第16話:気休めの安全

小さいころ、父が堤防で釣りをしているあいだ、私は海を覗き込んでいた。


それを見て危ないと思ったのか、父は足元に転がっていた発泡スチロールのふたを拾ってきて、「この上に乗って、動くなよ」と言った。


そのふたは子供の私からしても小さかった。


私はできる限りしゃがみこんで、小さくなって、ふたの中で震えながら、父の背中と海を見ていた。


動いたら落ちそうで、でもこのままでも落ちそうで、体はぐらぐらしている。


どんどん足も疲れだしてきたときに、「これで安心とでも思ったんだろうか?」と、子どもながらにふと思った。


しばらく考えた結果、私は立ち上がって、ひとりで家に帰ることにした。


父はそのまま何事もなく釣りを続けていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る