8月の煙は雨に呑まれて
スミンズ
8月の煙は雨に呑まれて
昔、俺は『SKY・RULEBOOK《スカイルールブック》』というバンドでドラムをしていた。しかし、当時の自分はそこまでテクも無く、だからといって楽曲作りにも殆どノータッチ……、いや、参加するほどのアイデアも持ち合わせていなかった。
だから必然的に、バンドは裏で次期ドラマーを探し、見つかったと同時に殆どクビ同然に俺は追い出された。
もう今から10年も前の話だ。当時俺は21歳、もう俺は音楽で生きていけないのだろうか?そんな不安でいっぱいになりながらも、結局音楽から逸脱することはできずに、諦め悪くバイトをしながらドラムの練習と作曲の勉強をした。
そんな
だからこそ、もうこのバンドは自分には全く関係のないものだと腹を括れたのかもしれない。
そして自分が25歳の時、曲を一通り作ることが出来るようになってきた俺は、実力を試すためにボカロ曲を作り投稿することにした。詞自体はバンドをやってたとき葛藤しながら殴り書きをしたものだ。ギターは打ち込みで、それ以外のドラムとベースは自分で演奏した。
完成した曲はドラムがあんまり出しゃばらないようなバラード曲だった。
曲名は『8月の煙は雨に呑まれて』
それは発表一曲目の割にはかなり良いスタートをきれた。勿論、元SKY・RULEBOOKであることは明かさなかった。バンド時代名乗っていた本名の『
そして去年、ついに俺はブレイクした。変則的なリズムと言葉遊びを繰り返す『ジュピターランド』が中高生中心に流行り、半年もせずYoutubeで1億再生を超えた。この曲からはギターも自分でひくようになり、完全にソロで完結させるオールラウンダーとして取り上げられるようにもなってきた。
そして現在。
俺は日中にテレビを観ていると少し驚く話題が流れてきた。
『SKY・RULEBOOKのドラマー、間宮楓さんがバンドを脱退することが、公式ホームページにて発表されました。バンドによると音楽性の違いにより、間宮さん直々に脱退の申し入れがあったということです。バンドはサポートメンバーを起用しながらライブ活動を継続し、できる限り早く次期メンバーを探すということです』
かなりうまく行っているバンドであっても、やはり音楽性の違いというのはミュージシャンであったら看過できない問題である。だから珍しいことでは無いのだが、元メンバーとしてはやはりこの先どうなるのかと言うのには懸念があった。間宮は間違いなく今のSKY・RULEBOOKの人気を支えているメンバーあったわけだし、後任がファンから受け入れられるのかという問題も大きい。
まあ、俺が気にしてもどうしようもない話ではある。俺は少し背伸びをすると、昼食でも食いに行こうと思い立ち、部屋着から外着に着替えた。
すると、スマホが着信音を発した。形だけ所属している事務所の人か、CDレーベルの誰かかと思ったが、画面に表示されたのは『鈴木十五』という名前だった。俺は驚きながらも急いで受信のボタンをスワイプした。
「ひゅ、十五!?」
『朝人。久しぶり』十五は落ち着いたトーンで口を開いた。十五との電話は3年ぶりだ。前回の電話はSKY・RULEBOOKの初武道館ということで俺から祝辞の電話をかけたのだ。自分はクビにされた立場とはいえ、素直に十五には憧れを持っていたし、十五としても別に俺を人として嫌っての首切りでは無かった。だからといって頻繁に連絡を取り合うような仲でもない相手からの久々に連絡に戸惑いながらも受け答える。
「久しぶり。今丁度テレビで観たよ。間宮くん、脱退するんだってな」
『……ああ。なんだかんだで10年間在籍してくれたからな。もう最近のファンだと間宮がオリジナルメンバーだと勘違いしてる人もいるくらいだからな』
「まあそうだろうな」若干寂しい気持ちもあるが、それは事実だろう。自分は脱退して10年だ。メジャーデビュー前のメンバーなんて、そりゃ知るはずもない。
『だが、朝人を覚えてるファンもいるんだぞ。この前エゴサでウチのバンドのwiki観たけどよ、お前消息不明て書かれていたぞ。流石にそれはファンに酷くないか?』
「じゃあ悪いけど十五が今度、ファンの前で『朝人は生きてます』って言っといてくれないか」
『いや、まあそれは構わないけど……。なんでお前は元SKY・RULEBOOKのメンバーて肩書を隠したがるんだ?今はバイトもせずに音楽活動出来てるんだろ?』
「そうだけどもさ。もうこっちもこっちで結構ファンがついてくれてて……。顔出しはできる限りしないで行こうという方針でやってんだよ。そっちにも迷惑かかるだろうし。元SKY・RULEBOOKのメンバーって言われるのも正直嫌だからな」
『顔出しをできるだけしない?〘ずとまよ〙みたいな感じでやってるのか?』
「違うよ。声だって出していない。ボカロPをやってんだよ」
『ボカロP?』すると十五は驚いたように質問をぶつけてくる。
『じゃあ、ここ最近は作詞作曲もやるようになったのか?』
「まあ、そうだね」
『いや、そこまで言うなら言ってくれよ。朝人って誰なんだよ』
俺は言うかどうか迷ったが、十五は別に人に何かをバラすような人間ではないから打ち明けることにした。
「ドドミラーPだよ。今年はジュピターランドで結構知名度も上がったけど」
『ドドミラーP?朝人が?』思ったよりも驚いていない風に訊ねてきた。
「うん」そう言うと、十五は一呼吸置いて、声を発した。
『お前、ホントにドラム上手くなったんだな』
