『俺達のグレートなキャンプ22 マグロの解体ショー』

海山純平

第22話 マグロの解体ショー

俺達のグレートなキャンプ22 マグロの解体ショー


「よぉーっし!今日もグレートなキャンプの始まりだぁーっ!」

石川の元気な声が、朝もやの立ちこめる湖畔のキャンプ場に響き渡った。まだ日が昇りきっていない早朝だというのに、石川はすでに全身全霊でハイテンションだ。

「石川さん、朝早すぎますって…」

寝袋から顔だけ出した富山が不満げに呟く。眠そうな目をこすりながら、腕時計をチラリと見た。

「まだ五時半じゃないですか…」

「早起きは三文の徳!それに今日はスペシャルなんだぞ!忘れたのか?」

石川は両手を腰に当て、胸を張って宣言した。

「忘れるわけないじゃないですか」千葉が輝く目で寝袋から飛び出してきた。「今日は『マグロの解体ショー』ですよね!楽しみにしてました!」

富山は深いため息をついた。

「まさか本当にマグロを持ってくるとは思わなかったんですけど…」

テントの前には、巨大なクーラーボックスが鎮座していた。中には間違いなく一匹の本物のマグロが入っているのだ。

「へへっ、言ったじゃん!今回のキャンプのテーマは『マグロの解体ショー』だって!」

石川は得意げに笑った。彼の目は真剣に輝いていた。

「でも…キャンプ場でマグロの解体って…マジで大丈夫なんですか?」

富山は不安そうに周囲を見回した。まだ他のキャンパーたちは寝ているようだが、数時間もすれば起き出してくるだろう。

「問題ない!ちゃんと許可取ったし!それに!」石川は人差し指を天に突き上げた。「これこそが『奇抜でグレートなキャンプ』の真髄なんだよ!」

千葉は素直に頷いた。「石川さんのキャンプはいつも面白いですからね!前回のキャンプファイヤーで即興ミュージカルも最高でした!」

「あれは近くのキャンプ場の子供たちも参加してくれて大盛況だったな!」石川は嬉しそうに笑った。

富山はそっと千葉に近づいて小声で言った。「でも今回は生臭いマグロですよ…子供たちが喜ぶとは思えないんですけど…」

「大丈夫だって!」石川は彼女の肩を叩いた。「まずは朝食だ!エネルギー補給してからショーの準備を始めるぞ!」


朝食後、石川はテントの前に作業台を設置し始めた。特大のまな板、いくつもの包丁、ビニールシート…完全にプロの解体ショーの準備だ。

「石川さん…」富山は恐る恐る聞いた。「本当にマグロの解体、できるんですか?」

「もちろん!」石川は胸を張った。「この前、魚屋の親父さんに特訓してもらったんだ!」

「一回の特訓で本当にできるんですか…」

「大丈夫だって!YouTubeでも研究したし!」

富山の表情はますます曇っていった。一方、千葉は終始ワクワクした表情で石川の準備を手伝っていた。

「千葉、拡声器持ってきた?」石川が聞いた。

「はい!ばっちりです!」千葉はテントから小型の拡声器を取り出した。「これでショーの実況も完璧ですね!」

「よし!じゃあ準備は整った!」石川は深呼吸した。「いよいよショーの始まりだー!」

石川はクーラーボックスの蓋を開け、中から巨大なマグロを取り出そうとした。しかし、予想以上の重さに顔を真っ赤にして奮闘する。

「うぐっ…重い…!」

石川は歯を食いしばり、全身の力を振り絞ってマグロを持ち上げようとした。Tシャツの脇の下に大きな汗染みができ始めている。

「千葉!手伝ってくれ!」

「了解です!」千葉も駆け寄り、二人がかりでようやくクーラーボックスからマグロを引き出した。

