第51話 大人も、もめ始める
曲が終わると、二組のカップルは引き上げた。
「ジョージ殿の婚約破棄は、ここにいる全員が末代まで記憶することだろう。よかったな」
フィリップ殿下が、なんか不穏なことを言っている。
ジョージの返事は先ほどはあんなに威勢がよくて、会場中に響き渡っていたのに、今はボソボソと答えているのみだ。何を言っているのか聞こえない。
「それからヒルダ嬢」
ヒルダ嬢が顔をあげた。
「本当にフィリップ殿下なのですか?」
フィリップ殿下が一歩後ずさりした。近寄られたくないらしい。
ジョージの口元がすこし動いた。なにか言いたかったらしいが、そこへヒルダ嬢が爆弾を突っ込んだ。
「でも、どなたでも構いませんわ。高位貴族に間違いありません」
ハンナは横目でヒルダ嬢を眺めた。その勘だけはさすがだ。
「わたくし、大変好みですわ」
ジョージもハンナも、続くヒルダ嬢の大胆極まる発言に驚いて目をむいた。
「ぜひ、婚約のお話を前に進めましょう」
え? これ、女性からのあからさまな申し込み?
「だがね、私は、婚約者がいる男性と踊ったりする女性は好みではないのだ」
あたりを支配する沈黙。
「ジョージ殿はハンナ嬢を婚約破棄した。理由は、素行が悪いと言うことだが、果たして証拠はあるのかな? 今日時点において、婚約の契約は継続されている。その状態で、ダンスパーティに婚約者がいる男性と入場し、ダンスまで踊ったとなると、さすがに言い訳が苦しい」
「それは、本当に、このハンナ嬢の素行があまりにも悪いので、仕方がなかったのですわ」
ヒルダ嬢はハンナのことはまるで目に入らないような言い方だった。侍女を交換するような言い方だ。
「ジョージ様がおかわいそうですわ」
「ジョージ殿がかわいそうなのと、一緒に入場するのは別問題なのだよ。それともあなたはジョージ殿と婚約したいのか?」
「そんなことは考えていませんでしたわ」
ハンナは頭を抱えた。
重厚で、重苦しいイメージがあるくせに、なんという考えのなさ。
その時、二階のバルコニーからハンナの父が、キャンベル侯爵を引きずるように連れて降りてきた。
「ハンナ」
「おとうさま!」
どうして音信不通だったの?
ハンナは恨めしい気持ち半分、ほっとした気持ち半分で、父の顔を見た。
だが、父の顔を見て、ハンナはハッとした。
見たことがないような顔をしている。
父はこれまでいつも軽やかに笑っていた。
今は違う。
「ジョージ殿、あなたは私の娘が複数の男性と出かけたと言うのだね? それから、娘が男性を誘った手紙を持っているそうだが?」
ジョージは咄嗟に手紙……というか引き裂かれたメモを背中に隠した。
「証拠隠滅を図られては困りますから」
「ジョージ殿、私のところにはアレクサンドラ殿下から、毎週、お茶会に誘って申し訳なかった、おかしな噂になっているようだが、そんなことはすべて事実無根で、殿下が証人になってくださると言うお手紙が来ている」
「で、殿下が?」
ジョージが顔色を変えた。やっぱりアレクサンドラ殿下最強だわ。
「とりあえず、ハンナに問題があると言うなら調査しよう。しかし、アレクサンドラ殿下からのお手紙によると、ハンナには、あなたが主張しているようなデートだのなんだのために、学園外に出て行く時間はまるでないように思えるのだが。キャンベル侯爵」
キャンベル侯爵は、急な事態に対応ができるような人物には見えなかった。
訳も分からず、ハミルトン伯爵に引っ張られてここまでやってきたらしい。
キャンベル侯爵も言った。
「婚約撤回は何も問題もない。むしろよくあることだ。ただ、相手の有責が理由というなら、それは大問題だ。しっかりした証拠や証人がいるなら、私の方でも確認しよう」
キャンベル家とハミルトン家が話しているのは、会場の隅の方だったが、大いに注目を集めていた。
学園のイベントで、侯爵家と伯爵家の当主同士の話し合いは目立ちすぎる。
「婚約を白紙に戻したいと言うことで両家とも一応の決着をみたのですね。ならば、責任問題等は後日になさってくださいませんか」
さらに新しい登場人物が割り込んだ。パース公爵夫人だ。
「アレクサンドラ殿下と隣国の王太子殿下、ジークムンド様が入って来られる時間となっています」
さっとハミルトン伯爵は反応した。公爵夫人に向かって頭を下げた。
「かしこまりました。退出いたしましょう。おいで、ハンナ」
ハンナの手を取って、伯爵が出て行こうとすると、パース公爵夫人は引き留めた。
「ハンナ嬢は残しておいてください。アレクサンドラ殿下とジークムンド殿下のご希望です」
それからモタモタしているキャンベル侯爵に追い打ちをかけた。
「学生のダンスパーティなど興味はございませんでしょう」
だが、キャンベル侯爵は違った。
「ジークムンド王太子殿下がお見えになるのか?」
「非公式ですわ。学園の雰囲気を楽しみたいだけだそうです」
「ぜひ一言ご挨拶申し上げたい」
その時には、例の無口な護衛騎士団が、侯爵の周りを取り囲んでいた。
「なんだ、お前らは」
『ハウス!』
隣国語が飛び出した。
この言葉は世界共通なのか。愛犬用だけど。
「ジークムンド殿下の警備の方々ですわ」
パース夫人がやや面倒くさそうに解説した。キャンベル侯爵に通じたかどうかはわからない。
「なんだって?」
言葉より行動。押し出されるように、騎士軍団はキャンベル侯爵を会場の外まで連れ出して、鼻先でドアを閉めた。
グッジョブ、騎士軍団。
ナイスアシスト、パース夫人。
隣国の警備隊のやることに、侯爵は文句は言えない。
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