或女性の話。 渡邊歩の独白

私は私です。男に生まれ女の性を生きようとしたのは他の何でもない私自身なのであります。いくら変態趣味だと言われようとお前は男だと言われようと、私にはこれ以外の生き方が分からないのでございます。

私は母を心から愛していました。父も、愛していたと思います。しかし母も父も私を異端として扱いまるで腫れ物にでも触れるかのように話しかけるのです。そういう時は決まって海まで走っておいおい泣きました。詰襟ではなくセーラー服を望んだ時も、甚平ではなく浴衣をねだったときも、紅を差した時もです。母は泣き崩れ謝り続け、父は母の育て方が悪いのだと怒声を浴びせ、酷い時を手をあげることもありました。私はここにいるべきではないのだと悟り、一人上京いたしました。兄や姉は私の事を諦めたようで、東京へ行くと伝えた時、顔も見ず返事すらしてはくれませんでした。

上京して、周りに溶け込もうと必死に''男''を演じました。それが功を奏したらしく、仕事もそこそこの位を頂き、金銭面では何不自由なく生活していました。しかし心の空白だけがじわじわと私を蝕むのです。仕事から帰りベストとシャツ、スラックスを脱ぐと真っ白いワンピースを着て、香油で髪を整え白粉と紅を差し香水を少し付けるとやっと自分に戻ったような感覚になるのです。贈り物だと言って買ったワンピース、スカート、提灯袖のブラウスに踵の高い靴、全てが私のものでした。

上京して暫くしてからです。とある男性と出会いました。話し方や仕草なんかが女々しくってよく言えば嫋やかで、悪く言えば弱々しい、そんな人に私は惚れてしまったのです。惚れるだなんて下品な言い方許してくださいませね。これ以上なんと言えばいいのか分からないの。最初は男としてお会いしました。けれどもそのナヨナヨした彼の女々しさが可愛くて、それに優しいところもありましたのできっと女としての私も受け入れてくださると思って、ワンピースに腕を通しました。それから少しずつ、お化粧をして、香水をつけて、「本当の私」とか言うつもりはないですけれど、でも女としての私らしくありたい姿を晒していきました。最初は驚いたようでしたけれど最初だけで、後は何も変わらなかった。ああ、この方は私を受け入れて下さったのだわ!と有頂天になってしまった私も悪いのですけれども少し、距離を取られてしまいました。

可愛らしいぬいぐるみや輝かしい宝石を身に纏うと自分までそんなふうになれていると感じることがありませんこと?私はいつもそんな調子で、自分が本当に体も女性になれたような気になって言葉遣いも自然と変わりました。きっと理解していただけませんね。別に構わないんです。私は私がありたい姿で、格好でいることが楽しいから。人生楽しんだ者勝ちでしょう?戦争も経験しましたし、人並みには恋も友情も知っているつもりです。けれどもどれもこれも楽しくはありませんでした。彼の前で女として振る舞うこと、女でいることが何よりの幸福でした。だからそれを一生続けようと、死んでも尚共に居たいと思ったのです。

私は何も悪くない、おかしくない。おかしいのは世間です。世論です。世相です。こんな私を許してはくれないの。ごめんなさいね、ごめんなさい。美しく着飾ってた私も服を脱いでしまえばこんなに醜いのです。着飾っていない世の中が美しいはずないでしょう。

あら、もう行かなくては。では御機嫌よう。またお会いしましたらお話しましょうね。


1960.9.22

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