「うおおおっ!」石川は呻き声を上げながら、よろよろとマグロを作業台まで運ぶ。膝が震え、額には大粒の汗が浮かんでいる。

「あ、あれ?石川さん、顔色悪いですよ?」富山が心配そうに声をかけた。

「だ、大丈夫…!これくらい…!ぐぬぬ…!」

ついに作業台にマグロを置くと、石川はヘトヘトに崩れ落ちそうになった。千葉が慌てて彼を支える。

「す、すごい重労働…」石川は肩で息をしながら言った。「YouTubeではこんなに重いって言ってなかったぞ…!」

「だって本物のマグロですよ!」富山は呆れ顔で言った。「普通60キロはありますって!」

「そ、60キロ!?」石川は目を丸くした。「スイカで練習したときは10キロだったのに…!」

「スイカで練習?」千葉は首を傾げた。

「そう!魚屋の親父さんが『形が似てるから』って言うから…」

富山は頭を抱えた。「スイカとマグロが似てるわけないじゃないですか!」

ようやく息を整えた石川は、拭いきれない汗を袖で拭いながら、千葉に目配せした。

「よし!観客を集めるぞ!千葉、拡声器だ!」

千葉は拡声器のスイッチを入れ、石川に手渡した。石川はグッと姿勢を正し、思い切り深呼吸すると、突然ハイテンションモードに切り替わった。

「おっはよーございまーす!キャンプ場のみなさーん!今日は特別企画、マグロの解体ショーを開催しまーす!」

石川の声が拡声器を通してキャンプ場全体に響き渡る。富山は恥ずかしさのあまり頭を抱えた。

「石川さん、うるさすぎます…」

しかし、石川の声に釣られるように、周囲のテントから次々と人々が顔を出し始めた。

「なんだなんだ?」

「マグロ?本物?」

「解体ショー?ここで?」

次第に、石川たちのテント周りには人だかりができ始めた。老若男女、様々な人が集まってきた。子供連れの家族も数組いる。

「いらっしゃいませー!本日限定!キャンプ場特設ステージにて、石川流マグロ解体ショーの始まりでーす!」

石川は身振り手振りも大きく、完全にショーマンに変身していた。千葉も負けじと横に立ち、拡声器を奪い取るように言った。

「そしてー!今回の解体ショーのゲストは!なんと!本物の60キロオーバーの大型マグロでーす!拍手ーー!」

驚いたことに、集まった観客たちから本当に拍手が起こった。子供たちは目を輝かせて前に集まってきた。

「すごい!本物のマグロだ!」

「お寿司になる前の姿だ!」

石川はマグロに向き合い、包丁を手に取った。しかし、いざ切り込もうとすると、手が明らかに震えていることに富山は気づいた。

「あの…石川さん?」

「だ、大丈夫だって!」石川は自信なさげに笑った。「ちょっとね、実際のマグロは練習より大きかったから…」

石川は汗だくになりながら、マナイタの上のマグロと対峙した。観客の視線を感じ、背筋が伸びる。

「さぁ、まずはエラの部分からカットしていきます!」

石川は震える手で包丁をマグロに当てた。しかし、刃が思うように入らない。

「うっ…固い…!」

歯を食いしばり、全身の力を込めて包丁を押し込む。顔が真っ赤になり、額の血管が浮き出ている。それでも包丁は数センチしか進まない。

「あれ?おかしいな…魚屋の親父さんはスパッと切れたのに…」

富山がそっと近づいてきて、小声で言った。「それ、魚用の出刃包丁じゃなくて普通の牛刀ですよ…」

「え!?違うの!?」石川は動揺した。

千葉は即座に拡声器を手に取った。「みなさーん!石川さんが今挑戦しているのは、なんと普通の包丁でマグロを解体するという超難度の技ですー!プロでも簡単にはできない離れ業をご覧くださーい!」

