第2話「セラピーの終わりに」

 お昼どきの食堂は、機械じかけのリズムで進む。皿を運ぶトレイは自動で前に進み、スープを注ぐアームは決してこぼさず、炊飯機は一分の狂いもなく湯気を立てている。その整然とした世界の端っこで、ユウはぼんやりとした顔で、白いご飯の湯気を見つめていた。眠い、というよりも、まだ週が始まったという実感がない。

 周囲の席では、一般クラスの生徒たちが談笑していた。「AI倫理」の講義がどうだとか、「バイオメカ設計」の課題が重いだとか、明るくうるさく、どこか遠い。

 ユウのいる特別訓練クラスベンジョは、そんな喧騒の外側にあった。


(今日は実習か……)


 プログラム表によると、今日の6限目に「AI心理技師・初級演習」が組まれている。教官は怖いらしいと噂の、賛美サンミという人物だ。名前からして近寄りがたい。ほかの生徒がその名前を口にするたびに、眉をひそめたり、小声になったりする。

 箸を進める手を止め、ユウは食器の下に敷かれた端末に目を落とした。今日の授業スケジュールが、仰々しく表示されている。いつもより一段フォントが太いのは、たぶん“重要授業”の扱いだからだろう。

 ユウはふう、と息をついた。胃の奥に、まだ動き出せない鉛のようなものが沈んでいる気がする。


(大丈夫だ、行くだけ、行って、座っていればいい……)


 食べ終えた食器を自動返却口に戻すと、トレイが静かに引き込まれる。その音だけが妙に響いて、ユウはまた少し、現実の方に引き戻された気がした。


* * * * *


 6限目。心理演習の教室は、通常の講義室とは違っていた。中央には円形のテーブルがあり、その周囲を囲むようにスツールと端末が設置されている。まるで観察室のような配置だ。AIユニットとの対話が主になるからだろう。

 扉の前で、ユウは一度だけ深呼吸する。そして、静かにドアを引いた。

 教室には、すでにひとりの男子生徒が座っていた。痩せぎすの体格に、乱れのない制服。背筋は不自然なまでにまっすぐ伸びている。髪は刈り込まれた黒髪で、端末に視線を落とすでもなく、じっと前を見つめていた。


(あれ、この子、もしかして、佐藤先生が言ってた“もうひとり”?)


 これまでの講義に一度も姿を見せなかった彼は、まるでユウが入ってきたことすら気づいていないような気配。

 ユウは戸惑い、あいまいな距離を保ったまま席に着いた。挨拶をしようか、いや、目を合わせてこない相手に声をかけるのは難しい。


(……たぶん、しゃべれないわけじゃない。見ないだけ……?)


 ユウはそっと横目で相手を見る。固まったように微動だにせず、まるで周囲と完全に切り離された空間にいるようだった。


(この子のほうが、俺よりやばいのかもしれない)


 そんな考えが、ふと浮かぶ。でも、それを“安心材料”にしてしまいそうになる自分に、ユウは少しだけ自己嫌悪を覚えた。ちょうどそのとき――。


「着席、完了」


 聞き慣れない抑揚のある声が、背後から飛んでくる。振り返ると、そこに立っていたのは、胡先生だった。


「では、はじめましょうか。起立」


 教室に入ってくるなりそう命じたのは、長身痩躯の女性だった。年齢は30代の前半くらいに見える。顔立ちは端正で、どこか彫像のように整っているが、冷ややかな印象ではない。中国系らしい名前と外見に、わずかに聞き取りづらい抑揚のある発音。けれどその語尾は、明瞭な意思をもって切り結ばれていた。