「……ありがとう」十五は、何気なく俺が一番言って欲しかった言葉をくれた。多少とは言え、クビになって、SKY・RULEBOOKを見返してやろうという気持ちでドラムを練習したのだ。なんだか救われた気がした。
『そりゃあ、今のお前なら確かにSKY・RULEBOOKの元メンバーなんて肩書き、蛇足にしかならないだろうな』
「別に、俺はバンドにいた時期を蛇足だとは思ってない」あそこでの経験が、今に生きているのは間違いないのだ。俺はきっぱりと否定する。
『なら……。いや、今回電話した本題はここからなんだけども……。朝人、SKY・RULEBOOKに戻って来ないか?』
「え……」
『今のお前が忙しいのは分かる。けど、ジュピターランドを叩く今のスーパードラマーの朝人と一緒にもう一度やりたいんだ』
「……俺だって、昔上手に叩けなかった十五の曲を叩きたい気持ちはある」
『じゃあ戻ってきてくれるか?』
「だけど、それだとファンも落胆しないかな。一応、下手だからクビになったっていうのはファンの間でも定着している訳だし。それなのに戻ってきたってなるとショックを与えてしまうというか……」
『いいや、今のお前の演奏観たらみんな黙るだろ。と言うか、それならドドミラーPは朝人でしたってバラせよ。変に探られるよりずっと平和だろうよ』
「……そうかな?」
『そうだよ。それに、こんなこと言うのもあれだけどよ。俺、当時、実は朝人をクビにするのを反対してたんだぞ』
「そうなのか?」俺は驚いて訊ねる。
『まあ、信じられねえと思うがな』
「ううん、信じるよ」俺は即答した。十五は俺が練習をしてると、よく一緒に練習に付き合ったりしてくれていた。自分で言うのもあれだが、俺は下手くそなりにかなり練習を頑張っていた。そう言う人間を、十五はとても好いていることは知っている。だからこそ、俺はドドミラーPとなり、いずれ十五に見せつけてやろうと踠いたんじゃないか。
俺は決心した。何よりも、もう一度十五の曲をめいいっぱい叩きたい。そして、今度こそSKY・RULEBOOKの一員となるんだ。
「じゃあ、加入させてくれ、十五。俺はドドミラーの繭を破って、今度こそドラマーの尾形朝人になって見せるよ。だからやっぱ、ドドミラーPの正体というやつは内密に……」
『そうか。まあすぐバレるだろうが朝人が言うならそれでいいや。よろしくな。朝人』
「よろしく。十五」
『ああ、よろしく。まあ、詳細はまた追って連絡するよ』
「ああ、頼むよ」
そして電話が切れた。
それから数十分して、十五からメールが届いた。
件名は「すまんな」とあった。
『さっきの電話で、俺はわざと惚けたことを言っていた。それを謝ろうと思う。実を言うと、朝人がドドミラーPだと言うのは6年前から知っていた。ドドミラーPとして発表した【8月の煙は雨に呑まれて】。これが発表された瞬間には、もう知ってたんだ。どういうことだ、って朝人は思うだろう。けども、俺はその曲の歌詞を、発表前から知っていた。朝人がいつだか、その歌詞の書かれた紙を部屋の机に放ってたときがあった。俺は少し興味本位でその歌詞を覗き見たんだ。そしたら、とても良い歌詞だった。いや、俺には絶対に書けない歌詞だと思って、正直悔しかった。
まあ、ただ、それ以上に感動した。この詞にメロディをつけたい。そしてこれをSKY•RULEBOOKの曲として世に出したい。そう思ったんだ。そして俺はすぐさまメロディを作った。朝人に黙って。そして、朝人を驚かせてやろうと思ったんだ。
けども、そんなさなか、事務所の意向で朝人はクビになった。ものすごく悔しかった。朝人の曲を送り出せないまま、そうなってしまったのが悔しくて、俺も脱退しようと思ったくらいだった。だけども、みんながそれを引き留めた。朝人以外のメンバーも、やっぱりメンバーだし、それにみんな頑張り屋だって言うのは朝人だって知ってるだろう?俺を引き留めてくれたメンバーを悪く思わないで欲しい。
まあ、けれどその後、ドドミラーPというボカロPが出てきて、あの曲を投稿したときはビックリしたよ。何にビックリしたかって、朝人が作曲をするようになったのもそうだけども、俺はあの詞はもっとポジティブなものだと思っていたからさ。暗い曲調で、なんだか朝人のもがきみたいなものを感じて、とても心苦しかった。今すぐにでもまた朝人をバンドに引き戻したいと思ったけど、間宮だってバンドを牽引してくれてたわけだし、今さら元のドラムに戻すなんて言えないし、思えなかったんだ。
だけど今回、間宮が自分の意思で脱退するって決めたんだ。そうじゃなきゃ、きっと朝人をSKY•RULEBOOKに戻ってもらおうなんて思わなかったと思う。すまない。けれども、そのお陰で、朝人に罪滅ぼしじゃないけど、しっかりと向き合い直せるというのは、俺にとってはとても嬉しい。今度こそは、末長くこのバンドを支えて欲しい。頼むよ』
メールにしてはかなりの長文だった。
「素直なやつだな」
俺は思わずクスリと笑う。そして、やはりとても優しいやつなんだな。全く、大変そうだ。
そして、そのメールに添付されていた音源を開く。すると晴れやかなギターのイントロが流れてきた。そして、昔の十五の、少しぎこちない声が聴こえてきた。
8月の煙は雨に呑まれて消えた
情熱は炎にはならなかった
けれどもすぐに冬のからっ風が吹く
温まるために、生きるために
せめてまた
種火だけでもおこしておこう
また次の
8月の煙は雨に呑まれて スミンズ @sakou
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