第9話 就寝②


 二人で寝室に行く。


 そこは窓のない部屋だった。

 光が入ってこないように、窓のない部屋を寝室にしているのだろう。


 ツバキは吸血鬼。

 それも日光が苦手なタイプだ。


 彼女曰く、日の下にでると熱中症のような症状に襲われるらしい。

 寝ている時に日の光には当たりたくないだろうからね。



 寝室には大きなベッドがあった。

 二人どころか三人か四人くらいは寝れそうな大きさだ。


 こんな大きなベッドどこで買ったのだろうか。

 間違いなくニトリには売ってないよな……。


 二人してベッドの中にはいる。

 ツバキはベッドの真ん中近く、僕はベッドの端に寄った。


「どうして端にいるの?」


「近くにいると緊張するので」


「変なの。お風呂でもっと近くに寄ったじゃない」


「短い時間くっついているのと、長い時間同じベッドで近くにいるのとでは全然違うんだよ」


「いいからこっち来なさい」


 ぐい、と手を引っ張られる。

 ツバキに逆らっても意味がないことは短い時間の中でわかって来たので、彼女に従ってベッドの真ん中近くに行った。


「おやすみ」


 ツバキはリモコンを使って電気を消す。

 窓がないため月の光もビルの灯りも入ってこないこの部屋は、真っ暗で何も見えなくなった。



「ツバキ」


「なに? 真っ暗だと寝れない?」


「暗くても寝れるよ。そうじゃなくて、その、手が……」


 ツバキは先ほど僕の手を引っ張った時からずっと、僕の手をぎゅっと握りしめて離さない。

 

「手を離してほしいんだけど」


「いや♪」


「いやって」


「いやなものはいやなの。離したくない。別に手を繋いだまま寝てもいいじゃない」


「そんな、子供じゃないんだから」


「子供じゃないわ。でも、恋人だって手を繋いで寝ることはあるじゃない? なら眷属と主人なら手をつないでもおかしくはないわよね」


 眷属は恋人よりも深い関係、とはツバキの言葉だ。 

 恋人がするようなことは、眷属相手には行って当たり前なのだろう。


「このまま寝るの。寝なさい」


「はい」


 主人には逆らえない。

 ツバキの言う通り、手を繋いだまま寝る。


 あーもう。

 流されてるなあ。


 そしてそれが悪い気分じゃないところが、また厄介だ。


「前の使用人さんとも、こうやって一緒に寝ていたの?」


 ふと、気になったから尋ねてみた。

 前にいたという使用人のことを。


「手はつないでないけど、一緒には寝てたわ」


「使用人さんとは眷属と主人の仲だったの?」


「いいえ。彼女は眷属じゃない、ほんとうに普通の人間よ」


「普通の人間が、どうやって吸血鬼のツバキの使用人になったんだろう」


「伝手があったのよ。あの人と私に共通の友達がいてね。その人からの紹介」


「どうしてその人は眷属にしなかったの?」


「眷属にしたいとおもわなかったからね。いい? 眷属っていうのは特別な存在なの。信頼しているからといって、誰でも眷属にするわけじゃない」


 ツバキはこちらをじっと見つめてくる。


「言ったでしょ? 人間の眷属っていうのは、主人の吸血鬼が好きで好きでしょうがなくて、独占したくてたまらない存在だってこと。たっぷりの愛情を惜しみなくそそぐ、特別な相手なの」


「あ、ああ。うん。聞いたよ」


 改めて聞くと思うが、眷属ってちょっと愛が重くないか?


 と思ってしまうのは、吸血鬼の文化をまだ全然知らないからだろうか。

 この愛情の重さも、吸血鬼にとってみれば普通のことなのかもしれない。


 確かに小説や映画で出てくる吸血鬼も、愛情――というか執着心――が普通よりも重いという印象がある。


 吸血鬼っていうのは、そういう種族なのかもしれない。



「彼女はいい人だったし、いい友達だけど、別に眷属にする間柄じゃなかった。悪い意味じゃないわ。仲は良かったからね。でも仲のいい友達だからって、命をいくらでも捧げられると思ったり、永遠に一緒にいたいと思うような関係性になるわけでもないでしょう? そういうことよ」


 そういうことらしい。


 まあ確かに、仲がいい友達だからって長続きするとは限らない。

 それに何でもかんでも共有し合うような仲になるわけでもない。


 ツバキの言う通り、いい友達くらいの仲では、命を捧げたり永遠に一緒にいるような関係にはならないだろうな。


「いや待ってくれ。え? 眷属ってそこまでの関係なの?」


「そこまでの関係よ?」


「マジか」


 命を捧げるとか。

 永遠に一緒にいるとか。

 吸血鬼は重いのかもとさっき思ったけど、それはかなり重くない?


「そんな相手が僕でよかったの? それも、今日会ったばかりの僕で」


「いいに決まってる。会った時にも言ったけど、これは吸血鬼にはごくたまにある一目ぼれなの。会った瞬間に好きになった。血を吸ってもうおかしくなるくらい好きになっちゃった。眷属にしない方がおかしいってくらい」


「は、はあ……」


 一目ぼれ。

 吸血鬼ではない僕には理解できないが、きっと人間のそれとは訳が違うのだろう。

 

 こんな短い間に、ここまでの感情を相手に抱くことは、人間にはできそうもない。

 少なくとも僕には覚えがなかった。


「ふふ。よくわからないって顔ね」


 光のないこの部屋で僕の顔を見えているのか、ツバキはそうクスクスと小さく笑う。


 闇夜でも人の顔を見ることができるのだろうか。

 それはいかにも吸血鬼らしい。



「ごめんね。そういうの疎くて」


「謝らなくていいわ。私の気持ちは、おいおい理解していけばいいから。長い時間をかけて、ゆっくりと、ね」


 ツバキに握られている手が、普通の状態から恋人握りに変わったり、指同士を絡めてきたりする。


 指を絡め合うほどの近くの距離。

 それは香水かシャンプーか、ツバキの方からいい匂いが漂ってきた。

 その匂いになぜだか安心して、リラックスして体の力が抜けていく。

 瞼からも力が抜けて、だんだんと目が閉じられていった。



「おやすみ。シキ」



 その言葉を最後に、僕は意識を手放した。

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