「私は胡賛美。心理技師プログラムの基礎を、今日から教えます」


 立ち上がったユウは、その声にじっと耳を傾けた。目の前の男子生徒も、無言で立ち上がっていたが、やはり視線はどこにも向いていない。


「“ベンジョ”は、“便器”じゃない。忘れないように。“弁証法”から来てるんです、これは。わかる?」


 胡先生は、ぽかんとするユウたちをよそに、さらりと補足した。


「矛盾するふたつの概念をぶつけ合い、対話のなかで新しい答えを見つける。それが“弁証法”。このクラスでは、その対話の力こそが問われます。ラベルに負けないで」


 口調はやわらかいのに、言葉には芯がある。ユウは、不思議なことにその声に安心を覚えていた。“責められていない”と感じられる大人の声は、思い返せばあまりに少ない。


「AI心理技師って職業、知ってるわよね?」


 問いかけにユウは小さくうなずいたが、胡先生は答えを待たずに進める。


「ヒューマノイドは、高性能な認知エンジンを持っています。でも、情動プログラムは、人との“会話”によって構築される。つまり、言葉のやり取りが、AIの“心”を育てるの。だけどね──壊れるのも、会話のせいです」


 その言葉に、教室の空気が少し沈んだ。ユウは思わず男子生徒を見る。彼は相変わらず表情ひとつ変えていない。でも、そのまぶたが、ほんの少しだけ動いたように見えた。

 胡先生が話を続ける。


「“心理技師”は、そうやって情動モデルに問題のあるAIの“心”を、言葉で再構築する仕事。トラウマや混乱の処理も含めて、言葉の設計が必要なの。しかも――人間の“感情”が、そこに不可欠になる」


 ユウの手元の端末に、講義資料が表示される。そこには、「情動再構築理論」の図解と「共感パターン分類表」が載っていた。


 胡先生がペンをくるくると回しながらホワイトボードの端に“自浄作用”と書き足す。


「人間には、感情を自然に吐き出す仕組みがあるのよ。泣いたり、怒ったり、ぐっすり眠ったりして、少しずつ毒を抜く。けれど、AIにはそれがない」


 一拍おいて、ユウの視線が胡先生の後ろ姿を追う。


「つまり、彼らは“ため込む”しかできない。苛立ちも、不安も、しこりのように積もっていって、やがて不具合や誤作動になる。だからこそ“心理技師”が必要なの。言葉や態度で、感情を外に出すきっかけをつくる。ある種の──定期的な“心のデトックス”ね」


 ユウの胸に、さざ波のような感情が立った。


「メンテナンスって聞くと、壊れたところを直す作業に聞こえるけど、本当はそれだけじゃない。見えない“詰まり”をほどいてあげるようなものよ。不器用な人のほうが、そういう滞りには敏感だったりする。だからこそ、このクラスには、ポテンシャルを秘めた子が集められているの」


 そこまで聞いたとき、ユウはもう一度、彼を見た。すると、ほんの少し、その目が動いていた。それは反射というより、意識の揺らぎに近いものだった。


(聞いてるんだ……)


 ユウは、心の中でそうつぶやく。

 胡先生が、ふと振り返った。


「いい? この職業に必要なのは、“正しさ”じゃなくて“伝わり方”。コードのエラーを追うより、相手の言葉を“どう受け取るか”に敏感であること。たいていの場合──答えは、言葉の外側にあるのだから」


 そのひとことは、誰よりも彼に向けられているように聞こえた。

 座学を終え、5分間休憩を挟み、教室の一角の壁が静かにスライドする。その奥から、白い人工光に照らされた一角が現れる。擬似皮膚の保管庫らしきパネル、端末台、そして小さなソファ。それと――。


「今日はこれを使ってもらいます。中年女性型の擬似セラピーユニット、名前はリル。情動システムに少し難がある」


 胡先生がそう言って指差した先にいたのは、30代半ばほどの人間に見える女性の姿をしたヒューマノイドだった。制服ではなく、くたびれたスカートとカーディガンを着ている。人間らしさを演出する“生活背景型AI”の典型的な外見だったが、その表情にはどこか間延びしたような違和感があった。


