんだい。ええ……わからないって? まったく、君って奴は、本当に世話のかかる子だね。仕方ないから教えてあげよう。

 君は今、夢を見ているんだ。ああ、今回も、ちゃんと忘れるように。目を覚ましたらすべて忘れて、また君の命を紡いでいっておくれ。


 だがまあ、なんだ……折角来たんだ。忘れるとしても、老いぼれの話し相手になってはくれないかい。

 良い? ありがとうね。二つ返事だなんて、君はいつも優しいね。じゃあ



 一つ、昔話をしよう。



 昔々あるところに、六人の少女が居りました

 どこにでも居る普通の、可愛らしい少女たちでした

 しかしひとつだけ、普通とは言えないところがありました

 彼女らは、大きな、大きな力を持っていました

 世界すら変容させてしまうような力を、神から授かっていたのです

 彼女らは小さな村で大切に育てられました

 与えられた力で、彼女らは利己的に行使するのではなく

 患った者や壊れた物をなおし、人の繁栄に尽力し、世のためになるようにと

 他者にその力を使っていました


 人々は感謝し、彼女らを中心にして村を発展させていきました

 しかし、人間の中には、彼女らの力を奪い取ろうと企む愚か者もいました

 やがて、彼女らの一人が、大勢の人間におそわれました

 六人の中で、最もおとなしい、小さな子でした

 次々と乱暴をはたらく者たちに、彼女は声もあげられませんでした

 ただ恐怖におびえ、力を使う間もなく、意識が薄れゆくのみでした

 他の五人の力が無ければ、死んでいたでしょう

 彼女らは、強くいかりました

 人間の愚かさを知った彼女らは、深くかなしみました

 しかし、彼女らは報復をおこないませんでした

 彼女らは人間をあきらめたのです


 怒りは本物であるものの、被害者である小さき子ですら

 人間と云う生物をあわれみ、そうして間もなく、何も感じないようになりました

 それは慈愛の心さえも、うしなうことにつながりました

 ゆえに彼女らは、人間たちの元を去ることにしたのです

 遠く、遠く、海へと出ると、その大いなる力を存分に振るい

 一つの大陸を創りました

 その大陸に、六人で国を建てました

 或る者は社会を、或る者は文化を、或る者は自然を

 そして或る者は民を創りました


 中でも民を創った者は、彼女ら六人の身体さえも変容させ

 人間とは似て非なる生物へと進化させました

 彼女らは自身を「魔女」と呼ぶようになりました

 巨大な大陸に、豊富な自然と、新たな民たち

 魔女が発展していくことには、十分すぎる程に充実した社会が形成されました

 こうして、魔女の国が興りました



 と、これが魔女の始まりというものだよ。彼女たちは大いに発展に尽力した。魔女の国は、たった七日間で人間の文明を遥かに凌駕したんだ。


 他方、魔女たちが去った後の人間は想像に難くない。拠り所とし、力を都合良く扱っていた者たちが居なくなってしまったのだ。言わば世界の担い手が消えたようなもの、それはもう惨憺さんたんたる状況だった。

 他者を責め立てる者、現実から目を背ける者、絶望の淵に生を諦める者、それぞれが自己の責任にならないよう、醜悪な自衛を見せていた。


 神に対して縋り、願う者もいた。そんな人間を憐れんで、神は魔女に対抗するための知恵を幾人かの者に授けることとした。

人間は大いに歓喜した。神を崇め、奉った。そして知恵を授けられた者たちを中心に、宗教を立ち上げた。賛美していればまた力を授けられるとでも考えたのだろうか。くだらない。

 知恵をつけた人間は文明を科学によって発展させた。

 そうして直に、魔女の文明を下に見るようになり、滅ぼし取り込むことを目論むようになった。学ばない生物だ。


 魔女の力を取り込もうとする人間と、それを軽蔑する魔女。対立は必然的なものだった。

 数百年前に起きた大戦の際に、人間の九割が死滅し、魔女大陸が緋の幕カーテンで覆われて以降、ほとんど争いは起きなくなったものの、対立は今でも続いている。

 そのような対立の中で、十数年前に緋の幕を越え人との間に子を成した魔女が現れた。

 人との共生を望み、自らがその足掛かりになろうと人間の世界に踏み込んだ魔女は、その伴侶である人間と共に、魔女の存在に恐れをなした他の人間たちによって命を落としたが、其れの子は魔女の世界へと渡っていた。


 この子が生まれてからの十数年の今、また先の未来においてが、私の専らの楽しみだ。

 人と魔女の間に生を受けた者は、どちらの世界を是とするのか、はたまたどちらも非であるとするのか。

 対立の間に投げ込まれた賽は、どのような変革を齎すものか。

 これから見るのはそんな一人の少女の物語。彼女の成長、その生涯を、共に紐解いていこうではないか。


 なーんて、言ったところで今回はお開きだね。久しぶりに、君に話を聞いてもらえて楽しかったよ。また遊びにおいで。忘れてなければ、ね。


 それじゃあ、目を開く時間だよ。

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