観客たちは「おおー!」と感嘆の声を上げた。石川は千葉に助けられたことを悟り、小さく頷いてから再び真剣な表情でマグロに向き合った。

「よし…いくぞ…!」

力任せに包丁を押し進める石川。顔からは汗が滝のように流れ落ち、Tシャツはすっかり汗でぐっしょりと濡れている。それでも彼は諦めない。

「ぐぬぬぬ…!」

ついに包丁がマグロの身に食い込んだ。しかし、硬い皮を切り抜けると、今度は包丁が滑って手が滑りそうになる。

「わわっ!」

千葉が即座に実況を入れる。「おっと!危ない場面!石川さんの神業的バランス感覚で難を逃れました!会場からは息を飲む音が!」

実際、観客たちはマグロとの格闘を真剣な表情で見守っていた。子供たちは「がんばれー!」と応援の声を上げ始める。

石川は何とか最初の一切れを切り落とした。しかし、それは想像以上に時間がかかり、汗だくになっていた。

「はぁ…はぁ…一枚目…成功…!」

千葉が拡声器で叫んだ。「やりましたーー!第一関門突破ーー!拍手ーー!」

意外にも、観客から大きな拍手が沸き起こった。石川は照れくさそうに笑いながら手を振る。

「次は…内臓を取り出していきます…!」

石川の解体作業は続く。出刃包丁ではないため、通常なら簡単な作業も彼にとっては大格闘だ。腕の筋肉が震え、何度も手が滑りそうになる。それでも彼は諦めず、歯を食いしばって作業を続けた。

千葉は絶妙なタイミングで実況を入れ、石川の苦戦を「高難度の挑戦」として観客を沸かせた。

「石川さんの顔面が真っ赤に!これがプロも認める灼熱の解体バトル!」

「おっと!包丁が滑った!でも見事に立て直し!流石ベテランキャンパー・石川の神業的テクニック!」

「60キロのマグロと90分に及ぶ死闘!まさに男の根性見せます!」

富山はそんな二人の様子を半ば呆れ、半ば感心した表情で見守っていた。最初は恥ずかしがっていたが、次第に彼女も応援に加わり始める。

「石川さん、腰を下げて!そうそう、そこを切るなら少し角度を変えて…」

三人の一体感が生まれ、観客も一緒になって石川の奮闘を応援する空気になっていた。

二時間近くの格闘の末、石川はついにマグロの解体をほぼ完了させた。彼の全身は汗でびっしょりと濡れ、腕は震え、呼吸は荒い。しかし、作業台の上には見事に解体されたマグロの各部位が並んでいた。トロ、赤身、中トロ…

