高校野球小説「頭脳的勝利」(弱小チームの湘南台高校が強豪の横浜高校に頭脳的作戦で勝つ野球小説です)

浅野浩二

第1話

2025年の第107回全国高校野球大会である。

全国の球児たちが甲子園を目指しこの大会のために頑張ってきたのである。

当然、どの高校も甲子園出場を咽喉から手が出るほど望んでいる。

甲子園に出場するためにはまず地区予選に勝たねばならない。

地区予選で甲子園に出場するのも甲子園大会で優勝するのも一発勝負のトーナメント制である。

ここ。神奈川県でも地区予選の組み合わせが行われた。

その結果、何と神奈川で強豪校の横浜高校と湘南台高校が第一回戦で対戦することになった。

どちらも甲子園出場の経験があり、どちらの高校も甲子園で優勝する可能性が十分あった。

地区予選の第一試合が甲子園大会の決勝戦になってしまったようなものである。

当然、全国の注目の的となった。

横浜高校も湘南台高校も投打において強かった。

横浜高校のエース横田は160km/h以上のストレートとカーブが持ち味だった。

一方の湘南台高校のエース山野はサイドスローでストレートは140km/h台しか出せなかったが、チェンジアップ、カーブ、スライダーなどほとんどの変化球を自在に操ることが出来てコントロールも抜群で打たせてとる頭脳派のピッチャーだった。

この試合は投手戦になりそうだ、と野球解説者は予想した。

しかし超高校級の160km/hのストレートを投げられる横田がいる横浜高校が勝つだろうというのがほとんどの野球解説者の予想だった。

ウーウーウー。

試合開始のサイレンが鳴り試合が始まった。

先攻は横浜高校で後攻は湘南台高校となった。

予想通り試合は投手戦となった。

湘南台高校の打者たちは横田の超高校級の160km/hのストレートには手が出なかった。

当たってもファールになるか差し込まれて内野ゴロになるかだった。

湘南台高校の打者はセーフティーバントをしてかろうじてパーフェクトゲームは逃れることが出来た。しかし後続が続かないので得点することは出来なかった。

・・・・・・・・・・・・・・

湘南台高校の監督も選手たちに、

「お前たち。お前たちの実力では到底、横田の160km/hのストレートは打てない。カーブを狙っていけ」

と指示をした。

選手たちも監督の指示に従って横田のストレートは捨ててカーブに絞った。

解説者は、それを見て、

「どうやら湘南台高校の監督は横田のストレートはあきらめてカーブに絞るように指示したらしいですね」

と言った。

しかし湘南台高校のバッターたちは横田のカーブも打つことは出来なかった。

むなしく空を切り空振りするだけだった。

3番4番5番のクリーンアップトリオも横田のカーブを空振りした。

三振した湘南台高校のバッターたちは、チクショウと言ってバットを地面に叩きつけた。

横田も自分のカーブを空振りしている湘南台高校の打者を見て自信に満ちた顔でニヤリと笑った。それはオレのカーブを湘南台高校は打てないという自信の嬉しさだった。

解説者も、

「うーん。横田君のカーブはそれほど良く落ちているようには見えないんですがね。湘南台高校の打線の実力から考えると打てるように思えるんですが・・・・やはり打席に立ったバッターには落差が大きく見えるんでしょうね。あるいは湘南台高校では打撃練習ではあまり変化球を打つ練習をしてこなかったのかもしれませんね」

