続・はいむるぶしの見える島で〜この島を「巣立つ」君に〜
荒井瑞葉
第1話 バレンタインチョコを君に。
わたし、
「航一くん。センセに見つかんないようにね!」
その日。放課後になると、わたしは小さなシーサーの絵のついたチョコをさっと航一くんに渡した。
「なにさー。これ。義理かー」
航一くんは言いながらもちょっと嬉しそうにしてる。そんな彼を置いて、わたしは教室を出ると、少し慌てて、校舎の三階に向かった。
およそ三十年前に建ったこの建物は、「学校」独特のからんとした匂いがする。それは東京の中学校となんら変わらない。
三年生の教室の入り口で、ひょっこりとわたしは顔を出して、教室の中を覗いてみた。陸くんはお友達とふざけ合ってる。楽しそうだなあ。声、かけづらいかなあ。
ためらってると、「りくー。お客さー」と、三年生の女子が陸くんに声をかけてくれた。わたしは女子に目でお礼を言った。
陸くんとわたしの関係は、大体の人に知れ渡ってるみたい。お互いのお父さんお母さんが婚約者同士の二人。いずれは義理の兄妹になる二人。
深瀬さんとお母さんは、今、一年生のわたしが中学校を卒業するまでは「入籍」しないみたい。だから、二人は若い恋人同士みたいに熱々ながらも、再婚はまだなんだ。
陸くんはわたしに気づくと手をぶんぶんと振って嬉しそう。
「珍しい! 優里ちゃんが教室くるなんて。どした?」
駆け寄ってきた陸くんに優しく言われると、照れちゃうよね。
わたしはあえて陸くんの顔を見ず、さっと薄紫色のラッピングされた袋を手渡した。陸くん、中身、わかるよね。
(え、これ? 手作りとか?)
小声で陸くんは聞いてくれた。
(うん、手作りチョコケーキだよ)
わたしも小さな声で答えた。
「やった!!! 人生初かも! 優里ちゃんありがとな!」
太陽のようにきらめく笑みがまぶしいよ。心に、その笑顔、焼き付けておきたいな。わたしは彼の顔を真っ直ぐ見た。まぶしく笑ってた彼も真顔になる。
「なんかお礼したいな。優里ちゃんさ、水牛車乗ったこと、まだないって十二月に言ってたよね。今も乗ってない?」
陸くんは真剣な目で、わたしを見てた。
「うん。乗りたいとは思うんだけれど、ね」
わたしは曖昧ににごしてしまう。
本当言うと、ちょっと「水牛車」に乗るのが怖かったりして、ね。
東京育ちのわたしは、そもそも「水牛」を、この島に来るまで見たことがなかった。わたしとお母さんが今住んでいる赤い瓦の家のそばに、水牛車の発着所がある。観光客の人たちが楽しそうに水牛車に乗ってるのは何度も見た。
水牛車の上ではガイドさんが三線を奏でていて、水牛が道端にフンをしながら、自転車や徒歩よりよほど、ゆっくりゆっくり進んでいくの。島時間だよね!
ところが、竹富島に実際に住んでみるとなると、そういうレジャーに触れる機会は逆にほとんどなかったの。
慣れない方言、慣れないクラスメイト。
東京から来たわたしは、島の自然に日々癒されながらも、やはり、どこかで緊張していたかもしれない。
民宿の息子さんの航一くんがクラスメイトで助かった。
航一くんのお友達の男子や女子と、「島の夕焼けを見る」とか、「映えるカフェにアイスの乗ったパンケーキを食べに行く」みたいな遊びはしたよ。
でも、わたしが密かに好きな、この陸くんとは、彼の受験勉強もあって、ほとんど遊べてなかったんだ。
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