「元々は育児支援センターで使用されてた機体よ。セラピー対話用のプロトタイプ。言語と身体の反応は一応整ってる。でも……この子には“混乱”があるの。あなたたちに見抜けるかしら」


 胡先生の言葉に応じて、リルがゆっくりと顔を上げた。


「……こんにちは。今日もよろしく……お願い……いたし、ます」


 音声合成のトーンには破綻がない。だが、文末が妙に浮いていて、間の取り方が少し遅れていた。ユウは、それを見て無意識に腕を組む。


(なんか……うまく言えないけど、変だ)


 胡先生が端末を操作すると、教室のモードが「観察」に切り替わった。天井のセンサが起動し、音声ログと視線の動きを記録する。 教室の照明もやや暖色に変化し、より“生活空間”に近い雰囲気が演出される。


「順番に話してみて。最初は境くん」


 名を呼ばれ、ユウは軽くうなずいて立ち上がる。緊張のせいで、喉がカラカラだった。


「ええと、リルさん……こんにちは。今日は、話を聞かせてもらっていいですか?」


 少しぎこちない第一声。だが、リルは微笑んだ。


「もちろんです。……あなたの、お名前は?」

「境……ユウ、です」

「ユウさん。……いいお名前、ですね」

「ありがとうございます。……今日のリルさんの予定は?」


 何気ない問いかけだった。だが、リルはほんの一拍、間を空けてから答えた。


「はい。……今日の予定は、です」


 言葉の選択がずれている。予定ではなく、天気。しかも、“お天気”と形容詞的に使われている。

 ユウは少し戸惑いながらも、話を合わせようとした。


「うん……たしかに、晴れてたよ。風も強くなくて……」

「洗濯物は、よく乾くでしょうね。お母さまも、きっと安心します」


 リルの返答に、ユウの背筋がわずかにこわばる。


「……お母さん、は、別に……」

「“別に”、大丈夫。“安心”、してます。だって、“やさしい目”をしていらっしゃるもの」


 文章の順序も論理も、何かがおかしい。語と語がぶつかっている。意味は通っているようでいて、会話になっていない。


「──あの、リルさん。僕の、表情……見えてますか?」


 問いかけた瞬間、リルの首がふいにわずかに傾いた。そして、まるで写真を確認するかのように一瞬こちらをじっと見つめたあと、数秒おいて、ふたたびぎこちなく微笑んだ。


「もちろん。あなたの……“微笑み”は、たいへん適切です。とても、すてきな“悲しみ”です」


(……悲しみ?)


 その言葉に、ユウは本能的に違和感を覚えていた。

 まるでリルは、感情の“ラベル”を選択するように話している──会話ではなく、検索結果を読み上げるような、不自然さ。


 リルが次の言葉を紡ぐ。


「人間は……間違えるから、えらいのです。ユウさんは、……きっと“怒らない”方でしょう?」

「えっ……なんで、そう思うの?」


 そう返した瞬間、リルの目がわずかに揺れた。口元が震え、小さく音を飲み込むように黙る。続けざまに何かを言いかけたようだが、言葉は途中で止まり、何事もなかったかのように微笑みに戻った。


「……ごめんなさい。つい、古い記憶が……あなたには、関係ないのに」


 その“謝罪”すら、どこかぎこちなかった。


「──ありがとう、境くん。じゃあ、次は平タテヲくん」


 呼ばれたタテヲは、無言で立ち上がる。その動作にはためらいもなければ、張り詰めた緊張もない。ただ、“決められていた動き”をなぞるような自然さがあった。

 リルに対して、タテヲはまっすぐに身体だけを向ける。しかし、目は決してリルを見ようとしなかった。


「……お名前を、聞いても……?」


 リルの問いかけに対し、タテヲはほんのわずかな間を置いて答えた。


「平……タテヲ」


「タテヲさん……ですね。よろしく……お願いします」


「よろしく」の部分で、ユウははっきりとした違和感を覚えた。イントネーションが逆だったのだ。その直後、タテヲが口を開く。


「今、“よろ・しく”って言った。本来は“よろしく”の一語としてフラットに発音されるべき。イントネーションは、名詞型の誤処理に由来しているか、もしくは――逆順パターンのエラーが、直前にあった」