と言った。

一方の横浜高校の打者たちも湘南台高校の山野の打たせてとる技巧派ピッチングに苦しめられランナーを3塁まで出すことが出来てもホームベースを踏むことは出来なかった。

こうして試合は9回裏まで0対0で進んでいった。

これは延長戦になるな、1点を先にとった方が勝ちだな、と観客たちは思った。

9回裏の湘南台高校の攻撃になった。

3番の末吉がバッターボックスに立った。

横田は一球目は160km/hのストレートを投げた。

末吉はその球をセーフティーバントしようとした。

バットに当てることは出来たが残念ながらファールになってしまった。

湘南台高校は3回セーフティーバントに成功している。

得点にはつながらなかったが。

湘南台高校は対横浜高校対策としてセーフティーバントや短距離走の練習をしてきたのだろうと横田は思った。

うかつにストレートを投げてセーフティーバントが成功して、足も速いので盗塁されて得点されることを横田はおそれた。

しかし打線の実力から言えば横浜高校の方が湘南台高校よりも上である。

延長戦になるが、もう勝ったも同然だ、という喜びが横田の顔に浮かんでいた。

二球目に横田は得意のカーブを投げた。

すると、3番の末吉はニヤリと笑い、横田のカーブをフルスイングした。

それまで一度もかすらなかった末吉のバットは横田のカーブをバットの芯でとらえた。

ボールはきれいに宙を舞いライトスタンド上段に叩き込まれた。

観客たちは、おおー、と歓声を上げた。

末吉は余裕で一塁、二塁、三塁とベースを踏んでいきホームベースを踏んだ。

「ホームイン。1対0で湘南台高校の勝ち」

審判が言った。

横浜高校の選手たちはキツネにつつまれたような様子だった。

うわーと湘南台高校を応援していた観客たちは歓声を上げた。

「よくやったな」

と湘南台高校の監督は選手たちを讃えた。

一方、横浜高校のエース横田はマウンドにひれ伏し涙を流した。

解説者は、

「いやー。野球はまさに筋書きのないドラマですね。まさか甲子園出場は当然のこと、甲子園大会でも優勝候補の横浜高校がまさか地区予選の第一試合で敗退してしまうとは・・・・しかしこう言っては失礼ですが、これは湘南台高校の、まぐれ当たりのラッキー勝利ですね。ボクシングでも実力が明らかに上の世界チャンピオンがランキングにも入っていない格下の挑戦者に一発のラッキーパンチがきっかけで負けてしまうということはありますからね。湘南台高校には失礼ですが、これは湘南台高校のまぐれ勝ちとしか言いようがありませんね。横浜高校の横田君は160km/hのストレートはもちろんのことカーブも湘南台高校にかすらせもしませんでしたからね」

と言った。

神奈川県で最強の横浜高校に勝ったことで、湘南台高校はその後の試合で難なく勝ち進み、地区予選の決勝戦でも勝って甲子園出場を果たした。

当然、藤沢市では湘南台高校の勝利を町をあげて祝福した。

そして甲子園大会でも湘南台高校は優勝して真紅の優勝旗を手にした。

・・・・・・・・・・・・

試合後に監督のインタビューが行われた。

記者「優勝おめでとうございます」

監督「どうもありがとうございます」

記者「勝因は何だったんでしょうか?やはり地区予選の第一試合で優勝候補の横浜高校に勝ったことで選手たちに自信がついたからでしょうか?」

監督「いや。違いますね。我々は実力で勝ったんです。まあ頭脳作戦の勝利でしょうね」

日本人は謙虚なので普通、勝ったチームの監督は相手チームの善戦を褒めたたえるのだが、湘南台高校の監督は自信に満ちた態度だった。記者もそれを不思議に思った。

記者「頭脳作戦の勝利とはどういうことでしょうか?」

監督「優勝した今だから、その秘密を言ってもいいですよ。聞きたいですか?」

記者「ええ。ぜひうかがいたいです」

監督「では話しましょう。実力で勝ったのに、まぐれで勝ったなどと思われたままでは我が校の選手たちが可哀想ですからね」

監督のあまりにも自信のある態度に記者はキツネにつつまれたような顔をしていた。

監督は話し出した。

監督「実はですね。我が校の選手たちには、横田君のカーブをわざと9回裏まで空振りするように指示していたんです」

記者「ええー。野球の試合で、わざと空振りさせるなんてことがあるんでしょうか?一体、何のためにそんなことをしたんですか?」

記者は目を白黒させて驚いた。

監督「横田君の160km/hのストレートは我が校の打者の実力では打てません。地区予選の前に1度、交流試合をしたことがありますが、それを痛感しました。しかし横田君はカーブも投げられます。しかし解説者も言っていましたが、あのカーブは特別、落差の大きい打てないカーブではありません。そこそこのピッチャーなら誰でも投げられるカーブです」

