第8話:使い道

それは、ふとした瞬間だった。

視界の端の落ちいくカップを、落ちる前に掴み机に戻した。


無意識に素早く動けたのか?


いや、ゆっくり落ちていくように見えて普通にできたような感覚がある。


その翌日、走ってみた。

信号を余裕で何本も追い越しながら、息一つ乱れない。

気になって跳んでみたら、団地の3階に手が届いた。


「・・・まじかよ」


超人的な力と体力、そして異様なタフさ。

目も良く、動体視力も桁違い。


飛んでくるボールがスローモーションに見える。

壁を蹴って跳ね回るようなこともできる。


まるで、スーパーヒーローになったみたいだ。


そして、それに気づいたとき、思った。


「これ、もしかして・・・人助けとか、できるんじゃ?」


漫画や映画のスーパーヒーローはこのような能力を活かして、悪と戦ったり、地球の危機を救っているじゃないか。


夢は広がっていく。

いや、使命だとすら思った。


けれど、ある夜。

風呂上がりに缶ビールを片手にニュースを眺めていると、ふと思った。


「・・・俺が寝てる間に事件が起きたら?」


どこかの国での銃乱射事件。

どこかの町での大きな災害。

様々な事件や事故が溢れ、ニュースのテロップが静かに流れる。


電車で痴漢らしき動きを見て、「止められるか?」と思う。


もし勘違いだったら?

もし自分のやり方が間違ってたら?


すぐ近くで交通事故があったニュースが流れる。

間に合わなかった。


見ていなければ、何もできない。


続いて海外の紛争や災害のニュース。

「どうやって行くんだ?俺に何ができる?そもそも現地の事情も知らない・・・」


俺が救えるのは、俺が見て、俺が動ける範囲だけ。

それ以外はどうだ?俺にだって休みたいときや、自分がやりたいこともある。


考えれば考えるほど、限界が見える。

俺の力は、万能じゃない。


人を助けるって何だ。

何を助けることが正義なんだ?

犯人を倒す?でも、それで根本は解決するのか?

法を飛び越えて力を使うことは、本当に正義か?


考えれば考えるほど、息が詰まる。


次の日、目が覚めても、あの力は残っていた。

何も変わっていない。


だけど、


俺は何もしなかった。

人が倒れているニュースを見て、そっと画面を閉じた。

電車でスリを見つけても、ただ見ていた。

浮かんだ言い訳は、数えきれないほどあった。


警察もいるし・・・

下手に手を出して悪化したら?

何もかも俺がやる必要ある?

そもそも俺に判断する資格なんて・・・


俺には力がある。


やれば助けられたなと思いながらも、俺は何もしない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る