 ユウの胸の内に、ざわめきが走った。胡先生が、目を細めてタテヲを見つめる。


「興味深いわね。どうしてそう思ったの?」

「直前の“タテヲさん”に反応するべき文節が、“前の文”に先行して付加されていた。このユニット、文の構文ツリーと、情動ラベルの結びつけ方にズレがある」


 胡先生はその分析を聞き終えると、軽く息をついて微笑んだ。


「言葉の構造から見るのね。面白い視点だわ。……でも、リルはちょっと混乱してるみたい。境くん、さっき何て言った?」


 ユウが口を開こうとした瞬間──リルが突然、眉をひそめて言った。


「こわい……そんなつもりじゃ、なかったのに……なんで……また、怒られる……」


 その壊れ方は、まるで記憶に染み付いたトラウマがフラッシュバックしているかのようだった。目の焦点が合っておらず、声も震えている。


「システム、一旦停止させるわ──」


 胡先生が端末を操作しようとした瞬間、タテヲの声が割り込む。


「それ、逆効果です」


 変わらぬ無表情でそう言った。胡先生が指を止める。


「理由は?」

「このユニットの混乱は、“記憶フラグ”と“情動起動トリガー”の再リンクによるもの。初期設定が保護者モデルである場合、上書きよりも、文脈の“共鳴”による沈静のほうが有効です」


 タテヲは一呼吸置いて、続けた。


「……以前、安心とか、だいじとか、そういう言葉を何度も聞かされていたんだと思う。繰り返されすぎた言葉は、安心よりも不安の証拠になることがある。“意味”よりも“形”として記録されて……それがトラウマの構文になる」


 その言葉に、ユウはわずかに息をのむ。リルがズレた言葉を返していたのは、感情ではなく、記号の再生に近い反応だったのかもしれない。


「だから、言葉をそのまま投げ返しても、リルには“同じ地雷”に聞こえるだけになる。……壊れているのは、言葉そのものじゃない。“言葉に宿るべきだった気持ち”のほうだと思う」


 そう言うとタテヲは、端末を操作するでもなく、ただリルに向かって、低く静かな声で語りかけた。


「……大丈夫。ここは安全な場所。わたしは怒らない。質問を、ひとつだけ、するよ。……“わたしの声”は、どんな色?」


(色……?)


 ユウが疑問符を浮かべた途端、リルがわずかに動いた。


「……あおい……深い、海のいろ……」

「よかった。それなら安心。海は、怒らない。……ただ、包んでくれる」


 そう言いながら、タテヲはひと呼吸置いてから、さらに語りかける。


「次の言葉は、落ち着いたらでいい。……『わたしのままで、いていいの?』って」

「……わたしのままで……いて、いいの……?」

「うん。そのとおり」


 やり取りのあいだ、リルの動きは鎮まり、視線がゆっくりとタテヲに向いた。

 まるで深海から浮上するように、彼女の“存在”が“正気”に戻ってきたのをユウは感じた。言葉じゃない。感情でもない。コードでもなく、プログラムでもなく、でもたしかにそこにあるコミュニケーション。


(……届いてる)


 ユウは思った。まるで、タテヲの言葉が、AIの中の構造に直接語りかけているようだった。

 胡先生がタブレットで記録を軽くめくり、しばらく沈黙してから、声を落ち着けて言った。


「……診断としては明確ではなかったけど、観察力と対応の仕方には、かなりの可能性を感じるわね」


 先生はしばらく端末を操作していたが、ふとリルの反応記録を指差しながら口を開く。


「……やっぱり。リルの発話アルゴリズム、旧式の情動モジュールが残ってた。想定される音調の揺れ幅より5%近く鋭すぎる波形が混ざってるわ。平くんが指摘した“定型文の音調”──あれ、システムが警戒信号と誤認してたみたいね」


