続・はいむるぶしの見える島で〜この島を「巣立つ」君に〜

荒井瑞葉

第1話 バレンタインチョコを君に。

 わたし、七海優里ななみ・ゆうりが竹富島に引っ越してきた年は瞬く間に過ぎた。そして世間は二月になった。

「航一くん。センセに見つかんないようにね!」

 その日。放課後になると、わたしは小さなシーサーの絵のついたチョコをさっと航一くんに渡した。


「なにさー。これ。義理かー」

 航一くんは言いながらもちょっと嬉しそうにしてる。そんな彼を置いて、わたしは教室を出ると、少し慌てて、校舎の三階に向かった。


 およそ三十年前に建ったこの建物は、「学校」独特のからんとした匂いがする。それは東京の中学校となんら変わらない。


 三年生の教室の入り口で、ひょっこりとわたしは顔を出して、教室の中を覗いてみた。陸くんはお友達とふざけ合ってる。楽しそうだなあ。声、かけづらいかなあ。


 ためらってると、「りくー。お客さー」と、三年生の女子が陸くんに声をかけてくれた。わたしは女子に目でお礼を言った。


 陸くんとわたしの関係は、大体の人に知れ渡ってるみたい。お互いのお父さんお母さんが婚約者同士の二人。いずれは義理の兄妹になる二人。


 深瀬さんとお母さんは、今、一年生のわたしが中学校を卒業するまでは「入籍」しないみたい。だから、二人は若い恋人同士みたいに熱々ながらも、再婚はまだなんだ。


 陸くんはわたしに気づくと手をぶんぶんと振って嬉しそう。

「珍しい! 優里ちゃんが教室くるなんて。どした?」

 駆け寄ってきた陸くんに優しく言われると、照れちゃうよね。


 わたしはあえて陸くんの顔を見ず、さっと薄紫色のラッピングされた袋を手渡した。陸くん、中身、わかるよね。


(え、これ? 手作りとか?)

 小声で陸くんは聞いてくれた。


(うん、手作りチョコケーキだよ)

 わたしも小さな声で答えた。


「やった!!! 人生初かも! 優里ちゃんありがとな!」


 太陽のようにきらめく笑みがまぶしいよ。心に、その笑顔、焼き付けておきたいな。わたしは彼の顔を真っ直ぐ見た。まぶしく笑ってた彼も真顔になる。


「なんかお礼したいな。優里ちゃんさ、水牛車乗ったこと、まだないって十二月に言ってたよね。今も乗ってない?」


 陸くんは真剣な目で、わたしを見てた。


「うん。乗りたいとは思うんだけれど、ね」

 わたしは曖昧ににごしてしまう。


 本当言うと、ちょっと「水牛車」に乗るのが怖かったりして、ね。

 東京育ちのわたしは、そもそも「水牛」を、この島に来るまで見たことがなかった。わたしとお母さんが今住んでいる赤い瓦の家のそばに、水牛車の発着所がある。観光客の人たちが楽しそうに水牛車に乗ってるのは何度も見た。


 水牛車の上ではガイドさんが三線を奏でていて、水牛が道端にフンをしながら、自転車や徒歩よりよほど、ゆっくりゆっくり進んでいくの。島時間だよね!


 ところが、竹富島に実際に住んでみるとなると、そういうレジャーに触れる機会は逆にほとんどなかったの。


 慣れない方言、慣れないクラスメイト。

 東京から来たわたしは、島の自然に日々癒されながらも、やはり、どこかで緊張していたかもしれない。

 民宿の息子さんの航一くんがクラスメイトで助かった。

 航一くんのお友達の男子や女子と、「島の夕焼けを見る」とか、「映えるカフェにアイスの乗ったパンケーキを食べに行く」みたいな遊びはしたよ。


 でも、わたしが密かに好きな、この陸くんとは、彼の受験勉強もあって、ほとんど遊べてなかったんだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る