アメイジング・プリンセス
大幻想❺
第1章 小さな始まり
Princess
森を駆ける"美"少女
朝露の残る林道を、ひとりの少女が裸足で駆けていた。
枯葉や小枝を踏みしめるたび、ふわふわとした足裏に痛みが走り、その都度、白い肌には紅が咲く。それでも歩みを止めることはなかった。彼女には、どうしても追わねばならぬ影があったからである。
「魔女さん……!」
少女の唇が掠れた声で名を呼ぶ。それは畏敬と焦燥の入り混じった響きを帯びていた。
魔女。かつてこの世界に魔法という名の奇跡をもたらし、人々の営みに劇的な変革を与えた存在。だが今や彼女らは歴史の彼方に消え去り、その名を口にする者も減っていた。技術の進歩が、魔法を時代遅れのものにしたという説もある。
美少女の目的は魔女ではないが、その目的へと到達するのに最も近道と思われる『魔女』の姿をその視界から外さぬよう追い続けていた。
魔女とは──人ではないもの、人を辞めたもの。普通の人とは決定的に異なる部分を持つものである。
わかりやすいものでいえば頭に角が生えていたり、翼を背中に伸ばしていたり、尻尾が蠢いていたり。わかりづらいものであれば獣のような牙が生えていたり、体のどこかに紋様が浮かび上がっていたり、といった判断材料もある。
少女の目前を行く者はフードを目深に被っていて、背が低く、ローブで体つきも判然とせず男か女かもわからなかったが、はためくローブの隙間から銀色の物質で出来た右腕が覗いていたことから、『魔女だろう』ということだけはハッキリしていた。
だから少女は追う。泥に塗れたドレスを気にも留めず、倒木を飛び越え、茂みを掻き分ける。風が枝を揺らし、小鳥が羽ばたいて飛び立つ音にすら気を取られず、その背をまっすぐに見据え続けた。
「待って、魔女さん!」
やがて、異形の影が古木の前に立ち止まり、その掌をぬるりとかざした。
その瞬間、幹に浮かび上がった文様が淡く発光する。それが扉のようにひらくのを見た少女は、思わず叫んでいた。逃がしてはならぬ、という強い思いが声となって迸ったのだ。
だが、応えはなかった。
足元が崩れたのはその直後であった。
地面に見えた場所は、落ち葉に覆われた空洞だったのだ。体がふわりと浮き、次の瞬間には何か固いものにぶつかる衝撃があった。視界が一瞬で暗転する。
――どうして。魔女さんは、ちゃんと通れたのに。
痛みよりも先に、悔しさが胸を突いた。どうして自分だけが落ちるのか。どうして、届かないのか。
けれどその感情も、やがて薄れていった。身体が麻酔を打たれたように重く、瞼は鉛のように降りてゆく。
熱を帯びていた思考も、少しずつぬるま湯に溶けていき、最後には何も残らなかった。
ただひとつ、胸の奥に灯っていたのは――「母に会いたい」という願いだけであった。
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