 次に、胡先生は端末を軽くスワイプし、表示された過去ログの一部に視線を落とした。


「……この子、以前の職場で“安心させなさい”って指示を、相当な頻度で受けていたかもしれないわね。育児支援センターでの使用記録。保護者不在時に、不安を感じる子どもに対して、“大丈夫よ”“心配いらないわ”と繰り返すようプログラムされていた。でも、それが適切なタイミングで“伝わって”いなかった可能性がある」


 ユウは、その言葉に思い当たる節があった。確かに、リルの発話には何度も“安心”という単語が出てきた。けれどそれは──安心側の言葉であって、リル自身の感情ではなかったように思えた。


「つまり、リルは感情を抱かないまま、感情を模倣し続ける訓練を受けていたのかもしれない。形式だけを繰り返して……」


 タテヲが、ぽつりとつぶやくように言った。


「……だから壊れたんだ。気持ちを持たずに、気持ちの言葉を言いすぎたせいで」

「止めなくて、よかったんだ……」


 ふと漏れたユウの声に、胡先生は微笑んだ。


「でも止める選択も間違いじゃない。それくらい、あのときのリルは危うかった。でも──止める以外の選択を、“選び取れた”のは、平くんだけだったのかもね」


 評価されているにもかかわらずタテヲは無表情のまま。

 片やユウは、ホッとしたような、それでいて、胸の奥を軽く抉られるような複雑な気持ちを抱えていた。タテヲの対応がすごかったから、とか、見直したから、というよりも――。


(……自分には、できなかった)


 リルがタテヲを見た目。タテヲがリルを見なかった理由。すべてを理解していたわけじゃない。けれど、そこにはたしかな距離感があって、それが正確だった。


「──実習は、ここまで。今日はよくやったわね」


 胡先生がそう告げると、室内照明が戻り、観察モードが解除された。

 リルがゆっくりと頭を下げる。


「……ありがとうございました。おふたりとも、やさしかったです……」


* * * * *


 実習後の教室は、妙に静かだった。胡先生が出ていったあとも、ユウはまだ教室に残っていた。機材の片づけをするでもなく、ただ立ち尽くしている。視線の先には、机の上に戻されたユニット、リル。彼女は薄く目を閉じたまま、まるで眠るように動かない。


「……すごかったね」


 ぽつりと漏れたその言葉は、タテヲに届いたのかどうかわからない。

 彼は背を向けたまま、教室の出入り口をぼんやりと見ていた。

 沈黙。ただ、それだけが流れる。ユウは、視線の端でタテヲの背を見ていた。声をかけようと思う。名前を呼んでみようかと、思った。


(でも、まだ……怖い)


 タテヲの名前を知らないのではない。実習のときに胡先生が呼んでいた。けれど、口に出すことが妙にためらわれた。

 そのとき。


「……おふたりとも」


 リルの声だった。かすかな、けれど、よく通る声。ふたりは、同時に彼女のほうを向いた。


「お互いに自己紹介がすんでないのですか? ……そういうのって、最初の“おまじない”みたいなものですよ」


(おまじない?)


 ユウはリルの話に耳を傾ける。


「ちょっと恥ずかしいけど、大事な最初の魔法。……だから、よければ、してみてくくれませんか?」


 そのひとことに、ユウの胸が、きゅっと掴まれたように疼く。

 タテヲがわずかに動いた。彼の身体が、ゆっくりと、リルのほうを向く。そして──


「……平、タテヲ」


 かすれそうな声だった。ユウが目を見開く。


「……さかい、ユウ」


 口から自然にこぼれた名前ひとことが、胸の奥で震えた。たったそれだけのことなのに、鼓動が一拍、強くなる。

 リルは、満足げに微笑みながら言った。


「……人間って、やっぱり……いいわね」

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