記者「そうでしたね。解説者もそのようなことを言っていましたね」

監督「そこで我が校は横浜高校対策として徹底的にカーブ打ちの練習をしました。そしてセーフティーバントおよび短距離走の練習も徹底的にしました」

記者「どうしてそういう練習を重点的にしたのですか?」

監督「横田君にカーブを投げさせるためです。私は選手たちに、横田君がカーブを投げても、決して打つな、球筋を良く見るだけで振らないか、打てると思っても決して打つな、空振りしろと厳しく言いましたからね」

「・・・・」

記者は何と言っていいかわからず黙っていた。

なので監督が続けて話した。

監督「もし我が校の打者が横田君のカーブを最初から打っていたらどうなったでしょうか?ヒットが出たことでしょう。そうすると横田君はカーブを投げるのは危険だと感じて、カーブは投げなくなり、160km/hのストレートのみで勝負してくるでしょう。そうされたら負けたでしょう。あのストレートは打てませんからね。我が校のエースの山野君は横田君ほどの強肩ではありません。しかし山野は多彩な変化球を投げられ、打たせてとる技術を持っています。なので、横浜高校との試合は投手戦となり、1点をとった方が勝ちだ、と思ったのです。案の定、9回裏まで0対0の1点をとった方が勝つ投手戦となりましたよね。横田君は自分のカーブは打たれないという自信があります。と言うより我々が自信をつけさせてやったのです。そして我が校の打者たちにはセーフティーバントと短距離走を徹底的に練習させていましたから、試合でも3回、セーフティーバントが成功しましたよね。だから横田君はストレートだけでは危険だ、カーブもまじえて投球しなければいけない、と思ったはずです。案の定、横田君は9回裏にカーブを投げてきましたよね。私の予想通りです。そして予想通り3番の末吉は横田君のカーブを打ってホームランにしましたよね。まぐれ当たりでも何でもないです。3番の末吉君が打てなくても次の4番の高山君か5番の佐々木君がホームランを打ったでしょう。私の考えた作戦、および私の提案した作戦を信じて私についてきてくれた部員たちの頭脳的野球の勝利なのです」

監督は堂々と言った。

記者「なーるほど。打てる球をわざと空振りさせるなんてことは前代未聞の作戦ですが。打てる球をわざと空振りさせて相手の投手に自信をつけさせ、その球を最後に投げさせるなんていう戦法はまさしく頭脳的野球ですね」

湘南台高校の選手たちが藤沢市に帰ると藤沢市では湘南台高校の勝利を町をあげて祝福した。

山野はスマートフォンで落ち込んでいるであろう横浜高校の横田に電話した。

「横田君。僕たちが優勝したけれど君は負けていないよ。僕たちの野球部の監督のおかげで勝てたようなものだよ」

と山野が横田を慰めた。

「ああ。してやられたよ。でもいい勉強になったよ。油断は大敵だな」

横田が言った。

「君のチームは負けたけど君は負けていないよ。君は間違いなくセ・パ両リーグからドラフト1位で指名されるよ。羨ましいな。僕は今回の甲子園大会での勝利投手だけど、勝ったのは監督のおかげだよ。僕を指名してくれる球団があるか心配だな。ははは」

そんな会話がなされた。

夏が終わり秋になった。

ドラフト会議が行われ、当然のごとく横田は全球団からドラフト1位で指名された。

しかし山野もかろうじて横浜DeNAベイスターズに指名された。

横田は読売ジャイアンツがドラフトのくじ引きで引き当てたので横田は読売ジャイアンツに入団した。一方、山野は横浜DeNAベイスターズに入団した。

二人はプロ野球選手として活躍している。

めでたし。めでたし。



2025年4月29日(火)擱筆

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高校野球小説「頭脳的勝利」(弱小チームの湘南台高校が強豪の横浜高校に頭脳的作戦で勝つ野球小説です) 浅野浩二 @daitou8

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