「はぁ…はぁ…終わった…!」

千葉が拡声器で最後の実況を入れた。「完成ーーー!石川特製マグロ解体ショー、大成功ーーー!大きな拍手をーーー!」

観客から大きな拍手と歓声が上がった。子供たちは飛び跳ねて喜び、大人たちも感心した表情で拍手している。

「いやぁ、素晴らしかったよ!」

「キャンプ場でこんなショーが見られるなんてね!」

「子供たちも大喜びだよ!」

石川は疲労困憊ながらも、満面の笑みを浮かべた。「ありがとうございます!いやぁ、思ったより…ハードだった…!」


解体ショーが終わり、次の問題が浮上した。

「さて、このマグロ、どう料理しようか?」石川が尋ねた。

作業台の上には、まだ新鮮なマグロの各部位が大量に並んでいる。トロ、中トロ、赤身、ほほ肉…普通のキャンプでは考えられないほどの高級素材だ。

「せっかくだから、みんなでマグロパーティーをしましょうよ!」千葉が提案した。「周りのキャンパーも誘って!」

「いいね!」石川も賛成した。「でも、どんな料理にするかな?」

三人はマグロの山を前に、料理法について議論を始めた。

「やっぱり刺身が一番じゃないですか?」富山が言った。「新鮮なマグロの味を楽しむなら、シンプルに醤油とわさびで!」

「でもキャンプといえば、やっぱり炭火焼きでしょ!」石川が反論した。「トロを炭火で軽く炙って、塩を振って食べる!最高だぞ!」

「いやいや、せっかくだからマグロ丼はどうですか?」千葉が提案した。「醤油と砂糖で作った甘辛いタレをかけて!」

三人はそれぞれの料理法を主張し始め、議論は白熱していった。

「刺身が王道です!」

「炭火焼きこそマグロの真髄だ!」

「マグロ丼こそ至高の食べ方ですよ!」

その声に、周囲のキャンパーたちも加わり始めた。

「マグロのカルパッチョなんてどう?」

「僕はマグロのタタキが好きだなぁ」

「マグロのソテーもいいよね」

どんどん意見が飛び交い、議論は次第に混沌としてきた。

「ちょっと待った!」石川が大声で叫んだ。「このままじゃ収拾がつかなくなる!」

彼は深く考え込んだ後、突然パッと顔を明るくした。

「そうだ!マグロ料理コンテストをしよう!」

「コンテスト?」富山と千葉が声を揃えて尋ねた。

「そう!みんな好きな料理を作って、どれが一番美味しいか競争だ!」

この提案に、周囲のキャンパーたちから歓声が上がった。

「面白そう!」

「参加したい!」

「うちの家族も料理得意だから挑戦したいな!」

こうして、キャンプ場マグロ料理コンテストが急遽開催されることになった。石川はマグロの部位を公平に分配し、各グループに渡していく。

「よーし、料理開始だ!制限時間は30分!」

キャンプ場は突如として野外料理教室と化した。各テントからは、七輪やバーナー、鍋やフライパンが運び出され、思い思いの料理が始まった。

石川、千葉、富山の三人もそれぞれ得意の料理に挑戦する。

石川は炭火を熾し、トロに軽く塩を振って炙り始めた。「うおー!いい音!ジュワッて脂が溶けて…たまらん!」

千葉は小さな釜を用意し、ご飯の上にマグロを並べ、特製のタレを作り始めた。「醤油、みりん、砂糖…そして隠し味に…」

富山は刺身を丁寧に切り分け、わさび醤油と共に美しく盛り付けていく。「切り方が重要なんですよ…こうやって繊維に沿って…」

キャンプ場全体が料理の香りに包まれ、賑やかな雰囲気に包まれた。子供たちは興味津々で大人たちの料理を見学し、時には手伝いも買って出る。

ついに料理が完成し、即席の審査会が開かれた。実に様々なマグロ料理が並んだ。

「マグロの塩焼き!」石川が自信満々に差し出す。

「特製マグロ丼!」千葉も負けじと料理を披露する。

「伝統的マグロの刺身!」富山も丁寧に盛り付けた刺身を出す。

他のキャンパーたちからも次々と料理が集まった。

「マグロのカルパッチョ!」

「マグロのタコス!」

「マグロのパスタ!」

「マグロのソテー・バターソース添え!」

みんなで料理を味わい、感想を述べ合う。どの料理も絶品で、審査は難航した。

「うまい!これはうまい!」石川は他のキャンパーの料理を食べて声を上げた。

「こんなマグロの食べ方もあるんですね!」千葉も目を輝かせる。

「レパートリーが増えました…」富山も満足げだ。

結局、優勝を決めることができず、「全員優勝」ということになった。マグロ料理パーティーは夕方まで続き、キャンプ場全体が一つの大きな輪になった。

夕暮れ時、パーティーが終わりに近づいた頃、一人の男の子が石川に駆け寄ってきた。

「お兄さん!次のキャンプでは何をするの?また見に来たいな!」

石川は疲労困憊ながらも、男の子の頭をなでた。「それはね、秘密だ!でも絶対にグレートだから、また来てね!」

その夜、キャンプファイヤーを囲みながら、三人は今日の出来事を振り返っていた。

「いやぁ、大成功だったな!」石川は満足げに言った。筋肉痛で腕を上げるのもやっとの様子だが、表情は誇らしげだ。

「まさか本当にうまくいくとは思いませんでした…」富山は正直に告白した。「石川さんのアイデア、今回は本当によかったです」

「どんなキャンプも一緒にやれば楽しくなる!」千葉は彼のモットーを繰り返した。「でも、石川さんの奇抜なアイデアは特別ですね!」

石川は筋肉痛の腕で空を指差した。星がきれいに瞬いている。

「さて、次回のグレートなキャンプは何にしようかな…」

富山は恐る恐る聞いた。「まさか...」

「次は『キャンプ場で牛の乳搾りショー』なんてどうだ?本物の牛を連れてきて、みんなで搾乳体験!」

「えぇっ!?」富山の悲鳴が夜空に響いた。「牛をどうやって連れてくるんですか!?」

「それは…」石川はニヤリと笑った。「秘密だ!」

千葉は目を輝かせた。「いいですね!楽しそう!牛乳からバターやチーズも作れますよね!」

「そうそう!牛乳から始まる乳製品フルコースだ!」

富山はため息をつきながらも、小さく微笑んだ。彼女も内心では、石川の奇抜なアイデアを楽しみにしている自分がいることを認めざるを得なかった。

石川は満足げに笑った。彼らの「グレートなキャンプ」の冒険は、まだまだ続くのだった。

(おわり)

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『俺達のグレートなキャンプ22 マグロの解体ショー』 海山純平 @umiyama117

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